歩く国宝、ユリアン皇子
「……はあ。どうして私が、こんな茶番に付き合わなきゃいけないのよ」
王都で最も予約が取れない超高級レストランのVIPルーム。
愛結は、最高級のシルクで仕立てられた黒と金のドレスに身を包み、大きなため息をついていた。
彼女の背後には、いつものように執事服を着たナイジェルが控えている。しかし、今日ばかりは彼も、どこか落ち着かない様子で銀縁メガネの位置を何度も直していた。
「仕方ありませんよ、エレノア。クライス公爵からの至上命令です。このお見合いを反故にすれば、愛結商店への資金援助が断たれますからね」
「わかってるわよ。でも、相手はあの『野蛮な氷の国』ヴァルハラ帝国の皇子でしょ? どうせ筋肉ダルマの戦闘狂に決まってるわ。私の美貌と知性に見合うわけがないじゃない」
愛結が不満げにワイングラスを傾けたその時、VIPルームの重厚な扉がゆっくりと開いた。
「お待たせいたしました、麗しのレディ」
甘く、耳の奥が痺れるようなバリトンボイス。
扉の向こうから現れたのは、愛結の予想を裏切る人物だった。
燃えるような真紅の髪、透き通るような翠緑の瞳。長身で引き締まった体躯を、仕立ての良い純白の軍服に包んでいる。
そして何より、彼が歩くたびに、どこからともなく薔薇の花びらが舞い散り、キラキラとした謎のオーラが漂っていた。
「初めまして。私がヴァルハラ帝国第一皇子、ユリアン・フォン・ヴァルハラだ。……ああ、君の美しさは、まるで夜空に輝く一等星のようだ。私の心は今、君という重力に囚われてしまったよ」
ユリアン皇子は、愛結の前に跪き、恭しく彼女の手を取って手の甲にキスを落とした。
完璧な所作、完璧な容姿。まさに「歩く国宝」と呼ぶにふさわしいイケメンである。
普通の令嬢であれば、この時点で顔を真っ赤にして卒倒していただろう。
しかし、愛結の反応は違った。
「……ちょっと、あんた」
「何だい、マイ・スウィート・スター?」
「この薔薇の花びら、誰が掃除するのよ。それに、あんたのその軍服、装飾に無駄な金糸を使いすぎね。費用対効果が最悪だわ」
愛結は、冷ややかな視線でユリアンを上から下まで値踏みした。
「で? あんたの年収はいくらなの? 帝国の皇子って言っても、実権を握ってなきゃただの金食い虫よ。私の愛結商店に、どれだけの利益をもたらしてくれるわけ?」
「ね、年収……? り、利益……?」
ユリアンは、ポカンと口を開けた。
彼の美しい顔に、明らかな「理解不能」の文字が浮かんでいる。
「愛に、金など必要ないだろう? 私たちは今、運命の出会いを果たしたのだ! 君の瞳に映る私と、私の瞳に映る君。それだけで、世界は満たされているじゃないか!」
「……ナイジェル」
「はい、社長」
「こいつ、顔面価値は金貨一万枚だけど、知能は銅貨ゼロ枚だわ。帰るわよ」
愛結は早々に見切りをつけ、席を立とうとした。
しかし、ユリアンは満面の笑みで愛結の前に立ち塞がった。
「おお! その冷たい視線、氷点下の帝国で育った私にはたまらないご褒美だ! 君のような女性は初めてだよ! ますます君のことが好きになった!」
ユリアンは、愛結の暴言を「照れ隠し」だと勘違いする、底抜けにポジティブなポンコツだったのである。




