ポンコツ皇子の乱入と、見合いの噂
愛結が嫉妬でグラスを握り潰していた頃、舞踏会の会場は突如としてカオスに包まれていた。
「フハハハハ! さあ、王都の民よ! この私の美しさに酔いしれるがいい!」
バンッ! と大げさな音を立てて扉が開き、マントを翻したユリアン皇子が乱入してきたのだ。
彼はなぜか薔薇の花びらを撒き散らしながら、自信満々にフロアの中央へと歩み出る。
「な、なんだあの派手な男は……」
「ヴァルハラ帝国の皇子だそうだ。しかし、なんて頭の悪そうな……」
貴族たちがヒソヒソと囁き合う中、ユリアンは一直線に愛結の元へと向かってきた。
「おお、私の愛しきエレノア! 今日も一段と美しいな! どうだ、私と一曲踊らないか?」
「踊らないわよ。あんた、うちの新作の宝飾品(ぼったくり価格)を全部買い取ってくれるなら考えてもいいけど」
愛結は冷たく言い放ち、手元の注文書から目を離さない。
「フッ、相変わらずつれないな。だが、そこがいい! ……そういえば、エレノア」
ユリアンはわざとらしく声を張り上げ、会場全体に聞こえるような大声で言った。
「私の父上(皇帝)から、君と私の『お見合い』を正式に進めたいという書状が届いてな! どうだ、この私の妃になる覚悟はできたか!?」
その瞬間、会場の空気がピタリと凍りついた。
帝国皇子と、クライス公爵令嬢(兼・愛結商店社長)のお見合い。それは、国家間の力関係を揺るがすほどの特大スキャンダルである。
「はぁ!?」
愛結は、羽ペンをへし折らんばかりの勢いで立ち上がった。
「ちょっと、あんた! 何、こんな公衆の面前でバカなこと言ってるのよ! 私はあんたみたいなポンコツと結婚する気なんて、これっぽっちもないわよ!」
「照れるな照れるな! 私のような完璧な男を前にすれば、素直になれない気持ちもわかる!」
「照れてないわよ! 本気で嫌がってるのよ!」
愛結が怒鳴り散らしていると、周囲の貴族たちがザワザワと騒ぎ始めた。
「なんと……クライス公爵家が帝国と結ぶというのか?」
「しかし、エレノア令嬢は断っているようだが……」
このままでは、「愛結商店は帝国と癒着している」という変な噂が立ち、王都での商売に悪影響が出かねない。愛結の頭の中で、猛烈な勢いでソロバンが弾かれた。
(ここでキッパリと、誰の目にも明らかな形で断らなきゃダメね。一番手っ取り早くて、誰もが納得する『断りの口実』は……)
愛結の視界の端に、令嬢たちの相手を終えて戻ってきたナイジェルの姿が映った。
黒髪に銀縁メガネ、そして目の下のクマ。相変わらず疲労困憊の社畜オーラを漂わせているが、その立ち振る舞いは誰よりも有能な執事である。
「……ユリアン。前にも言ったけど、あんたのお見合い話は、絶対に受けられないわ」
愛結は、わざとらしくため息をつき、ナイジェルの腕をガシッと掴んで自分の胸元に引き寄せた。
「えっ? せ、先生……?」
突然の暴挙に、ナイジェルが目を丸くする。
「なぜなら、私にはすでに心に決めた相手がいるからよ! 私は、この執事と恋仲なの! だから、他のお見合いなんて一切受け付けないわ!」
シーーーン……。
舞踏会の会場が、文字通り静まり返った。
「な、なんだとぉぉぉっ!?」
ユリアンが悲鳴を上げ、貴族たちが一斉にざわめき出す。
「せ、先生!? 今、なんとおっしゃい……ここは王都の社交場ですよ」
「黙って合わせなさい! これは営業妨害を防ぐための『完璧な計略』よ!」
愛結は小声でナイジェルを脅しつつ、彼の腕にさらに強くしがみついた。
「というわけだから、お見合いの話は二度と持ってくるんじゃないわよ!」
愛結が高らかに宣言したその瞬間、彼女は全く気づいていなかった。
この「王都社交場での恋仲宣言」が、後にとんでもない大波乱(主に厳格な父親の激怒)を引き起こすことになるとは――。




