年貢の納め時
卒業パーティーから数日後。
王立学園は、すっかり「愛結商店の巨大な支部」と化していた。
生徒たちは競ってプレミアム・ランチを食べ、カトリーヌたちは優秀な営業スタッフとして働き、ナイジェルは相変わらず教師と料理人を兼任して過労死寸前になっている。
「……ふあぁ」
生徒会室(現在は愛結商店・学園支部の社長室)で、愛結は退屈そうに大きなあくびをした。
「社長? どうされました? 学園からの収益は、王都の店舗を凌ぐ勢いですよ」
書類の束を抱えたマリアが、不思議そうに尋ねる。
愛結は窓の外の青空を眺めながら、ぽつりと言った。
「……飽きたわ」
「はい?」
「学園も、王都も、この国全体も……もう完全に私の支配下じゃない。市場を独占しちゃったら、あとは維持するだけでつまらないわ!」
愛結は立ち上がり、バンッと机を叩いた。
「決めたわ! この国はもうしゃぶり尽くした! 次は隣国よ! 隣国の経済を乗っ取りに行くわよ!」
「しゃ、社長!? またそんな無茶苦茶な……!」
マリアが慌てる中、愛結はすでに次の「悪徳ビジネス」の構想をノートに書き殴り始めていた。
「ナイジェル! アルベルト! あんたたち、明日から隣国に行くわよ! 今度は『異国から来た謎のイケメン商人』として、向こうの貴族の令嬢たちから金を巻き上げてもらうからね!」
「「……は?」」
廊下を歩いていた二人のイケメンから、絶望の声が上がる。
「ちょっと待ってください、お嬢様! 私は教師の仕事が――」
「教師なんて辞めなさい! あんたは一生、私の執事(奴隷)よ!」
愛結の高笑いが、学園中に響き渡る。
彼女の「ぼったくりスローライフ」は、まだまだ終わる気配を見せない。新たな市場を求めて、悪徳令嬢の旅は続いていくのだ。
――しかし。
「お嬢様。お楽しみのところ申し訳ありませんが」
突如、生徒会室の扉が開き、実家の監査官・セバスチャンが恭しく一礼して入ってきた。
彼の手には、金箔で縁取られた一通の封筒が握られている。
「何よ、セバスチャン。私は今から隣国に――」
「隣国への進出は、一時保留とさせていただきます。旦那様(公爵)からの至急の伝言です」
セバスチャンは、その封筒を愛結の机にそっと置いた。
「お嬢様も、今年で十六歳。そろそろ身を固める時期です。……来月、お嬢様の『お見合い』がセッティングされました」
「……は?」
「お相手は、北方の強国・ヴァルハラ帝国の若き皇子殿下です。国賓として、我が国にいらっしゃいます」
愛結の思考が、完全に停止した。
お見合い。結婚。それは、ビジネス一筋で生きてきた彼女にとって、最も縁遠い言葉だった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私には愛結商店という立派な恋人が――」
「決定事項です。もし断れば、クライス公爵家からの資金援助は全て打ち切られますよ」
セバスチャンの冷酷な宣告に、愛結は頭を抱えた。
隣国への侵略計画は白紙に戻され、最強の悪徳令嬢に、かつてない「恋愛(お見合い)」という名の最大の試練が立ちはだかる。
「……冗談じゃないわよぉぉぉぉっ!!」
愛結の絶叫が、王都の空に虚しく響き渡った。




