都会への憧れと、クロエの秘密
『プレミアム・オーシャン・リゾート』が大繁盛を続ける中、クロエは毎日目を輝かせて働いていた。
王都から来る上品な客たち、華麗な身のこなしで接客するナイジェル、そして息をするように海水を売り捌くアルベルト王子。
田舎の海辺しか知らなかった彼女にとって、それは眩しいほどに刺激的な「都会の空気」だった。
「ねえナイジェルさん! 王都って、夜でも明るいって本当ですか?」
「ええ、魔導灯が街中にありますからね。特に愛結商店が買い占めた大通りは、不夜城のように輝いていますよ」
「すごい……! 私、いつか絶対に行ってみたいなあ」
休憩時間、クロエはナイジェルとアルベルトを質問攻めにしていた。
王子も、少し得意げに王都の様子を語る。
「ああ、王都のスイーツは絶品だぞ。特に最近は、愛結商店が仕掛けた『高級壺入り塩漬け』が大流行していてな……」
「アルベルト様、それは黒歴史ですから伏せてください」
ナイジェルが咳払いをして話を遮る。
クロエは「壺入りの塩漬け……都会のスイーツってオシャレ!」と完全に勘違いしてメモを取っていた。
そんなクロエの様子を、離れたところからマックス爺さんが複雑な表情で見つめていた。
愛結は、パラソルの下で札束を数えながら、マックスに声をかけた。
「どうしたのよ、爺さん。孫娘が楽しそうに働いてるのに、シケた顔して」
「……嬢ちゃん。俺は、あいつにはこの村を出て行ってほしいんだ」
マックスは、太い指で顎髭を撫でながら、ぽつりとこぼした。
「クロエの母親……俺の娘は、王都に出稼ぎに行ってる。あいつはずっと、母親と一緒に暮らしたがってた。だが、俺がこの民宿を手放せなくて、あいつを縛り付けちまってたんだ」
「ふーん。それで?」
「嬢ちゃんが来てくれて、民宿は信じられないくらい繁盛してる。借金も返せそうだ。……だから、俺はこの民宿を畳むつもりだ」
マックスの言葉に、愛結は札束を数える手をピタリと止めた。
「ちょっと待ちなさい。せっかく私がプロデュースして金の成る木にしたのに、畳むってどういうこと?」
「借金を返したら、残りの金でクロエを王都の母親のところへ送る。あいつには、都会で幸せになってほしいんだ。俺みたいな老いぼれと、こんな寂れた村にいるより、ずっといいはずだ」
マックスは、ポケットから一通の手紙を取り出した。
それは、王都にいるクロエの母親から届いた手紙だった。『そろそろクロエを引き取りたい』と書かれている。
「……なるほどね。あんたは孫娘のために、自分の居場所を手放すってわけね」
愛結は手紙を一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。
「美談のつもりかもしれないけど、私は認めないわよ。私のリゾート計画を邪魔するなら、爺さんだろうと容赦しないから」
「好きにしろ。だが、俺の決意は変わらねえよ」
頑固な海の男の決意は固かった。
しかし、その会話を、物陰でクロエが聞いてしまっていたことに、二人は気づいていなかった。
クロエの手からは、先ほどまで楽しそうに書いていたメモ帳が、音もなく砂浜に滑り落ちていた。




