第三章 親鳥は歌い、雛たちは騒ぎ出す(六)
神宮寺は図書室の隅に、嘉納、小清水さん、蒼井さんを呼んだ。
この時点で、俺以外が借りていた魔道書は、嘉納が『金属強化』に『魔力の散弾』。蒼井さんが『鋳造の魔炎』に『魔力の弾丸』。小清水さんが『同胞への癒』に『遮断の防御円』だった。神宮寺は特に、蒼井さんの選択が気になり、三人に小声で忠告した。
「俺の予想の範囲を出ないんだけど、実習は失敗すると、死ぬらしい。けど、派手な攻撃魔法みたいなのは、選ばないほうが正解らしいよ。あの月形さんは『ダレイネザルの言語』と『異界の気配』を借りていた。その二つが、当りなのかもしれない」
蒼井さんが、すぐに異議を唱えた。
「でも、せっかく魔法が使えるなら、実用性あるのを覚えたい。それに月形さんは、他にもいくつか知っているから、そんな変わったのを選んだじゃないかな。それに、他の生徒だって、攻撃魔法を選択している生徒が多いよ」
蒼井さんの手にしている『鋳造の魔炎』と『魔力の弾丸』は、いかにも、攻撃的で復讐に使えそうな魔道書だ。蒼井さんは辺境魔法学校に、復讐のために来ている。とはいえ、今回に限っていえば、蒼井さんのこだわりは、今回は危険な気がする。
神宮寺は勘を頼りに諭した。
「魔法は、これからたくさん覚えればいいんだよ。大切なのは、月曜日をどう生き延びるか、だよ。生き延びる目的に焦点を絞って、選ぶべきだよ」
蒼井さんは俺の意見に不満だったが、嘉納は賛同した。
「せやな、神宮寺の意見にも、一理ある。死ななければ、次がある。防御に使える魔法が一つくらい、あったほういいのもしれへん」
結局、嘉納は『魔力の散弾』を『魔鋼の盾』に換えた。蒼井さんは渋々『魔力の弾丸』を炎から身を守る『火鼠の防衣』に換えた。小清水さんは、変更なしだった。
小清水さんの選択に引っかかりを感じたので、忠告した。
「小清水さん、『同胞への癒』は、捨てたほうがいいよ。大怪我をするような試験なら、自分を治している時間なんて、きっとないよ。『異界の気配』か『ダレイネザルの言語』に換えたほうがいい」
小清水さんは、頑として譲らなかった。
「これでいいのよ。だって、実習は一人で受けると決まったわけじゃないでしょ。誰かが怪我をしたら、やっぱり治してあげたいもの」
確かに、実習は一人で受けろとは言われなかった。もし二人以上でペアを組んで何かと戦うのなら、小清水さんの意見は理に適う。でも、それなら月形さんの選択は外れだ。
だが、どうしても、月形さんの選択が間違っているとは思えなかった。
小清水さんも、蒼井さんも、なんだか雰囲気が変わった気がした。
単に付き合いが短くて、性格をよく把握できていなかったせいだったかもしれないが、小清水さんは、こんなに固執する人じゃなかった性格だった気がする。
それとも、授業を受けるうちに、内的に変化が起きてきたのだろうか。
試験を受けるのは本人なので、忠告をした以上、強制まではする気になれなかった。
(俺の読みが間違っていても、責任が取れるわけではない)
魔法学校に来ている以上、誰だって使ってみたい魔法はあるはず。
あまり強固に主張をして、習得する魔法を替えさせた挙句、相性が悪くて結局は覚えられなかったとなれば、月曜に皆に合わせる顔がない。
神宮寺は迷ったが、水天宮先生の「小判鮫野郎」発言を褒め言葉と捉えたので、月形さんと同じ選択をした。
月形さんと同じ選択をして、気が付いた事実があった。魔道書は、同じ物は四冊ずつしか用意されていないのに『ダレイネザルの言語』と『異界の気配』だけは八冊ずつ。
貸し出しカウンターに並ぶと、嘉納、小清水さん、蒼井さんには、他の生徒同様「この本で間違いないわね」と水天宮先生は念押ししたのに、神宮寺だけは念押しされなかった。
そういえば、月形さんの時も、念押しされていなかった。
ただ単に偶然なのかもしれない。月形さんと俺が嫌われていただけかもしれないが、やはり『ダレイネザルの言語』と『異界の気配』は、今回の実習では意味があるのだ。