実家からの刺客と、老獪なる防波堤
「お嬢様! 入り口にまた馬車が止まりました! 今度は高そうな服を着た神経質そうな男です! 買わないようなら叩き斬りますか!」
「だから斬るな! ゴードン、お前は少し黙っていろ!」
ナイジェルが入り口のゴードンを叱りつける。
しかし、ドアベルの音と共に店内に入ってきた人物の顔を見た瞬間、ナイジェルの顔からサァッと血の気が引いた。
「……セ、セバスチャン様」
「久しぶりだな、ナイジェル。お嬢様の補佐として王都に同行させたが、随分と……『面白い』ことをしているようだな」
現れたのは、黒の燕尾服を隙なく着こなした、五十代半ばの初老の男。
クライス公爵家の家令長――つまり、ナイジェルの直属の上司であり、公爵家で最も恐れられている男、セバスチャンだった。
「……ナイジェル。あのおっさん、誰?」
「先生、静かに! あれは原作でエレノアお嬢様の暴走を唯一物理的に止められた、公爵家の最強の家令長ですよ! つまり、実家からの監査です!」
ナイジェルの小声の忠告に、エレノアは「げっ」と顔をしかめた。
スローライフ(という名の悪徳商法)を満喫しているところに、親からの小言ほど鬱陶しいものはない。
「エレノアお嬢様」
セバスチャンが、氷のように冷たい視線をエレノアに向けた。
「旦那様からお言付かりました。『公爵家の令嬢が、王都で詐欺まがいの商売をしているという噂がある。直ちに店を畳み、領地へ戻るように』と。……さて、このガラクタの山(銅貨一枚の壺)を見るに、噂は事実のようですな」
「が、ガラクタじゃないわよ! これは東方の秘境から発掘された伝説の……」
「言い訳は無用に願います。さあ、直ちに帰り支度を」
セバスチャンの有無を言わせぬ圧力に、さすがのエレノアも口ごもる。
このままでは、実家に連れ戻されて厳しい淑女教育(という名の地獄)が待っている。スローライフ崩壊の危機だった。
「ふぉっふぉっふぉ。これは手厳しい。クライス公爵家の家令長殿は、随分と商売の『価値』を見る目がないようですな」
その時、店の奥のロッキングチェアから、優雅な声が響いた。
バルガスである。彼はゆっくりと立ち上がり、セバスチャンの前に歩み出た。
「貴様は……誰だ」
「わしはこの店の顧問を務めております、バルガスと申す者。家令長殿、あなたはこれを『ガラクタ』と仰ったが……それは大きな間違いですぞ」
「ほう? では、この銅貨一枚の壺のどこに価値があるというのだ」
「『情報』ですよ」
バルガスは慇懃無礼な笑みを浮かべ、セバスチャンの耳元で囁いた。
「この壺を買っていくのは、王都の有力な貴族たちばかり。彼らは壺を買う際、見栄を張って様々な『自慢話』や『他家の弱み』をこぼしていきます。……お分かりですかな? この店は、ただの壺屋ではない。王都の貴族たちの『弱み』を合法的に収集するための、公爵家の情報機関なのです」
「……なっ」
セバスチャンの冷徹な顔に、初めて驚愕の色が浮かんだ。
「お嬢様は、ただ遊んでいるわけではありません。公爵家の未来のため、自ら泥を被って王都の情報を集めておられるのです。それを『詐欺』などと……旦那様はともかく、家令長であるあなたまでその真意を見抜けぬとは、いささか失望いたしましたな」
バルガスの完璧なハッタリに、セバスチャンは完全に言葉を失った。
エレノアは心の中で(バルガス爺さん、ナイス!)とガッツポーズをした。
「……お嬢様。それは、真実ですか?」
セバスチャンが震える声で尋ねる。エレノアはすかさず、高貴で憂いを帯びた令嬢の顔を作った。
「ええ、セバスチャン。お父様には内緒にしておいてちょうだい。私は、クライス公爵家のために、この身を捧げる覚悟なのです」
「おお……! なんというお覚悟! このセバスチャン、お嬢様の深遠なるお考えを見抜けず、恥じ入るばかりです!」
家令長はエレノアの前に深々と頭を下げた。
「旦那様には、私から『お嬢様は王都で立派に公爵家のための務めを果たしておられる』と報告しておきましょう。どうか、お怪我のないように……!」
「ええ、ありがとうセバスチャン。ナイジェル、彼をお見送りして」
「……はい」
涙ぐむセバスチャンを見送りながら、ナイジェルは胃薬を水なしで飲み込んだ。
「……先生。バルガスさん。あなたたち、本当に地獄に落ちますよ」
「ふぉっふぉっふぉ。これでまたしばらくは、ゆっくりお茶が飲めますな」
「だからサボるための労力を惜しまなすぎるんですよ!」
かくして、実家からの監査という最大のピンチは、老獪なサボり魔の完璧なハッタリによって見事に回避されたのであった。




