設定の回収は計画的に
ボルドー伯爵が「金貨五十枚の壺」を買ってから数日後。
愛結商店には、連日のように王都の貴族たちが押し寄せていた。見栄っ張りのボルドー伯爵が社交界で自慢して回ったおかげで、「あの壺を持っていない者は時代遅れ」という謎の風潮が生まれつつあったのだ。
「いやー、儲かる儲かる。ナイジェル、市場から壺の追加発注は済んだ?」
「……ええ。ただ、市場の銅貨一枚の壺を買い占めすぎて、王都の漬物屋が壺不足で困窮しているという噂が」
「漬物屋の経営なんて私の知ったことじゃないわ。さあ、どんどん売るわよ!」
ふかふかのソファで札束(金貨)を数えるエレノアは、完全に悪徳商人の顔になっていた。
その時、店の奥でラベル剥がし(買ってきた壺の元の値札を剥がす作業)をしていたシャーリーが、ピタリと手を止めた。
「……ん。これ、なんか変」
「どうしたのシャーリー? 値札が綺麗に剥がれない?」
「違う。この壺、生きてる」
シャーリーが指差した壺は、他の銅貨一枚の壺とは少し違っていた。表面に奇妙な紋様が刻まれており、カタカタと微かに震えている。
「……先生」
「なに? ナイジェル」
「僕、思い出したんですけど。原作の『龍と虎の首縊りの迷宮』の設定に、こんな記述がありましたよね。『王都の裏市場には、稀に古代の呪具が紛れ込んでいる。それは強力な悪霊を封じたもので、うかつに触れれば命を落とす』って」
「あー、そういえばそんな設定書いたかも」
「書いたかも、じゃないですよ! これ、絶対その呪具じゃないですか!」
ナイジェルが叫んだ瞬間、カタカタと震えていた壺が、ボフン!と黒い煙を噴き出した。
煙は店内に立ち込め、やがて巨大なドクロのような姿を形作る。
『グオオオオオオ……!我ハ、三百年ノ封印ヲ解カレシ悪霊……!生者ノ血肉ヲ喰ライ尽クシテクレルワァァァ!』
禍々しいオーラを放つ悪霊の出現に、店内はパニック……にはならなかった。
「お嬢様!買わない客が暴れております!叩き斬りますか!」
「ええ、ゴードン。そいつ一円にもならないから、適当に処理して」
「はっ!御意!」
入り口で警備をしていたゴードンが、嬉々として大剣を抜いた。
さらに、無表情のシャーリーが音もなく悪霊の背後に回り込み、両手に持った暗殺用の短剣を構える。
『ハハハ!愚カナ人間ドモメ!物理攻撃ナド我ニハ通ジ……』
ザシュッ! ドゴォォォン!!
悪霊が言い終わる前に、シャーリーの短剣が悪霊の霊体を切り裂き、ゴードンの大剣が物理法則を無視して悪霊を床に叩きつけた。
この世界には魔物は存在するが、亜人はいない。つまり、人間こそが最も恐ろしい戦闘種族になり得るのだ。特に、元・近衛騎士と元・暗殺者という武闘派の極みのような二人にかかれば、三百年前の悪霊などただの的でしかなかった。
『ギャアアアアアア!?イタイ!物理攻撃ナノニ何故カ痛イィィィ!?』
「ふぉっふぉっふぉ。悪霊殿、ここは王都の一等地。営業妨害で訴えられたくなければ、大人しく壺に戻ることをお勧めしますぞ」
ロッキングチェアで紅茶をすするバルガスが、慇懃無礼な口調で追い討ちをかける。
『ヒィィィ……!現代ノ人間、コワスギルゥゥゥ……!』
ボコボコにされた悪霊は、泣きながら自ら壺の中へと戻っていった。
シャーリーがすかさず壺に蓋をし、ゴードンが重石を乗せる。見事な連携プレイだった。
「……先生」
「なに? ナイジェル」
「うちの従業員、治安が悪すぎませんか?」
「そう? 頼もしくていいじゃない。あ、そうだ」
エレノアはポンッと手を叩き、悪霊が封印された壺を指差した。
「この壺、『動いて喋る全自動マッサージ壺』として、金貨百枚で売り出しましょう。肩こりに悩む老貴族とかに売れそうじゃない?」
「呪具を健康器具として再利用しないでください!呪われますよ!」
ナイジェルの胃痛は、今日も限界を突破していた。
しかし、彼らの休まる暇はない。愛結商店の悪評(と大繁盛)は、ついに「あの方」の耳にまで届こうとしていたのだから。




