本国からの使者と黒い影
愛結とナイジェルの間に微かな変化が生じた翌日。
ナイジェルの懸念は、最悪のタイミングで現実のものとなった。
「先生! 大変です!」
珍しく血相を変えたハーブが、愛結商店の社長室に飛び込んできた。
「うるさいわね、ハーブ。ノックくらいしなさいよ。どうしたの?」
「ヴァルハラ帝国から、特使が到着しました! しかも、軍艦三隻を引き連れて、王都の港に停泊しています!」
「……は?」
愛結の動きがピタリと止まった。
隣で書類を整理していたナイジェルも、険しい表情で顔を上げる。
「軍艦三隻、ですか。ただの視察や抗議にしては、物々しすぎますね」
「ええ。特使の要求は一つ。『ユリアン皇子を即刻引き渡し、皇子をたぶらかした首謀者を引き渡せ』とのことです」
ハーブの報告に、愛結は舌打ちをした。
「チッ……。バレるのが早すぎたわね。まだ王都の令嬢たちの財布の半分も絞り取ってないのに」
「先生、今は利益を惜しんでいる場合ではありません。相手は軍事国家ヴァルハラです。対応を間違えれば、国際問題どころか戦争になりかねません」
ナイジェルが冷静に状況を分析する。
「しかも、首謀者の引き渡しを求めているということは、すでに『愛結商店』が背後にいることを把握している可能性が高い。……先生、ここは一度、皇子殿下をお返しして、適当な賠償金で手を打つべきです」
「冗談じゃないわ!」
愛結は机をバンッと叩いて立ち上がった。
「あいつは今、うちの稼ぎ頭よ! それをタダで引き渡すなんて、私の美学に反するわ! それに、賠償金を払うくらいなら、こっちから慰謝料を請求してやるわよ!」
「先生……」
ナイジェルは深くため息をついた。
この悪徳社長は、相手が軍事国家だろうが何だろうが、自分の利益を手放す気は毛頭ないらしい。
「ハーブ。その特使を、うちの応接室に通しなさい。私が直接交渉してやるわ」
「し、しかし社長……」
「いいからやりなさい! ナイジェル、あんたも同席よ。とびきり渋い顔で、私の背後に立ってなさい」
「……畏まりました」
数時間後。
愛結商店の豪華な応接室に、ヴァルハラ帝国の特使が足を踏み入れた。
筋骨隆々とした巨体に、顔には無数の傷跡。いかにも「歴戦の武将」といった風貌の男である。
「貴様が、我が国の皇子をたぶらかした魔女か」
特使は、ソファに優雅に腰掛ける愛結を睨みつけ、地を這うような声で凄んだ。
しかし、愛結は全く怯むことなく、冷ややかな笑みを浮かべて紅茶を一口飲んだ。
「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。私はただ、あなた方のポンコツ……いえ、素晴らしい皇子殿下の才能を、ビジネスとして開花させてあげただけよ」
愛結の不敵な態度に、特使の額に青筋が浮かぶ。
応接室の空気が、一気に張り詰めた。




