最後のダンスと、不器用なエスコート
厳格な公爵の乱入という特大のハプニングを乗り越え、王都の社交シーズンはついに最終日を迎えた。
愛結商店は、ガレット商会の乗っ取りと新作ドレスの爆発的な売上により、過去最高の利益を叩き出していた。
「ふふふ……あはははは! 見たことか、王都の貴族ども! 見栄っ張りのあんたたちから搾り取った金貨で、我が商会の金庫はパンパンよ!」
最終日の舞踏会の隅で、愛結は札束(注文書)を数えながら高笑いしていた。
「アユ様ああああ! 大勝利ですな!!」
ゴードンが雄叫びを上げ、バルガスが「完璧な計略でしたな」と頷く。
「……ん。アユ様、邪魔な貴族は全員毒殺して、遺産も奪う?」
「だから殺すな! 生かさず殺さず、来年も搾り取るのが一番効率がいいのよ!」
愛結がシャーリーを嗜めていると、クロエがトコトコと歩み寄ってきた。
「社長、お疲れ様です! カタログ配り、全部終わりました!」
「ご苦労様。あんたもよく働いたわね。……ほら、約束の『王都での貴重な経験(無給)』よ」
「えへへ、ありがとうございます! 私、王都のドレスをたくさん見られて、すっごく楽しかったです!」
クロエの無邪気な笑顔に、愛結は少しだけ毒気を抜かれたように息を吐いた。
「さて、と。商談も全部終わったし、あとは帰って金貨の計算をするだけね」
愛結が立ち上がろうとした、その時だった。
「……先生」
静かな声がして、振り返ると、そこにはナイジェルが立っていた。
黒髪に銀縁メガネ。目の下のクマは相変わらずだが、今日はいつもより少しだけ、背筋が伸びているように見える。
「なによ。まだ何か仕事が残ってるの?」
「いえ。すべての業務は完了いたしました。……ですから」
ナイジェルは、愛結の前にスッと右手を差し出した。
「最後の一曲は、私と踊っていただけますか」
その言葉に、愛結は目を丸くした。
「は? あんた、何言ってるのよ。私は社長で、あんたは執事よ。それに、私、ダンスなんて……」
「お父様の前で『恋仲だ』と宣言してしまった以上、ここで一度も踊らないのは、逆に不自然です。……それに」
ナイジェルは、銀縁メガネの奥の瞳を細め、少しだけ意地悪に微笑んだ。
「先生が私を『自分のもの』だと言ってくださったのですから。所有物として、主人のエスコートをするのは当然の義務かと」
「なっ……!」
愛結の顔が、ボンッと音を立てて赤くなった。
先日の「お父様襲来事件」の時の恥ずかしい台詞を蒸し返され、愛結は反論の言葉を失ってしまう。
「さあ、先生。……それとも、私が他の令嬢と踊った方がよろしいですか?」
「だ、ダメよ!!」
愛結は反射的に叫び、バンッとナイジェルの手を取った。
「あんたは私の社員なんだから、他の女のところで油を売るなんて許さないわ! ……いいわよ、踊ってあげる。でも、私の足を踏んだら減給だからね!」
「畏まりました。……ですが、先生こそ、私の足を踏まないでくださいね」
ナイジェルが愛結の腰にそっと手を添え、二人はダンスフロアへと歩み出た。
ワルツの優雅な旋律が流れ始める。
「……ちょっと、あんた。リードが強引すぎるんじゃないの?」
「先生が不器用すぎるだけです。もう少し力を抜いてください」
「うるさいわね! 私は金貨の計算以外、細かい作業は苦手なのよ!」
口喧嘩をしながらも、二人のステップは不思議と息が合っていた。
周囲の貴族たちは、「公爵をも退けた情熱的な恋人同士」として、二人を温かい(そして少し恐れを含んだ)目で見守っている。
(……なんなのよ、この状況)
愛結は、ナイジェルの肩越しに周囲の視線を感じながら、ドクドクと鳴る自分の心臓の音を聞いていた。
ナイジェルの黒髪が、ダンスのステップに合わせて微かに揺れる。
至近距離で見る彼の顔は、いつも通りの過労の社畜なのに、なぜか今日はひどく……かっこよく見えた。
(……私、おかしいわ。絶対におかしい)
愛結は、真っ赤になった顔を隠すように、ナイジェルの胸元に少しだけ顔を伏せた。
「先生?」
「……うるさい。黙って踊りなさい」
王都の社交シーズン最後の夜。
悪徳社長と過労死寸前の執事は、不器用なワルツを踊りながら、少しずつ、確実にお互いの距離を縮めていくのだった。




