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龍と虎の首縊りの迷宮  作者: 秦江湖


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スローライフの敵は、己の才能

 勇者ルークの口コミ(という名の熱狂的な布教活動)により、愛結商店の「勇者になれる気がするポーション」は瞬く間に王都の冒険者たちの間で大ブームとなった。


 オープンからわずか一週間で、店の前には早朝から長蛇の列ができる始末である。


「お嬢様! 本日も客が群がっております! 買わない奴は叩き斬りますか!」


「だから買わない奴を斬るなと何度言えば……ゴードン、とりあえず列の整理だけしておいてください」


 入り口で物騒な発言を繰り返すゴードンを、ナイジェルが疲れた顔でなだめる。


 店内では、シャーリーが残像が見えるほどの速度でポーションの瓶にラベルを貼り続けていた。彼女の暗殺者としての卓越した動体視力と手先の器用さは、完全に軽作業のプロフェッショナルとして開花してしまっている。


「ナイジェル殿。先ほどから外の騒音が喧しくて、読書に集中できませぬ。もう少し静かにさせるよう、客に申し伝えていただけますかな?」


「バルガスさん、あなたは一応『商工会議所の元役員』なんですから、せめて帳簿の計算くらい手伝ってくださいよ!」


「おや。わたしは『知識』を提供するのが仕事。帳簿の計算などという単純作業は、若くて優秀なナイジェル殿の領分でしょう。ふぉっふぉっふぉ」


 相変わらず慇懃無礼な口調でサボり続けるバルガスを睨みつけながら、ナイジェルは店の奥――オーナー席へと視線を向けた。


 そこには、ふかふかのソファに深々と沈み込み、死んだ魚のような目をしているエレノアの姿があった。


「……飽きたわ」


「はい?」


「飽きたのよ。毎日毎日、同じ色水を売るだけの単純作業。しかも客が多すぎて、全然スローライフじゃないじゃない。私、もっとこう、優雅にアフタヌーンティーとか楽しみながら、適当に小銭を稼ぐ生活がしたかったのに」


「だから言ったじゃないですか!先生が適当なこと言って若者を騙すから、変なバズり方をしたんですよ!」


 ナイジェルの正論に、エレノアはうるさそうに耳を塞いだ。


 現実世界でも、彼女は「大ヒット作を連発する天才」であったが、同時に「すぐに新しい設定やプロットに浮気したがる飽き性」でもあった。その悪癖が、異世界でも完全に発揮されている。


「もういいわ。ポーション屋は今日で廃業よ」


「えっ!?いやいや、外にあんなに客が並んでるんですよ!?」


「シャーリー、在庫のポーション全部、外の連中に適当に配ってきなさい。無料でいいわ」


「……ん。了解」


 シャーリーが無表情のまま、ポーションの入った木箱を抱えて外へ出て行く。


 直後、外から「うおおおお! アユ様万歳!」

「一生ついていきます!」という狂気じみた歓声が響き渡った。


「無料配布なんてしたら、余計に信者が増えるだけですよ……!」


「細かいことは気にしないの。それよりナイジェル、次の商売の企画書よ」


 エレノアはソファから身を乗り出し、新たな羊皮紙をナイジェルに押し付けた。


『ただの壺 〜これを置くだけで幸運が舞い込む気がする壺〜 価格:金貨五十枚』


「……先生」

「なに?」


「これ、ただの壺ですよね?」


「ええ。そこらへんの市場で銅貨一枚で買ってきた、何の変哲もない壺よ」


「価格設定がバグってますよ!金貨五十枚って、ちょっとした家が建つ金額じゃないですか!さすがにこんな露骨な霊感商法、誰も引っかかりませんよ!」


 ナイジェルが吠えるが、エレノアはふっと不敵な笑みを浮かべた。


「ナイジェル。あなたは分かってないわね。人間っていうのはね、安すぎるものには逆に価値を感じないのよ。『金貨五十枚もする壺』だからこそ、そこに神秘的な力を感じてありがたがるの。これがブランドビジネスの基本よ」


「ブランドビジネスと霊感商法を一緒にしないでください!」


 その時、店の奥で優雅に紅茶を飲んでいたバルガスが、パチンと本を閉じた。


「ほう……金貨五十枚の壺、ですか」


「あら、バルガス爺さん。何か意見でも?」


「いえいえ。ただ、その価格帯の商材を扱うのであれば、ターゲットは冒険者や平民ではなく、金を持て余した『貴族』になりますな。そして、貴族という生き物は『他人が持っていない希少なもの』にこそ、金を払う習性があります」


 バルガスは立ち上がり、背筋をピンと伸ばしてエレノアの前に歩み寄った。


 その顔には、先ほどまでのサボり魔の老人とは違う、老獪な商人の笑みが浮かんでいる。


「お嬢様。その壺、わたしのコネクションを使って、王都の貴族たちの間で『東方の秘境から発掘された伝説の魔具』という噂を流して差し上げましょう。もちろん、ただの噂です。……が、貴族どもはこぞって買い求めに来るでしょうな」


「……バルガスさん、あなたまで悪徳商法に加担するんですか!?」


「ふぉっふぉっふぉ。これも『知識』の提供ですぞ、ナイジェル殿。それに、高額商品が一つ売れれば、しばらくは店を閉めて休むことができますからな」


 サボるための労力は惜しまない。その信念のもと、バルガスは嬉々として裏工作の準備を始めた。


「いいわね、その作戦採用!さあナイジェル、市場で適当な壺を百個くらい買い占めてきなさい!」


「百個!?金貨五十枚の壺を百個も売る気ですか!?王都の経済が崩壊しますよ!」


 ナイジェルの悲鳴をよそに、愛結商店は第二の事業「霊感商法(ターゲット:貴族)」へと、軽やかにシフトチェンジしていくのだった。






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