水源掌握と強引なる条約締結
翌朝。愛結商店の一行は、王都の郊外にある巨大なオアシスへと向かっていた。
このオアシスは、王都の全水源を賄う生命線である。
「さてと。交渉が決裂したなら、力ずくで言うことを聞かせるまでよ」
愛結は、オアシスの水源地を見下ろす小高い丘の上で、邪悪な笑みを浮かべた。
「アユ様! 力ずくとは、ついにこのゴードンが王宮に殴り込む時が来ましたかな!?」
「違うわよ、脳筋! もっとスマートで、極悪な方法よ」
愛結は、馬車の荷台から巨大な魔導具を引っ張り出した。それは、王立学園の魔法研究会から買い叩いた「超大型・水流制御魔導具」だった。
「ふぉっふぉっふぉ。なるほど。水源をせき止め、王都を干上がらせる……。まさに、大局を見極めた完璧な兵糧攻めですな」
バルガスが、満足げに頷きながらお茶を啜る。
「……ん。アユ様、私が水源に毒を撒いてくる。三日で王都は全滅する」
「だから毒はダメだって言ってるでしょ! 私たちは商売をしに来たのよ、殺戮をしに来たわけじゃないわ!」
愛結はシャーリーの物騒な提案を却下し、魔導具を起動させた。
ズゴゴゴゴ……!
魔導具から放たれた魔力が、オアシスの水源を覆い尽くし、王都へと続く水路を完全に遮断した。
「よし! これで王都の水は止まったわ。さあ、ナイジェル! 女王に脅迫状……じゃなくて、新しい『提案書』を叩きつけてきなさい!」
「先生……。やっていることが完全に悪の組織です。私はもう、胃薬が手放せません……」
ナイジェルは、震える手で胃薬を飲み込みながら、白旗の代わりに提案書を掲げて王宮へと走っていった。
数時間後。
王宮の謁見の間には、干上がった水路の報告を受けてパニックに陥る大臣たちと、玉座で額を押さえるジャスミン女王の姿があった。
「……降参だ」
ジャスミンは、愛結が突きつけた提案書に震える手でサインをした。
「水源を人質に取るとは……。お前の強欲さは、砂漠の熱砂よりも恐ろしい」
「お褒めにあずかり光栄ですわ、陛下」
愛結は、完璧なカーテシーと共にサイン入りの条約書を受け取った。
「これで、火炎石と星砂の結晶の専売権は我が愛結商店のもの。利益配分は七対三で手を打ってあげましたわ。感謝してちょうだい」
最初の九対一よりは譲歩したものの、依然としてアルキミア側には不利な条件である。しかし、国を干上がらせるわけにはいかないジャスミンにとっては、呑まざるを得ない条件だった。
「……一つだけ、聞かせてくれ」
ジャスミンが、恨めしそうに愛結を睨みつける。
「なぜ、あの執事を売らなかった? あいつ一人を差し出せば、こんな面倒な真似をせずとも、お前は莫大な富を得られたはずだ」
その問いに、愛結は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
そして、後ろで控えているナイジェルを一瞥し、フッと不敵に笑った。
「言ったはずよ。こいつは私のものだって。……それに、私は『自分の力』で富を奪い取るのが好きなの。他人に譲ってもらった富なんて、何の価値もないわ」
それは、悪徳商人としての強がりであり、同時に、彼女なりの「執事への執着」の表れだった。
「……ふふっ。本当に、底知れない女だ」
ジャスミンは、負けを認めたように小さく笑った。
「いいだろう。アルキミアは、愛結商店との取引を歓迎する。……だが、次に来る時は、もう少し穏便な方法にしてくれ」
「善処しますわ」
こうして、愛結商店の「砂漠のオアシスぼったくり編」は、莫大な利益と不平等条約という最高の結果をもって幕を閉じた。
「さあ、帰るわよ! 王都に戻ったら、この火炎石で新しいビジネスを立ち上げるわ!」
愛結の号令と共に、一行は意気揚々とアルキミアを後にした。
馬車の中で、ナイジェルがそっと愛結に冷たい水を差し出す。
「お疲れ様でした、先生。……本当に、無茶ばかりする方ですね」
「うるさいわね。あんたは黙って、私の横で胃薬でも飲んでなさい」
愛結はそっぽを向きながら水を受け取ったが、その耳はほんのりと赤く染まっていた。
砂漠の熱気とは違う、甘い余韻を残しながら、馬車は王都へと走り続けたのだった。




