偽装恋人と地獄の三文芝居
「ちょっと、離れなさいよ! 暑苦しいわね!」
「照れることはないさ、エレノア! さあ、私と共に愛の逃避行へ出かけよう!」
ユリアン皇子は、愛結の手を握ったまま、キラキラとした笑顔で迫ってくる。
愛結は本気で嫌そうな顔をして、背後のナイジェルに助けを求める視線を送った。
このままでは、このポンコツ皇子と結婚させられ、愛結商店の経営権はおろか、自由な悪徳ビジネスライフまで奪われてしまう。
(何か……何か手はないの!? このバカを諦めさせるような、決定的な嘘が……!)
愛結の悪知恵がフル回転した結果、彼女はとんでもない行動に出た。
「……悪いけど、あんたの求婚は受けられないわ」
「なぜだい!? 私の顔が美しすぎるから、隣に並ぶのが不安なのかい?」
「違うわよ! 私には……私にはすでに、将来を誓い合った愛する人がいるの!」
愛結はそう叫ぶと、背後に控えていたナイジェルの腕をガシッと掴み、自分の隣に引き寄せた。
「なっ……!?」
「えっ」
突然の展開に、ユリアンだけでなく、引き寄せられたナイジェル本人も驚きで目を丸くした。
「彼よ! 私の専属執事にして、私の心を奪った世界でたった一人の男、ナイジェルよ!」
「しゃ、社長……!? 何を突然……」
「(いいから合わせなさいよ! ボーナス弾むから!)」
愛結はナイジェルの耳元で小声で脅しながら、彼の腕にピタリと寄り添い、わざとらしく甘い声を上げた。
「ねえ、ナイジェル? 私たちがどれだけ深く愛し合っているか、この皇子殿下に教えてあげて?」
「…………」
ナイジェルは、愛結の腕の感触と、ユリアンの鋭い視線の板挟みになり、数秒間フリーズした。
しかし、彼は愛結商店の裏の支配者であり、超有能な社畜である。社長の命令(とボーナスの約束)には絶対服従だ。
「……ええ。その通りです、エレノア。私はあなたを、心の底から愛していますよ」
ナイジェルは、完全に光を失った「死んだ目」で、棒読みのセリフを吐いた。
それは、どう見ても「社長に脅されて無理やり言わされている哀れな社員」の姿だった。
「ほ、ほら! 見たでしょ! 私たちはラブラブなの! だからお見合いは――」
「なるほど……そういうことか!」
しかし、ユリアンはなぜか納得したようにポンと手を打った。
「身分違いの恋……! 公爵令嬢と、ただの執事! 周囲の反対を押し切り、密かに愛を育む二人……なんとロマンチックな悲恋だろうか!」
「え? いや、悲恋っていうか……」
「だが、私は諦めないぞ! その執事より、私の方が君を幸せにできると証明してみせよう!」
ユリアンはビシッとナイジェルを指差した。
「おい、そこの執事! 私と勝負だ! どちらがエレノアの隣にふさわしい男か、正々堂々と決着をつけようではないか!」
「……はぁ。どうして私が、こんな茶番に……」
ナイジェルは深くため息をつき、いつものように胃薬の瓶を探してポケットを探った。
こうして、愛結の思いつきの嘘から、前代未聞の「お見合いイケメン対決」が幕を開けたのである。




