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辺境魔法学校 作者:金暮 銀
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第一章 単純かつ明確な入学試験(一)

 神宮寺(じんぐうじ)(まこと)は一両編成の列車から無人駅に降り立つと、全力疾走した。もう、間に合わないかもしれない。だからといって、走らずにはいられなかった。

「高校中退して、家の金を盗んで、命を張る覚悟で、飛び出してきたんだ。今さら、鹿ごときのせいで、試験を諦められるか。俺は絶対に魔道師になるんだ」

 北海道に来た経験がなかったので、交通の便が、まるでわからなかった。
 それでも、事前に調べた移動経路では、当日臨時に出る辺境魔法学校行きの受験生専用バスの最終便に間に合うはずだった。けれども、受験生専用バス停に一番近い無人駅まで走る、乗り換え用の、ふるさと箒星線がエゾシカと衝突して、三十分も停まったのだ。

 辺境魔法学校行きのバス停には、誰もいなかった。ただ、ぽつんと、バス停の赤い看板だけが立っていた。
(やっぱり、バスはいなかった。でも、どうにか会場まで行かないと)
 せめて車が通ってくれれば、たとえ裸で土下座でも、なんでもして、車を停めて会場まで送ってもらう覚悟だった。

 辺りは無人駅以外、なにもない雪の残る原野。原野の奥には、片側二車線の幅の広い大きな道路が、大平原の彼方へ真っ直ぐ延びている。

 携帯で最寄のタクシー会社を調べて、タクシーで受験会場まで行くのが論理的思考だが、財布の中身は、たったの八百円しかない。
 バスで四十分以上も掛かる試験会場まで行くには、絶対的に料金が足りなかった。

「くそ、シカのやつ、列車がいつも同じ時間に通ることぐらい、わかっていろよ。シカだって、命が懸かってんだろう。ああ、こういう時に限って、放置自転車すらないのかよ」

 絶望と焦りを感じ、藁にすがる想いで通りかかる車を待ったが、唯の一台も通らない。
(もうだめだ。立っていても埒が明かない。二時間以上の遅刻になるが、受験会場まで走ろう。走って会場に着いたら、理由を説明して、泣いて頼んで試験を受けさせてもらおう。今回、受けられないなら、もう受からない気がする)

 走ろうかと思っていると、無人駅から一人の男性が、同じバス停に悠然と歩いてきた。
 バス停は辺境魔法学校行きしか出ていない。とすると、あの人もローカル線の事故で遅刻した受験生だろうか。

 可能性はあった。辺境魔法学校は受験に年齢制限がない。社会人だって試験を受ける。
(こうなったら、どうにか丸めこんで、八百円、いや今後の出費もあるかもしれないから、泣き落としで、どうにか、四百円で便乗させてもらえないだろうか)

 神宮寺は男性に駆け寄った。男性は黒い鞄を片手に、丸眼鏡を掛け、質のよさそうなスーツを着て、長い髪を後ろで縛っていた。
 まるで、芸術家か神学者のような雰囲気を持った、柔和顔の紳士的人物だった。

(行ける! この人の良さそう人物なら、頼めば四百円、いや、演技力によっては、お金がなくても、便乗できる。もし、ダメなら最悪、持ってきた中古の携帯ゲームを売りつけて、タクシー代に変えてもらおう)

 神宮寺は、「心細くて、もう頼る人は貴方しかいないのです」といった表情を作る努力をしてから、早口で捲し立てた。
「すいません、辺境魔学園の受験生の方ですか? 僕もそうなんですが、最終バスに乗り遅れて、タクシー相乗りで、学校まで一緒に連れて行ってもらえませんか。タクシー料金が、あいにく手持ちが四百円しかなくて、それで、どうにかお願いできませんか」

 男性は神宮寺を笑顔で見下ろすと、優しく声を掛けた。
「私は受験生ではありませんよ。教員です。校内では魔法先生と呼ばれています。そうですか、ウチの受験生ですか。ちょうど、わたしも時間の都合がよかったので、受験生用のバスに便乗して学校まで帰ろうと思っていたのですが、どうも乗り換えの列車に、鹿が衝突しまいしてね。バスに乗り遅れたんですよ」

 魔法先生は笑顔のまま、雄弁に話し続けた。
「君は運がいいですよ。近くには民家もなく。この道路の先にはウチの学校しかない。タクシーを呼んでも、辺境魔法学校に行きたいと言うと乗車拒否される事態もありますから。いいでしょう。私が送ってあげましょう」

 どうやら魔法先生はこれから受験に行く辺境魔法学校の先生らしい。希望が湧いた。
(タクシーに乗せてもらえるかも。いや、もしかしたら魔法で送ってくれるかも知れない)

 生の魔法は、まだ見た経験がなかった。感動の送迎だ。神宮寺は犠牲になったエゾシカ君の冥福を祈り、自転車を放置しなかった近隣住民のモラルに感謝した。

(箒だろうか? 絨毯だろうか? それとも、大きな鳥でも呼び出すのだろうか。大サービスで瞬間移動で送ってくれるのかも)

 胸を時めかせて見ていると、魔法先生は誰もいない空間に向かって、話し始めた。
「剣持君。今、バス停。バスに乗り遅れちゃった。エカテリーナ、今、出ているでしょう、拾ってくれるかな?」

 誰もいない空間に向って話しているので、これも魔法の一種だろう。
 だが、もっと派手な魔法を見られると思ったので、少しがっかりだった。どうやらエカテリーナさんという人が、車で迎えに来てくれるらしい。

 それでも、ラッキーだ。車で試験場まで送ってもらえるのだから。
 魔法先生はバス停の横に立つと、やんわりと神宮寺に注意した。
「君はもう少し、道から下がったほうがいいですよ。けっこうな風が来ますから」

 風が来るとの忠告から考えて、エカテリーナさんは制限速度を無視して車を飛ばしてくるのだろうか。だが、反対車線を走るのだから片側二車線の道路では問題ない気がする。

 それでも一応、神宮寺は魔法先生に従い、後ろに下がった。

 魔法先生が柔らかな笑顔で、神宮寺に親切そうに忠告してくれた。
「ああ、それと、君は耳をきちんと塞いでいたほうがいい」

 全く持って意味がわからないが、タダで学校まで送ってくれるというのだ。おかしな指示でも、従っておこう。それに、相手は先生だ。試験前に心証を悪くしたくない。

 耳を塞いで待っていると、何か大きなエンジン音がしたかと思うと物凄い突風が吹いた。
 神宮寺は飛ばされ、尻餅を搗いた。なにかが下りてきたのはわかった。だが、目の前には、何も見えなかった。 

 よく目を凝らして見ると、風景の一部だけが、少し歪んで見えた。
 神宮寺がわけもわからず、尻餅を搗いたままの姿勢で眼前の道路を見ていた。すると、魔法先生が起き上がるのに手を貸してくれた。

「大丈夫ですか。エカテリーナの到着です。ああ、到着といっても、搭乗者が不可視の魔法を使っているので、君には、わからないですね。でも、もうすぐ、魔法が解けますよ」

 魔法先生の言葉通りに魔法が解けたのか、視界が歪み、目の前の空間が歪んで、巨大な物体が姿を現した。
 出てきたのは、全長が二十二m、幅が十七mの三角形の翼を持つ、真っ青な物体。以前、ニュースで見た記憶がある、垂直離着陸戦闘機だ。神宮寺は混乱した。

(え、戦闘機? 見えなくなる以外、魔法は全然、関係ないよね。魔法学校って教員は戦闘機で送迎するの。普通は、ありえないよね。じゃあ、あの魔法先生って、なに?)

 戦闘機の上部のキャノピーが開き、タラップが下りてきたので、魔法先生が乗り込む。
 試験に遅れる訳にいかないので、旅行鞄を持って、神宮寺も慌てて後に続いた。

 神宮寺には、もちろん、戦闘機に乗った経験がなかった。
 座席は操縦席が一席の他に、少し広めの後部座席が二席並んで配置されていた。戦闘機には詳しくはないが、二人がゆったり座れる後部座席が、あるはずがない。

 だとすると、これは特殊な改造をされた戦闘機か新型機。神宮寺はエカテリーナには空飛ぶ戦闘リムジンという言葉が適当だろうと思った。

「エカテリーナって、迎えに来る人じゃなくて、戦闘機だったんですか!」
「うん、正確にはステルス戦闘攻撃機だけどね」

 神宮寺が乗りこむと、操縦席にはヘルメット一体型ディスプレィで顔全体を覆い、黒のフライト・スーツに身を包んだ、細身で少し背の高い男が座っていた。

 男性が上部についたキャノピーを閉鎖しながら、魔法先生に聞いてきた。
「で、学長、そちらの、VIPなお子様は、どなたですか?」

「今日うちを受験する受験生。バスに乗り遅れたから一緒に戻ろうと思って。エカテリーナなら、後ろに二人が乗れるし、試験開始までに着けるでしょ」

 操縦席の男が、魔法先生に、注意とも抗議ともいえる口調で文句を付けた。
「先生、遅刻した受験生なら、エカテリーナに乗せる必要はないでしょう。それに、試験開始前に学長である入試実施本部長の先生がいない事態が問題なのですよ」

 魔法先生は、操縦席の男の文句を一向に気にした様子はなかった。
「剣持君、固いことは、言いっこなし。ほら、早く発進させなさい。それと、君の魔法を使って光学的にも、不可視にならないとまずいでしょう。さあさあ、早く魔法の発動を」

 剣持はもう何をいっても無駄と思ったのか、エカテリーナを発進させた。
(試験会場まで送ってくれるのは非常にありがたい。ありがたいけれども、何かヒグマの巣穴に足を突っ込んだ感じがする。虎穴にいらずんば、虎子を得ずという諺あるが、冬眠明けのヒグマの巣穴に入ったら、ヒグマ親子のエサにされるのでは)

 けれども、乗らないという選択肢は有り得ない。ホラー映画で、絶対に何かありそうと思われる地下室に下りていく人物は、こういう心境なのだろうか。

 神宮寺は恐る恐る横に座る、魔法先生に尋ねた。
「確か、戦闘攻撃機って、地上をミサイル攻撃する能力もあるんですよね。なんで、そんな、地上を攻撃する能力を持った機体を、魔法学校が持っているんですか」

 魔法先生は、なぜ弁当に箸がついているかを質問された人物のような顔で答えた。
「なんでって? 戦闘機じゃ、地上を攻撃するのに不便でしょう。戦闘攻撃機なら、対地攻撃もお手のものですよ」

 魔道師は一般の法律で守られず、守らない。魔法学校は治外法権だと聞いた覚えがあるが、これは、いくらなんでも行き過ぎだろう。
「でも、こんなの日本の上空を飛んでいるのを、見つかったら大問題になりませんか」

 魔法先生は意地を張る子供に言い聞かせるが如く、言葉を噛んで含めるように聞かせた。
「見つかれば、問題にはなるかもしれませんよ。でも、最新鋭のステルス技術を導入し、術者の魔法で不可視になっているエカテリーナが上空を飛んでいるのを、誰が発見して報告できるんです?」

 魔法により目視されず、小鳥のように小さくレーダーに写るステルス機を上空で発見するのは、現在の自衛隊でも無理なのかもしれない。エカテリーナは、光学的だけでなく、魔法的にも感知されない工夫が施されている気がする。

(地獄に仏と思ったが、違った。地獄に悪魔だ。隣人の魔法先生が教鞭を執る魔法学校って、どんな場所なのだろう)

 魔法先生は、面白い冗談でも言うように笑った。
「それに、エカテリーナの魅力は、ただ単に対地攻撃ができる能力にあるのではないのですよ。エカテリーナにはね、核ミサイルが搭載できるのですよ、くくく」

 最初に会った時、魔法先生は柔和な紳士だと思ったが、違った。
(この先生は狂っている。しかも、戦争捕虜の心臓を生贄に捧げるくらいの戦いに飢えた狂人なのかもしれない。こんな危険人物が魔法学校に存在して、いいのか)

 でも、戻ろうとは思わないし、戻るわけにはいかない。魔道師は夢であり、夢が叶えば、魔法先生とは、綺麗さっぱり、おさらばだ。

 剣持が苦々しく発言した。
「学長、エカテリーナの説明については、それくらいで。ウチがエカテリーナを所持している事実は、機密事項ですから」

 魔法先生は柔和な顔のまま答えた。
「別に、いいじゃないですか。ウチの生徒になってしまえば、身内同然。試験に落ちればどうせ、死ぬんだから、問題ないでしょう」

 辺境魔法学校の試験は、失敗すれば死ぬのは公然の事実だ。死試験合格率は二割。つまり、八割は死ぬ。
 魔法先生にしてみれば、エカテリーナと呼ばれる核を搭載できるステルス戦闘攻撃機の存在を神宮寺に教えてくれるのは、冥土の土産のような感覚なのかもしれない。
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