海辺の村からの客人、クロエ上京
「わぁ……! これが王都の舞踏会……!」
夜。王宮に隣接する大夜会亭に足を踏み入れたクロエは、その豪華絢爛な光景に息を呑んだ。
シャンデリアの眩い光、色とりどりのドレスに身を包んだ貴族たち、優雅なオーケストラの生演奏。海辺の村で育った彼女にとって、それは完全におとぎ話の世界だった。
「口を開けて突っ立ってないで、ほら、これ配ってきなさい」
愛結が、ドンッと重たいカタログの束をクロエの腕に押し付けた。
「ひゃっ! しゃ、社長、これなんですか?」
「愛結商店の新作ドレスと宝石のカタログよ。端から順番に、金を持っていそうな貴族のオヤジや、見栄っ張りの令嬢に押し付けてきなさい。ノルマは一人百冊よ」
「ひゃ、百冊!?」
クロエが悲鳴を上げる。
「アユ様ああああ! クロエ殿一人では心細かろうと、このゴードンが護衛につきますぞおおお!!カタログを受け取らない不届き者がいれば、このゴードンが素手で引き裂いてご覧に入れますぞおおお!!」
「だから殺すなって言ってるでしょ! あんたはただ後ろに立って、無言で威圧感を出しなさい!」
愛結が頭を抱える。
「……ん。アユ様、私がカタログの角に微量の毒を塗っておく。読まない奴は指先から腐り落ちる」
いつの間にか背後に立っていたシャーリーが、無表情で恐ろしい提案をしてきた。
「ダメよ!! なんでうちの社員は、すぐ物理的に殺そうとするのよ! 私たちは商人なの! 笑顔で、合法的に、骨の髄まで搾り取るのよ!」
愛結が怒鳴り散らしていると、ナイジェルが冷たいおしぼりを差し出してきた。
「先生、血圧が上がっていますよ。落ち着いてください」
「あんたのせいよ! ……あ、いや、あんたのせいじゃないわね。こいつらのせいよ!」
愛結はおしぼりで顔を拭きながら、深くため息をついた。
「と、とにかく! クロエ、あんたのその『田舎から出てきた純朴な少女』というキャラクターは、王都の擦れっ枯らしの貴族たちには逆に新鮮に映るはずよ。愛嬌を振りまいて、ガンガン売り込みなさい!」
「は、はいっ! がんばります!」
クロエは気合を入れると、カタログの束を抱えて人混みの中へと飛び込んでいった。その後ろを、パツパツの正装を着たゴードンが「どすこい!」という掛け声と共に護衛としてついていく。
「……さて。クロエには地道なドブ板営業をやらせるとして、私たちは『本命』の仕掛けに行くわよ」
愛結はニヤリと笑い、ナイジェルを振り返った。
「準備はいいわね、ナイジェル?」
「ええ。すでに『彼女』の準備は整っております。……ただ、少し目立ちすぎる気もしますが」
「目立ってナンボよ! 広告塔なんだから!」
愛結が指を鳴らすと、会場の入り口の扉が、ゆっくりと開かれた。
そこに現れた人物の姿に、会場中の貴族たちが一斉に息を呑み、音楽すらもピタリと止まった。




