ワケありイケメン、強制労働開始
「『プレミアム・オーシャン・リゾート〜貴女だけの波音〜』……? なんだその、舌を噛みそうな名前は」
「センスの欠片もねえな。やっぱり『海藻亭』の方が海辺らしくていいだろうが」
翌朝。
波の音が聞こえるテラスで、マックス爺さんとアルベルト王子が渋い顔を突き合わせていた。
二人の前には、愛結が昨夜のうちに書かせた新しい看板が立てかけられている。
「センスがないのはあんたたちの頭よ! 『海藻亭』なんて名前で、王都のセレブ女が来るわけないでしょ! リゾートの基本は『現実逃避』よ!」
愛結は、パラソルの下で優雅にトロピカルジュース(ただの果汁)を啜りながら言い放った。
「いい? 都会の生活に疲れた女たちは、海辺のボロ宿に『素朴さ』なんて求めてないの。求めているのは『偶然出会った、ワケありのイケメンとの非日常的なひととき』よ!」
「……先生。その『ワケありイケメン』というのは、まさか私と王子のことですか?」
薪割りを終え、汗を拭いながらナイジェルが戻ってきた。
彼が着ているのは、愛結が用意した「無駄に胸元がはだけた麻のシャツ」である。
「当然でしょ! あんたは『都会の喧騒に疲れ、眼鏡の奥に哀愁を漂わせるインテリ執事』。アルベルトは『身分を隠し、自由を求めて海辺に流れ着いたワイルドな貴公子』。完璧な布陣じゃない!」
「……俺は一応、本当に身分を隠している第一王子なのだが。それを売りにするのか?」
「バレなきゃいいのよ! むしろ『本物』のオーラが、客の財布の紐を限界まで緩めるの!」
愛結の無茶苦茶な理屈に、男三人は深くため息をついた。
「すごい……都会のビジネスって、こんなに計算されているのね……!」
ただ一人、孫娘のクロエだけが目を輝かせていた。
彼女は、ナイジェルとアルベルトという「本物の都会のイケメン」が自宅の民宿で働いているという事実に、まだ少しパニックになりつつも、愛結の言葉を熱心にメモしている。
「いい心がけね、クロエちゃん。あんたには『純朴で健気な現地の少女』を演じてもらうわ。イケメン目当ての客に『あの二人はどんな人なの?』って聞かれたら、こう答えるのよ」
愛結はクロエの耳元で何かを囁いた。
クロエはコクコクと頷き、真剣な顔で復唱する。
「『……あの二人は、いつも海を見つめて、悲しそうな顔をしているの。まるで、何か大切なものを探しているみたいに……』。これでいいですか、社長!」
「完璧よ! これで客の母性本能は爆発、オプション料金の『相席プラン(金貨一枚)』が飛ぶように売れるわ!」
「……先生。私たちは、客の女性と相席するだけで金貨を取るのですか?」
「当たり前でしょ! あんたたちの顔面は立派な『観光資源』よ! タダで見せるなんてもったいない!」
ナイジェルは頭を抱え、アルベルトは「俺の顔は金貨一枚の価値か……」と妙な方向に納得し始めていた。
マックス爺さんは「都会の女は頭がおかしいのか……」と呟きながら、新しい看板を渋々壁に打ち付け始めた。
「さあ、準備は整ったわ! 今日からあんたたちは、この『プレミアム・オーシャン・リゾート』の看板従業員よ! 死ぬ気で非日常を演出しなさい!」
愛結の号令とともに、ぼったくり民宿の営業が本格的にスタートした。
だが、彼らにはまだ、一つ大きな問題が残されていた。
それは、「民宿」である以上、避けては通れない「料理」の問題である。




