勇者よ、これが資本主義だ
王都の大通りに面した一等地に、突如としてオープンした謎の店舗。
金に糸目をつけない豪華絢爛な内装に、入り口で仁王立ちする筋骨隆々の大男。そして、店の奥から漂ってくる得体の知れないオーラ。
看板には、達筆な文字でこう書かれている。
『愛結商店 〜あなたの夢、金貨十枚で叶えます〜』
「……先生。なんで店の名前、前世のペンネームそのままなんですか。せめて『エレノア商店』とかにしません?」
「嫌よ。私がエレノアだってバレたら、面倒な貴族とかが寄ってくるじゃない。私はあくまで『謎の美少女オーナー・アユ』として裏から操るのよ」
「すでに目立ちすぎて裏から操れてないんですが」
カウンターの奥で優雅に紅茶をすするエレノア(愛結)に、ナイジェル(蛯原)が呆れたように突っ込む。
店の奥では、バルガス爺さんがロッキングチェアで居眠りをし、シャーリーが無表情でひたすら井戸水(食紅入り)の瓶にラベルを貼っている。
オープン初日。当然ながら、こんな怪しすぎる店に入る客などいるはずもなく、店内は閑古鳥が鳴いていた。
「お嬢様!怪しい奴らが店の前をうろついております!叩き斬りましょうか!」
入り口のゴードンが、剣の柄に手をかけながら嬉々として報告してきた。
「ちょっと待ちなさいゴードン。叩き斬るのは『買わなかった時』だけよ。まずは中に入れなさい」
「はっ! 御意!」
ゴードンに無理やり背中を押されるようにして、三人の若者が店内に転がり込んできた。
先頭に立つのは、安物の剣を腰に差した、金髪で正義感の強そうな少年。その後ろに、魔法使いらしきローブの少女と、僧侶らしき気弱な少年が続いている。
「な、なんだこの店は……!入り口の男、殺気が凄すぎるぞ!」
「あわわ、ルーク、出ようよ。なんかここ、ヤバい匂いがする……」
怯える仲間たちを庇うように、金髪の少年――ルークが剣の柄に手をかけた。
「……ナイジェル。あの子たち、見覚えあるわね」
「ええ。原作における『勇者一行』ですね。本来なら、物語の中盤でエレノアお嬢様に挑み、完膚なきまでに叩きのめされるはずの哀れな若者たちです」
「ふーん。まあ、今の私には関係ないわね。ただの『ネギを背負ったカモ』よ」
エレノアはにっこりと営業スマイルを浮かべ、カウンターから身を乗り出した。
「いらっしゃいませ、未来の英雄さんたち。愛結商店へようこそ」
「ひっ……! な、なんて綺麗な人だ……」
エレノアの「傾国の美貌」を真正面から浴びたルークは、顔を真っ赤にして固まった。後ろの仲間たちも、そのあまりの美しさに息を呑んでいる。
「私、オーナーのアユと申します。あなたたち、駆け出しの冒険者ね?大きな夢を持って王都に来たものの、装備を整えるお金もなくて困っている……そんなところかしら?」
「えっ!? な、なんでそれを……」
「ふふ、私にはわかるのよ。あなたたちからは、世界を救う『勇者』の素質を感じるもの」
エレノアの言葉に、ルークの目が輝いた。
ナイジェルは頭を抱えた。
(先生、適当なこと言って純粋な若者を騙すのやめてください……!)
「でもね、英雄になるには『きっかけ』が必要なの。いくら素質があっても、運とタイミングがなければ、ただの村人で終わってしまう。そうでしょう?」
「……はい。俺たち、昨日もスライムに負けて、ポーションを買うお金もなくて……」
「そこで、これよ」
エレノアは、シャーリーがさっきまでラベルを貼っていた赤い液体の入った瓶を、カウンターにドンと置いた。
「『ただの水(着色料入り) 〜これを飲めば勇者になれる気がするポーション〜』。特別価格、金貨十枚よ」
「き、金貨十枚!? そんな大金、俺たち持ってるわけ……」
「あら、よく見て?『気がする』のよ? 英雄になれる『気がする』の。人間、思い込みが一番大事なのよ。『俺は勇者だ!』って思い込みながら剣を振れば、スライムなんて一撃よ。このポーションは、その『覚悟』を買うための試金石なの」
エレノアはルークの目を真っ直ぐに見つめ、本質を突くような妙な説得力を込めて囁いた。
「あなた、一生スライムに怯える村人で終わるつもり?それとも、ここで金貨十枚のリスクを背負って、世界を救う勇者になる覚悟を決める?」
沈黙が落ちた。
ルークは震える手で懐を探り、仲間たちの制止も聞かずに、なけなしの金貨十枚をカウンターに叩きつけた。彼らの全財産だった。
「か、買います……!俺、勇者になる覚悟を決めます!」
「毎度あり!シャーリー、商品をお渡しして」
「……ん」
無表情なシャーリーからポーションを受け取ったルークは、まるで聖遺物でも手に入れたかのような顔で店を出て行った。ゴードンが「また来いよ未来の英雄!」と暑苦しく見送る。
「……先生」
「なに? ナイジェル」
「完全に詐欺です。しかも、若者の夢と希望を食い物にする一番タチの悪いタイプの」
「失礼ね。私は『覚悟』を売ったのよ。ほら、バルガス爺さん。売り上げの記帳お願いね」
「ふぉっふぉっふぉ。チョロい客で助かるわい」
こうして、愛結商店の記念すべき最初の売り上げ(金貨十枚)は、未来の勇者から巻き上げた全財産によって達成されたのであった。




