美しき砂漠の女王と不平等条約
アルキミアの王宮は、外の熱砂が嘘のように涼しく、豪奢な造りだった。
大理石の床には緻密なモザイク画が描かれ、天井からは透き通るような青い宝石をあしらったシャンデリアが吊るされている。
「ほう……これは見事な調度品ですな。アユ様、私の完璧な計略によりますと、あの花瓶は王都の家が一軒買えるほどの値打ちものかと」
「ふぉっふぉっふぉ」と笑いながら、バルガスが知ったかぶりをして髭を撫でる。
「そう。じゃあ交渉が決裂したら、あれをこっそり鞄に詰めて帰りなさい」
「……ん。アユ様、私が警備の目を盗んで割らずに持ち帰る」
「泥棒はダメよ! 私たちはあくまで真っ当な商人なんだから!」
愛結がシャーリーの物騒な提案を即座に却下したその時、謁見の間の重厚な扉が開かれた。
「アルキミア女王、ジャスミン陛下のお成り!」
玉座に現れたのは、息を呑むほど美しい女性だった。
褐色の肌に、夜の砂漠を思わせる漆黒の髪。切れ長の瞳には、若き君主としての聡明さと、したたかさが宿っている。薄絹を重ねたような煌びやかな衣装が、彼女のプロポーションの良さを引き立てていた。
「よくぞ参られた、異国の客人たちよ。私がアルキミアの女王、ジャスミンだ」
鈴を転がすような、しかし威厳のある声が響く。
「お初にお目にかかります、ジャスミン陛下。私は愛結商店の代表、エレノア・クライスと申します。本日は、我が商会とアルキミア王国との間に、素晴らしい『提携』のご提案に参りましたわ」
愛結は、公爵令嬢としての完璧なカーテシー(淑女の礼)を披露した。
その後ろで、ナイジェルが胃薬を飲む準備を整え、アルベルトは涼しい部屋で生き返ったように微笑み、ユリアンはなぜか女王に向かってウインクを飛ばしている。
「素晴らしい提携、か。……ふふ、面白い。クライス公爵家の令嬢が、自ら商会を率いて砂漠を越えてくるとは。その度胸には敬意を表そう」
ジャスミンは玉座に深く腰掛け、妖艶な笑みを浮かべた。
「して、その提案とやらは?」
「単刀直入に申し上げますわ。我が愛結商店が持つ『最新の魔導具』と『王都の流行品』を、アルキミアの市場に独占的に卸します。その代わり……」
愛結は、懐から羊皮紙の束を取り出し、玉座の前に広げた。
「アルキミアで産出される『火炎石』および『星砂の結晶』の専売権を、我が商会に譲渡していただきます。利益配分は、愛結商店が九、アルキミアが一つ。……いかがかしら?」
謁見の間に、一瞬の静寂が落ちた。
九対一。それは提携などではない。ただの搾取、完全なる不平等条約である。
「……なっ! 無礼な! 我が国の特産品を、そのようなふざけた条件で!」
ジャスミンの側近である恰幅の良い大臣が、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。
「陛下! このような小娘の戯言、聞く耳を持つ必要はございません! 即刻、城から叩き出し――」
「黙りなさい」
ジャスミンが片手を上げると、大臣はビクッと肩を震わせて口をつぐんだ。
「九対一……か。なるほど、噂に違わぬ強欲ぶりだな、エレノア嬢」
ジャスミンは怒るどころか、楽しげに目を細めた。
「だが、我が国も馬鹿ではない。その条件を呑むには、君たちの商品がそれだけの価値を持つと証明してもらわねばならない。……それに」
女王の視線が、愛結の後ろに控える一人の青年にピタリと止まった。
「私は、もっと魅力的な『商品』を見つけてしまったようだ」
ジャスミンの赤い唇が、艶やかに吊り上がった。
その視線の先にいるのは――胃薬の瓶を握りしめたまま硬直している、ナイジェルだった。




