厳格なる公爵の襲来と、胃薬の限界
舞踏会の会場は、先ほどの「公開処刑」以上の、圧倒的な緊張感に包まれていた。
入り口に立つのは、クライス公爵。愛結の父親であり、王国軍のトップとして「冷徹なる軍神」と恐れられる男である。
「お、お父様……どうしてこんな所に……」
公開処刑と、圧倒的勝利
「どうして、だと?」
公爵は、低い足音を響かせながらゆっくりと歩み寄ってきた。その手には、ギラリと光る長剣が握られている。
「我が娘が、帝国皇子からの名誉ある縁談を断り、あろうことか『一介の執事と恋仲である』などというふざけた噂を流していると耳にしてな。……親として、事実確認に来たまでだ」
公爵の鋭い眼光が、愛結の背後に立つナイジェルを射抜いた。
「ひぃっ……!」
ナイジェルは、かつてないほどの恐怖に顔を青ざめさせ、ガタガタと震え出した。
黒髪に銀縁メガネ、そして目の下のクマといういつもの「過労の社畜」スタイルだが、今は過労ではなく純粋な恐怖で倒れそうになっている。
「貴様が、我が娘を誑かしたという不届き者か」
公爵が剣の切先をナイジェルに向ける。
「公爵家の令嬢に手を出すとは、万死に値する。……ここで首を刎ねてくれる」
「お、お待ちください、公爵様! 誤解です! 私は手など出しておりません! 指一本触れておりません! むしろ毎日、胃薬を飲みながら書類の山と格闘しているだけの、ただの社畜でございます!」
ナイジェルが必死に弁明するが、公爵の耳には届いていないようだった。
「問答無用! 我が娘の純潔を汚した罪、その命で贖え!」
公爵が剣を振り上げたその時。
「アユ様ああああ!! 公爵様であろうと、アユ様の社員に手を出すことはこのゴードンが許しませんぞおおお!!」
パツパツの正装を着たゴードンが、公爵の前に立ちはだかった。
「……ん。お父さん、動くと毒針を撃つ」
シャーリーが、いつの間にか公爵の背後に回り込み、首筋に毒針を突きつけている。
「や、やめなさい! あんたたち、相手はうちの父親よ! 物理的に排除したら私の実家がなくなるじゃない!」
愛結が慌てて二人を制止する。
「ふぉっふぉっふぉ。公爵様、ここは一つ、大局を見極めて剣をお収めくだされ」
バルガスが優雅にお茶を差し出すが、公爵はそれを冷たい視線で一瞥した。
「……エレノア。お前は、このようなならず者たちを従えて、一体何をしているのだ」
「な、ならず者だなんて失礼な! 彼らは愛結商店の優秀な社員よ!」
「そして、その男が、お前の『恋仲』だと?」
公爵の殺気が、再びナイジェルへと向けられる。
「あ、あわわわ……先生、助けてください……私の胃が、もう限界です……」
ナイジェルは、ついに胃薬の瓶を落とし、その場にへたり込んでしまった。
絶体絶命のピンチ。愛結は、自分の放った嘘が招いた最悪の事態に、どう対処すべきか猛烈な勢いで頭を回転させた。




