伝説の海鮮BBQ(ただの焼き魚)
「お、お待ちどおさま! 海藻亭……じゃなくて、リゾート名物『本日の海鮮盛り合わせ』です!」
エプロン姿のクロエが、元気いっぱいに大皿をテーブルにドンと置いた。
しかし、皿の上に乗っていたのは、原型を留めないほど真っ黒に焦げた謎の炭の塊(おそらく魚)と、生のままぶつ切りにされたタコだった。
「……クロエちゃん。これは何かしら?」
「お爺ちゃんが今朝釣ってきた魚です! 私、料理にはちょっと自信がなくて……」
クロエは申し訳なさそうに頭を掻いた。
愛結は黒焦げの魚をフォークでつつきながら、深いため息をついた。
「いい? 私たちは『プレミアム・オーシャン・リゾート』なのよ。こんな消し炭を出したら、王都のセレブ客が暴動を起こすわ」
「ううっ、ごめんなさい……。お爺ちゃんは漁に出ちゃうし、私が作るしかなくて……」
「嘆いている暇はないわ。ナイジェル! あんたの出番よ!」
愛結の号令で、厨房からナイジェルが現れた。
彼は胸元がはだけた麻のシャツの上に、なぜかスタイリッシュな黒いエプロンを身につけている。
「……やれやれ。執事たるもの、料理の一つや二つできなくてどうしますか」
ナイジェルはため息をつきながら、見事な手つきで新鮮な魚を捌き始めた。
公爵家で鍛え上げられた彼の家事スキルは、ただの海辺の魚を、まるで王宮の晩餐会に出るような美しい切り身へと変えていく。
「すごい……! ナイジェルさん、魔法使いみたい!」
「ただの仕込みですよ、クロエお嬢さん。さあ、ここからは『演出』の時間です」
ナイジェルは切り身を串に刺し、テラスに用意された特設の焼き台(ただのドラム缶を半分に切ったもの)に並べた。
そして、傍らで海を眺めていたアルベルト王子に声をかけた。
「アルベルト様。出番です」
「……俺か?」
王子は気怠そうに振り返り、焼き台の前に立った。
愛結がすかさず指示を飛ばす。
「いい、アルベルト! あんたはただ黙って、アンニュイな表情で魚をひっくり返すの! 時々、汗を拭いながら遠くの海を見つめるのよ!」
「……魚を焼きながら、海を見つめるのか? 焦げるぞ?」
「焦げる前にナイジェルがこっそり火加減を調整するから大丈夫よ! あんたは『顔』だけ働かせなさい!」
愛結の無茶苦茶な指示のもと、ぼったくり民宿の目玉メニューが完成した。
その名も――。
「お待たせいたしました。当リゾート名物、『ワケあり貴公子の哀愁シーフード・バーベキュー』でございます」
数日後、愛結の宣伝(という名のサクラを使った口コミ工作)に釣られてやってきた王都の貴族令嬢たちの前に、その料理は提供された。
夕日に照らされるテラス。
波音を背景に、はだけたシャツから覗く王子の引き締まった胸板と、物憂げな横顔。
彼が黙って串を裏返すたびに、令嬢たちから「キャーッ!」という黄色い歓声が上がる。
「あの伏し目がちな表情……素敵!」
「きっと、過去に辛い恋をして、海辺に逃れてきたのね……!」
「ああ、あの焼けたお魚、私が食べたいわ! 金貨三枚出すわよ!」
実際には、ただの近海で獲れたアジの塩焼きである。
しかし、ナイジェルの完璧な下処理と、王子の圧倒的な顔面偏差値(と哀愁の演出)が加わることで、それは金貨が飛び交う「伝説の海鮮BBQ」へと昇華していた。
「ふふふ……チョロい、チョロすぎるわ、都会の女たち……!」
愛結は物陰からその光景を眺め、チャリンチャリンと金貨を数えながら邪悪な笑みを浮かべていた。
クロエは、ただの焼き魚が金貨に化ける瞬間を目の当たりにし、「都会のビジネスって、魔法みたい……」と、完全に間違った方向へ洗脳され始めていた。




