悪魔の契約書と特使の敗北
「き、金貨百億枚だと……!?」
特使の顔から血の気が引いた。
それは、ヴァルハラ帝国の国家予算の数年分に匹敵する天文学的な数字だった。
「そんな馬鹿げた契約が通るわけがない! これは詐欺だ!」
「あら、詐欺じゃないわよ。ちゃんと殿下ご本人の直筆サインと、帝国の皇室印が押してあるじゃない。ねえ、ユリアン殿下?」
「うむ! 私がサインした! 『愛と夢の終身契約』だと言われたからな! 喜んで判を押したぞ!」
ユリアンは誇らしげに胸を張った。
特使は絶望的な顔で天を仰いだ。このポンコツ皇子は、自分がどれほど恐ろしい書類にサインしたのか、全く理解していないのだ。
「もちろん、払えないなら無理には請求しないわよ」
愛結は紅茶を一口飲み、冷酷な目で特使を見据えた。
「ただし、その場合は契約不履行として、国際法廷に訴え出させてもらうわ。ヴァルハラ帝国は、自国の皇子が結んだ契約すら守れない『信用ゼロの国』として、世界中に知れ渡ることになるわね。……そうなれば、帝国との貿易を打ち切る国も出てくるんじゃないかしら?」
「くっ……!」
特使はギリッと歯を食い縛った。
軍事力では圧倒できても、経済と国際的な信用を盾に取られては手出しができない。
愛結商店は、すでに国家を脅迫できるほどの経済力と情報網を持っているのだ。
「……先生。特使殿の顔色が悪すぎます。あまり苛めると、血管が切れて倒れてしまいますよ」
ナイジェルが、同情するような(しかし全く感情のこもっていない)声で言った。
「わかってるわよ。私も鬼じゃないんだから、妥協案を出してあげる」
愛結はにっこりと微笑んだ。
「ユリアン殿下には、引き続きうちのトップアイドルとして働いてもらうわ。でも、売上の三割を『帝国への仕送り』として還元してあげる。どう? 皇子が国にいるより、よっぽど外貨を稼げるわよ?」
「……売上の三割、だと?」
「ええ。殿下の稼ぎは桁違いだから、三割でも軍艦の一隻や二隻、すぐに新調できるわよ。……皇子を連れ帰って百億枚の借金を背負うか、皇子を預けて莫大な外貨を得るか。特使さん、あなたが選んでいいわよ」
特使は、震える手で剣を鞘に収めた。
彼に、もはや選択の余地はなかった。
「……わかった。この件は、本国に持ち帰り、皇帝陛下にご報告する」
特使は屈辱に顔を歪めながら、踵を返した。
こうして、軍事国家ヴァルハラ帝国の脅威は、愛結の「圧倒的な違約金」と「悪魔の交渉術」によって完全に粉砕されたのである。




