元ヒロインのカリスマと、歩く広告塔
会場の視線を一身に集めて現れたのは、マリアだった。
原作では聖女、ヒロインとして王立学園の生徒たちを魅了した彼女のカリスマ性は、王都の社交界においても健在、いや、それ以上だった。
「まぁ……なんて美しい……」
「あのドレス、見たことがないデザインですわ。夜空の星を散りばめたような……」
マリアが身に纏っていたのは、愛結商店の最高傑作『星砂の夜想曲』。
アルキミアから独占輸入した星砂の結晶をふんだんに使用し、動くたびにドレス全体が魔法のように煌めく仕様になっている。さらに、彼女の透き通るような金髪と、慈愛に満ちた聖女の微笑みが、ドレスの価値を何十倍にも引き上げていた。
「皆様、ごきげんよう。本日はお招きいただき、光栄ですわ」
マリアが優雅にカーテシーをすると、会場の貴族たちは男女問わずため息を漏らした。
「完璧ね。さすが元ヒロイン、歩く広告塔としては最高級の素材だわ」
会場の隅で、愛結が満足げに頷く。
「……先生。マリア様をあのような見世物にするのは、少し心が痛みませんか?」
ナイジェルが胃を押さえながら呟く。
「何言ってるの。本人が『愛結先輩のお役に立てるなら!』ってノリノリだったじゃない。それに、あれでドレスが一着売れれば、マリアの孤児院に寄付金が入る仕組みにしてあるのよ。Win-Winの関係じゃない」
「なるほど。先生の悪徳ぶりも、たまには世のため人のためになるのですね」
「一言余計よ」
愛結の思惑通り、マリアの周りには瞬く間に貴族の令嬢たちが群がった。
「マリア様! その素晴らしいドレスは、どちらの仕立て屋で!?」
「あしらわれている宝石は、まさかアルキミアの星砂ではございませんこと!?」
令嬢たちの熱を帯びた質問に、マリアは完璧な営業スマイルで答える。
「ええ、そうですわ。こちらは『愛結商店』の新作ドレスですの。社長のエレノア様が、私のために特別に見立ててくださいましたのよ。……ふふっ、もし皆様もご興味がおありなら、あちらにいらっしゃる社長に直接ご相談なさってはいかが?」
マリアが優雅に扇子で愛結の方を指し示すと、令嬢たちの視線が一斉に愛結へと注がれた。
(よし! 食いついたわ!)
愛結は内心でガッツポーズを決め、営業用の完璧な令嬢スマイルを顔に貼り付けた。
「ごきげんよう、皆様。愛結商店の代表、エレノア・クライスですわ。本日は特別に、カタログをお持ちしておりますの。お値段は少々張りますが……皆様のような洗練された淑女にこそ、相応しい一品かと」
「買いますわ!」
「私にもカタログを!」
「私はその星砂のネックレスを!」
怒涛の勢いで押し寄せる令嬢たちに、愛結は素早く注文書を取り出した。
「順番にお並びになって! 焦らなくても、在庫はたっぷり用意してあるわよ!」
会場の熱気は最高潮に達し、愛結商店のブースは、さながらバーゲンセールのような有様となっていた。
「……ん。アユ様、ライバル商会の手先が、ドレスの生地に痒み止めパウダーを仕込もうとしてる。暗殺していい?」
いつの間にか愛結の背後に立っていたシャーリーが、無表情でナイフを抜こうとする。
「だから殺すな!! 物理的に排除するんじゃなくて、後で法的に十倍にして賠償金をふんだくるのよ! 証拠だけ押さえておきなさい!」
「……ちぇっ。つまんない」
「先生、注文書の処理が追いつきません。……それに、なんだか私の方をじっと見ている令嬢が多い気がするのですが」
ナイジェルが、羽ペンを猛スピードで走らせながら困惑したように呟く。
その言葉に、愛結はハッとして周囲を見渡した。
確かに、ドレスの注文に並ぶ令嬢たちの視線の一部は、ドレスではなく――愛結の隣で涼涼しい顔をして事務処理をこなす、執事へと向けられていた。




