モテモテの執事と社長の不機嫌
「……なんなのよ、あれ」
愛結は、令嬢たちに囲まれるナイジェルを遠巻きに眺めながら、不機嫌そうに唇を尖らせた。
「ナイジェル様、砂漠の気候には慣れましたか? よろしければ、私の屋敷で涼んでいかれませんこと?」
「ナイジェル様、その髪……触れてみてもよろしくて?」
「ナイジェル様、胃薬をお飲みになるとか! 私が特製のハーブティーをお淹れしますわ!」
アルキミアの令嬢たちは、情熱的で積極的だった。
普段、愛結の無茶振りに振り回され、胃薬を常備している苦労人の執事は、彼女たちから見れば「ミステリアスで儚げな異国の美青年」に映るらしい。
「あ、あの……申し訳ありませんが、私は主人の元に戻らなければ……」
ナイジェルは冷や汗を流しながら丁重に断ろうとしているが、令嬢たちは一向に引き下がる気配がない。
「あらあら、大人気だな。どうする、エレノア嬢? あのままでは、お前の『所有物』が食い殺されてしまうぞ」
ジャスミン女王が、ワイングラスを傾けながら楽しげに笑う。
「……別に。あいつが勝手にモテてるだけでしょう。私には関係ないわ」
愛結はプイッとそっぽを向いたが、その手は無意識にテーブルの上のブドウを力強く握り潰していた。
「おや? アユ様、ブドウから汁が滴っておりますぞおおお!」
ゴードンが空気を読まずに大声を上げる。
「……ん。アユ様、あの女たち、全員毒殺する?」
シャーリーが、どこから取り出したのか、怪しげな小瓶を握りしめて提案する。
「しないわよ! あんたたちは黙ってなさい!」
愛結はシャーリーの小瓶を取り上げると、ズンズンと足音を立ててナイジェルの元へと歩き出した。
「ちょっと、あんたたち! 私の社員に群がって、営業妨害よ!」
愛結が令嬢たちの輪に割り込むと、彼女たちは不満げに顔をしかめた。
「あら、エレノア様。私たちはただ、ナイジェル様と親睦を深めていただけですわ」
「そうよ。ナイジェル様のような素晴らしい方が、あのような強欲な商人の元で働かされているなんて、可哀想ですわ」
「可哀想……?」
愛結の額に、ピキッと青筋が浮かんだ。
「あんたたち、砂漠の砂に頭まで埋められたいのかしら? こいつはね、私の元で働くのが一番幸せなのよ! ねえ、ナイジェル!」
愛結が振り返って睨みつけると、ナイジェルはホッとしたように微笑んだ。
「はい。私は、先生の元で働くことに誇りを持っています。……胃薬は手放せませんが」
「一言余計よ!」
ナイジェルが愛結の隣にスッと並び立つと、令嬢たちは諦めたようにため息をつき、散っていった。
「……まったく。油断も隙もないわね」
愛結が腕を組んで文句を言うと、ナイジェルは小さく頭を下げた。
「申し訳ありません、先生。ご迷惑をおかけしました」
「迷惑じゃないわよ。……ただ、あんたが他の女にデレデレしてるのを見ると、なんだか無性に腹が立つのよ。社長としての威厳が損なわれるというか……」
愛結がぶつぶつと言い訳をしていると、背後から陽気な声が響いた。
「フハハハハ! 見よ、この私の美しさを! 砂漠の夜空すら、私の輝きには敵わない!」
振り返ると、そこにはユリアン皇子がいた。
彼はなぜか上半身裸になり、オイルを塗ってテカテカに光り輝きながら、別の令嬢たちの集団に囲まれてポーズを決めていた。
「……あっちのポンコツは、放っておいても問題なさそうですね」
ナイジェルが遠い目をしながら呟く。
「ええ。むしろ、あのままアルキミアに置いて帰りたいくらいだわ」
愛結は深くため息をつき、ナイジェルの袖を引っ張った。
「さあ、戻るわよ。まだジャスミンと魔導馬車の商談が残ってるんだから。あんたは私の隣で、しっかりソロバンを弾きなさい!」
「はい、先生。どこまでもお供いたします」
砂漠の夜風が、二人の間を涼やかに吹き抜けていった。




