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誉人の護衛選出2 ■sideキース

オルガ隊長と駆けつけた模擬試合会場はすでに多くの身内がその様子を見守っていた。

《誉人の奇跡》という王族と等しい権威を持つお方の護衛役を拝命するというなれば、騎士団の最高位にあたる第一部隊に所属する事になる。

その大役に抜擢される人物の選考試合とあれば、その卓越した技術をこの目で見たいと思うのが武人としての性だろう。


そして何より《誉人の奇跡》の傍に居るという事は《絆》に選ばれる可能性が非常に高くなる。

どんな平民であってもどんな悪人であっても《絆》は《誉人の奇跡》にとっては唯一無二の存在であり、王族と違わぬ絶対的権力を得ることを意味する。


自分はそれを目的とはせず、主に前者を――武人としての功績を望んでいる。


会場に向かいながらオルガ隊長に簡単な説明を受けていた俺は脳内で反芻していた。


今回の選出対象となった部隊は第二、第三、第四、第九部隊からだという。


第一部隊は王族専属の警備・警護部隊の為、人員が決まっているためそこから出すことは難しいという理由で除外。

第五から第八部隊は各地方への派遣部隊であるため、今回の性急な人事異動からは除外された。第十部隊は前も説明した通り、新入りの教養・育成部隊のため《誉人の奇跡》を護衛するにしては力不足だ。


「シアレス団長、連れてまいりました。第九部隊からの推薦――キース=リヴィンです」


すでに他の部隊長に遠巻きに囲まれていたその人にオルガ隊長が声を掛けたことにより、そこに居たすべての視線が俺に注がれた。俺は緊張した面持ちで最敬礼を行いながら緊張した面持ちでゆっくりと中心人物を見ると、あまり背丈の変わらない――俺よりも細身なその人と視線が絡み合った。

赤い瞳が俺を値踏みするように細められたが、何も言わないままシアレス団長は視線をそらして周囲が零す言葉に耳を傾けているようだ。

一言の声もかけずに無表情なまま冷たい視線を投げかけれれた俺は、ただそれだけで額から汗が走った。


…………怖ぇ。


シアレス団長からしてみれば紹介された俺を見つめただけのつもりだったのかもしれないが、視線があっただけで直観的に恐ろしいと思えてしまった。

本能がこの人には決して逆らうなと警鐘を鳴らしている。

周囲で見ていた騎士達も同じ感情を抱いたに違いないが、あいにくそれを知る術を持ち合わせてはいない。こんな人を取り囲み、平気な顔で会話ができる部隊長達が凄いと思わずにはいられない。

実際には上司と話す距離ではない隊長達の気持ちもわからないでもない。


いつのタイミングで何の気まぐれで彼に触れられるかわからない。それを恐れるのは何も下級騎士達だけではなく上司達も同様らしい。


いくら本人が望んだわけではない生れつき備わった能力だったとしても、理解より恐怖が勝るに決まっている。そんな能力は人外過ぎる。

中には自分のあくどい本質を見抜かれる事を恐れている人間もいるだろうが、本音を語らない後ろめたさではなく自分が考えていることを他人に知られ、無条件に晒される危険性から逃げ出したくなるのは仕方がないことなのだ。


オルガ隊長が隣で肩をすくめたのを雰囲気で察し、俺も自分の立ち位置に考えあぐねいていると、後方から新たな候補者たちがやってきた。


俺とオルガ隊長を素通りしてシアレス団長に歩み寄るは第三部隊隊長のレヴァン=ジオーネだ。

長い金髪を後ろで束ねて背中でなびかせる。海ほど深い色をした碧眼とキリリと結ばれた薄い唇。女性なら誰もが振り返り頬をバラ色に染めてしまうほどの麗人だ。


しかしその表情はシアレス団長に負けず劣らず無を作り、温度を一切用いない。それに加えて無口というのだからシアレス団長の方がまだ愛想がいいと、以前オルガ隊長が嘆いていたのを思い出す。

心を読むことができるシアレス団長にとって数少ない友人であるというのも事実ではあるが。


一癖も二癖もある馬鹿貴族の集まりである第三部隊をまとめているレヴァン隊長もまた爵位を賜るお人だ。

この国で五大貴族と呼ばれているうちの一つ、ジオーネ公爵の若き当主。

ジオーネの名を知らない国民はいないし、また逆らう存在もないだろう。まさに第三部隊をまとめ上げる立場としてはピッタリの人物だ。

余談ではあるが五大貴族と呼ばれる一つにシアレス団長ご本人が含まれていることも伝えておく。


最敬礼を止めて直立不動で立つ俺の横に他の候補者が並んだ。


レヴァン隊長が連れてきたらしいが、歩みをそこで止めたのは先にいた俺にならっての事だろう。他の隊長達に見向きもせず、恐れる事なくシアレス団長に歩み寄って行った姿を見送りながら、自分以外の候補者を確かめるためにチラリと視線を横に向ける。


「お、オルゲルト……」


意外すぎる候補者が真横に並んでいたのを見て思わず名を呼べば、呼ばれた本人は横目で俺をちらりと見ただけでフンッと鼻を鳴らした。


「いい加減、平民の癖に俺を様付で呼ばないか」

「……生憎、尊敬する人にしか敬称を付けないのがポリシーなんでね」


相変わらずどこでも突っかかってくる奴だと、嫌味を嫌味で返せばオルゲルトは慣れた様子で見下したように笑う。

視線をずらせばレヴァン隊長がシアレス団長に声を掛けたことにより、またこちらに視線が向けられた。正しくはオルゲルトに、だが。

視線を向けられたオルゲルトは例に習って最敬礼のポーズをとるが、相変わらずシアレス団長は一瞥しただけですぐに目の前に立つレヴァン隊長に視線を移す。一連の流れを横目で見ていた俺はオルゲルトも違わず額から冷や汗を流したのが見て取れた。


やはり誰が見てもシアレス団長の醸し出す空気は痛いらしい。

これでオルゲルトが平然とした態度を見せれば、俺はきっと負けた気分になっていただろうけれど。


取り巻く環境にざわめきが増えてきたのは、それだけこの場所に騎士達が集まっている証拠だ。


ようやく会場の中央に集められた候補者は全部で十六人。中途半端な数字だけれど、これが各部隊の隊長達一押しの騎士達だ。


二列に整列したのは単純に先着順であることは明確だったが、皆が長剣を携えているのに対し、俺はあいにくとナイフと短剣が数本突き刺したベルトを巻いているだけだ。推薦された他の騎士達はおろか、集まってきた連中でさえ俺を見て馬鹿にしたように見下す態度を見せるけれど、得意分野でいいと言われたらこれで充分だ。


誰に言われるまでもなく徐々に静寂が広がっていく。


小さな囁きのみが耳に届くようになったころ、ようやくシアレス団長が一歩前に足を踏み出した。


「すでに話は聞いていると思うので説明は省略する。君達には各々の得意分野で実力を見せてもらいたい」


深くも凛とした声色で話し始めたシアレス団長の言葉に、ひそやかに話をしていた騎士達までもが口を噤む。団長の言葉は騎士にとって偉大であり絶対だ。

元はつけども王族だったシアレス団長の風格は誰もが認めざるを得ない。言葉の一言一言が重い。騎士の頂点に立つその人は容姿こそそこらに居る騎士と変わらない。すらりとした立ち振る舞いとは矛盾して服の下に潜む肉体は無双とも呼べる武力を生み出している事を、ここに居る皆が噂で知っている。


ただそこに立っているだけで彼がいかほどに強いかと知らしめるほどの空気をまとわりつかせているのだから、生唾を呑み込んで目の前に立つ武人を敬拝したくなる。


表情を崩さないまま集まった先鋭達を一瞥するとシアレス団長は再びその口を開いた。


「《誉人の奇跡》の強いご希望で時間が惜しい。全員でかかってこい」


その一言に誰もが目を丸くしたのは言うまでもない。


シアレス団長の後ろに控えていた隊長達は既に知っていたらしく動揺はなかったが、それ以外の者は皆酷く動揺するのが当然だった。


模擬試合と言えば一騎打ちが通例だ。時間が惜しいとは言えその形式を崩すというのは異例であることが分かる。

ざわめきを取り戻した見物人達を後目に、候補者の一人が恐る恐る口を開いた。


「……恐れながら……お相手は、その、シアレス団長が……?」

「そう、聞こえなかったか?」


刹那――声を掛けた候補者の体が後方に吹き飛んだ。


すぐさま戦闘態勢に入った俺を含めた候補者達が剣を手に取りじりりと間合いを取る。

一瞬、何が起こったのか分からなかったものの、シアレス団長が鞘から抜かないまま長剣を片手に携えた姿を見てすべてを把握する。


剣を抜かないまま選出された力ある候補者を一人脱落させたのだ。


「かかってこいと伝えたはずだが?」


淡々と態度を変えないまま無表情で告げたシアレス団長の姿に自分達だけではなく周囲までが戦慄した。


「生憎と、手を抜くという方法を私は知らない。死んだらすまない」


まるでそれが当然のように悪びれもなく言葉を紡ぎながら、流れるように鞘から剣を抜いたシアレス団長の姿に、正直生きた心地なんて一つもしなかった――。



 ◇◆◇



無茶言うな。


誰もが肩で息をしながら目の前に居る化け物じみた武人を見つめた。


いつかこの目で見てみたいと思っていたその超人ぶりではあったけれど、相手が自分達だというのは願った話じゃない。《誉人の奇跡》の護衛となるために選出されたはずが、どうしても死に直面しているとしか思えない。


候補者のうち、すでに十一人がシアレス団長からの攻撃から逃れきれずに負傷して倒れている。傷は浅く騎士生命を絶たれるほどの深手ではないと理解していても、転がる候補者たちを横目で見るとゾッとする。


もしかしたら次そうなるのは自分かもしれないという恐怖は騎士であろうが持ってしまう。


特に人外的な技術を持つシアレス団長を相手にしているのだから無理もないと自分に言い訳をする。


今やっているのは模擬試合なんかじゃない……ただの殺し合いにしか見えない。要人警護人員の選出とは言え、いくら何でもやりすぎだ。例え《誉人の奇跡》が襲われる事を想定してるとしても、シアレス団長みたいな化け物がそう何人も居てはたまったものじゃない。


すでに脱落してしまった候補者のものであろう長剣を僭越ながら拝借し、慣れない長剣を振りかざして何度かシアレス団長からの攻撃を免れたものの、自分からの攻撃は一切できていないのが悲しい現実だ。しかもシアレス団長が繰り出してくる剣技の一打一打が相当重い。あの細身のどこにそんな力があるのかと思えるほどで。


シアレス団長から視線を逸らさないまま必死に対策を考えるものの、化け物相手に死角なんて存在しない。背中に目があるんじゃないかってくらい背後からの攻撃にも振り返ることなく対応するのを目の当たりにしていれば当然か。


額から汗が噴き出て止まらないのに対し、対峙するシアレス団長は息ひとつ切らしていない。


――ホント、勘弁してくれよ。


苦虫を噛み潰すようにギリリと歯を食いしばった時だった。


急に俺達の模擬試合を見ていた観衆が大きくざわめきを起こしたのだ。

それにはふと、シアレス団長がざわめきの原因を探るように視線を動かした。好機とばかりに別の候補者が長剣を振りかざして間合いを詰めるものの、彼は持っていた長剣ではなく、腰に携えていた鞘が候補者の脇腹にメリリとのめり込んだ。同時にグギャッと人ならざる獣の断末魔みたいな声がソイツの口から飛ぶと、大きな音を立てながらその場に沈む。


おいおいおいおい……ふざけんなよマジで。


剣先と持ち主だけに神経を集中させるならともかく、あの人は鞘までもを武器にする。そんな戦い方聞いたことがない。


シアレス団長がどれだけ自分達から視線をそらしても攻撃は無理だと悟ったところで、こちらも緊張しながらちらりと残った候補者を確認する。その中には息切れが酷いオルゲルトもいて、ちょうど奴も同じことを考えていたらしく目が合った途端、苦々しい表情を浮かべられた。

そんな奴の反応を無視してシアレス団長をもう一度見ると、あの人の視線はまだ観衆騒がせた原因に向けられていた。シアレス団長の動向を確認した俺も続けて観衆を騒がせた原因を探るべく、反対側に視線を動かし、そして驚愕した。


「あのバカっ!」


チッと舌打ち交じりで呟き、俺は考える間もなくソイツに駆け寄った。


あろうことか、あの時道案内した新人の女性騎士が模擬試合の会場に足を踏み入れていたのだ。ふらふらとまるで散歩するようにこちらに向かってくるソイツを、観衆達は慌てて呼び戻している。


「おい! 模擬試合中に入る馬鹿が居るか! 戻ってこい!」

「何やってんだよアイツ! 死ぬ気かよっ!」

「新人かよっ! なんで教育係付いてねぇんだよ!」

「戻ってこい女っ!」


ギャーギャーと喚く声にもアイツは反応しないまま、軽い足取りでこちらへ向かってくる。駆け寄ってきた俺を見た彼女は嬉しそうに笑っていたけれど。

模擬試合と言えど、シアレス団長によって引き起こされている緊張感から、他の候補者が殺気立っている。自分だって当然そうだし、緊張感はピークだ。

そんな中、のらりくらりと水を差すヤツが居るとしたら、相手が誰であろうと問答無用で切りつけたくなるし、切りつけられても文句は言えないだろう。


「何やってんだ馬鹿! さっさと戻れっ!」


ようやく駆け寄った俺が怒号を浴びせたものの、彼女はふいに視線をずらした。思わずそれにつられるように視線の先を追えば、勢いよくこちらに向かって駆け出すシアレス団長の姿。


駄目だっ! この女、殺られる!


シアレス団長が振り上げた長剣を見て、俺は瞬時に自分の手の長剣を構える。


ガキンッと金属音が鳴り響き、その一打を防いだものの、ビリビリと体を震わす強烈な打撃に、完全に受け入れる体勢が整っていなかった俺の手から長剣が零れ落ちた。


視界にはすでに次の一打を繰り出すシアレス団長の姿。


考える間もなくウェストバッグからナイフを取り出し、投げつける。


目を見開いたシアレス団長は次の一振りで俺の投げたナイフを叩き落とす。すでに二本目のナイフが俺の手から団長の顔めがけて放たれて。


が、それもまた無残にシアレス団長の足元へと金属音と共に叩き落とされた。


早すぎるっ!


鋭くなった団長の視線に一瞬気おくれしたのが命取りだったかもしれない。


いつの間にか振りあげられていた団長の剣が俺の首元を狙って落ちてきた時だった。


「待って」


ピタッ、と女性の声と共にシアレス団長の剣が俺の首が落ちる寸前で止まった。息が出来ないほど自分の死を覚悟した場面に降りてきた言葉に、シアレス団長は俺から俺の背後に居る女性へと視線を動かすと、ふぅっと小さく息を吐いてゆっくりとした動作で剣を鞘に納めてしまった。


途端、汗と生きている事への感謝がどっと噴き出してきた。思わず首を触って繋がっているか確認したほど。走馬灯だって走った気がする。


俺の前に立っているシアレス団長は相変わらず無表情のままだったけれど、彼の視線は既に俺ではなく背後に居るらしい新人の女性騎士に向けられていた。


「……この場に足を踏み入れて、殺してくれと言っているようなものだぞ」


ヒンヤリとしたシアレス団長の言葉に俺はようやく我に返って振り返ると、彼女は涼しい顔をしたままだ。思わずもう一度シアレス団長を見たものの、彼は珍しく表情を崩してあきれたようにもう一度大きくため息をつくと、観衆の中に居た隊長達に告げた。


「選考を終了する」


え……?


唐突に終わりを告げられた事に、俺や他の候補者だけではなく見ていた観衆や隊長達までもが同じだったらしい。酷く戸惑いを含んだざわめきが会場を包み込み、誰もが隣に居た連中と顔を見合わせてどういうことだ? と首を傾げるも。


「決まったか」


淡々としたシアレス団長の言葉に俺がえっ? と振り返るも、振り返った時にはあろうことかあの新人が団長の元に歩み寄っていて。


「疲れた」

「君が言うな」


両手を広げた女性騎士に対し、シアレス団長は珍しく気がしれた相手と会話するような口調でそういうと、彼女に歩み寄って静かに抱き上げたのだ。


「なっ――!」


絶句したのはまたもや俺だけじゃなかった。


新人が団長の片腕に座るように抱きかかえられたのを、幻を見ているんじゃないかと誰かが頬を抓った音が聞こえそうなほどの静寂に包まれる。


シアレス団長は触れた相手の心が読める。


それは公然の秘密で誰もが知りうることである。そんな団長に近づこうとする者はおらず、友人のレヴァン隊長でさえ決して触れる事のない彼に当然のように触れさせた彼女の考えや素性がまったく分からなかったからに他ならない。


「お疲れ様。かっこよかった」


抱きかかえられていた女性が両手でくしゃりとシアレス団長の髪を撫でる姿にもまた絶句を重ねる。彼は触れる事を極度に拒むが、触れられることも同様に酷く嫌っている。


「その四人でいいのか?」

「読んだでしょ? いいよ、その人達で」


成り立っているか分からない会話を続ける二人を間近で見ていた俺は口をパクパクとさせて。

そんな周囲の雰囲気をようやく察したらしいシアレス団長は、会場を包む静寂を一瞥すると、透き通るような凛とした口調で告げた。


「ちょうどいい。皆に紹介しよう。彼女が《誉人の奇跡》――コトエ・ヒナモリだ」


一瞬の静寂が会場を包み込み――後に爆発したような悲鳴を上げたは言うまでもない。

シアレスだんちょー無双


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