太陽と海と借金まみれの民宿
王都から馬車に揺られること数日。
潮の香りが鼻をくすぐり、波の音が心地よく響く南の海辺の村に、愛結たちは到着していた。
「最高ね! これぞバカンス! これぞ夏の海よ!」
愛結は砂浜に降り立つなり、両手を広げて太陽の光を全身に浴びた。
その背後で、荷物持ちをさせられている二人の男が、げっそりとした顔で立っている。
「……先生。なぜ私が、このような重労働をさせられているのでしょうか」
「俺もだ。一応、これでも第一王子なんだが? 王都の仕事はどうしたんだ」
大量のトランクを抱えたナイジェルとアルベルト王子が、恨みがましい視線を向けてくる。
しかし、愛結は振り返りもせずに言い放った。
「王都の仕事は全部ハーブに丸投げしてきたから問題ないわ! それに、あんたたちにはこの海辺の村で、私の『新しいビジネス』の重要な歯車になってもらうんだから、文句言わないの!」
「新しいビジネス、ですか……嫌な予感しかしませんが」
「フッ、どうせまたろくでもないことを企んでいるのだろう。だが、俺はもう驚かんぞ」
すっかり毒気を抜かれた二人は、ため息をつきながら愛結の後を追った。
愛結が目指したのは、村の端にある一軒の古びた民宿だった。
看板には『民宿・海藻亭』と書かれているが、文字は擦れ、建物はあちこちガタが来ている。どう見ても客が入っているようには見えない。
「ここよ! ここが私たちの新しい城になる場所よ!」
「……ただの廃屋に見えますが」
「失礼なこと言うんじゃないよ、都会の若造が」
ナイジェルの呟きに反応するように、民宿の奥から野太い声が響いた。
現れたのは、日に焼けた肌と真っ白な顎髭を持つ、筋骨隆々の老人だった。首には謎の貝殻のネックレスを下げており、いかにも「海の男」といった風貌だ。
「俺はここのオーナー、マックスだ。今はちょっと客が少ないが、ここは村で一番歴史のある民宿だぞ」
「お爺ちゃん! また見栄張って! 客が少ないどころか、今月の予約ゼロじゃない!」
マックスの後ろから、元気な声とともに一人の少女が飛び出してきた。
ショートヘアに日焼けした肌、大きな瞳が印象的な10代半ばの少女だ。彼女は手にしたほうきで、マックスの背中を軽く叩いた。
「私はクロエ! この民宿の看板娘よ。ごめんなさいね、うちのお爺ちゃん、頑固で口が悪くて。……って、ええっ!?」
クロエは、愛結の後ろに立つナイジェルとアルベルトを見て、目を丸くした。
洗練された身のこなし、仕立ての良い服、そして何より、田舎の村では絶対に見かけないほどの圧倒的な「顔面偏差値」。
「す、すごい……本物の都会のイケメン……!」
「ふふん。驚くのはまだ早いわよ、クロエちゃん」
愛結は不敵な笑みを浮かべ、マックス爺さんの前に進み出た。
「マックス爺さん。単刀直入に言うわ。この民宿、私に経営させなさい」
「ああん? 何言ってやがる、嬢ちゃん。ここは俺の城だ。誰にも譲る気はねえよ」
「あら、そう? でも、あんた借金まみれなんでしょ? 村の高利貸しに立ち退きを迫られてるって、村長から聞いたわよ」
愛結の言葉に、マックスの顔が引きつった。クロエも不安そうに祖父を見上げる。
「な、なんでそれを……」
「私を誰だと思ってるの? 王都の経済を牛耳る『愛結商店』の社長よ。情報収集なんて朝飯前よ」
愛結は懐から分厚い札束を取り出し、マックスの目の前でパラパラと弾いてみせた。
「借金は私が全額肩代わりしてあげる。その代わり、今日から私がこの民宿の『総合プロデューサー』よ。あんたたちは私の指示通りに動くの。いいわね?」
「……くっ」
マックスは悔しそうに顔を歪めたが、背に腹は代えられない。札束の暴力の前に、頑固な海の男も陥落するしかなかった。
「よーし、交渉成立ね! さあナイジェル、アルベルト! あんたたちの仕事は決まったわ!」
愛結は、呆然とする二人のイケメンを指差して、高らかに宣言した。
「今日からこの店の名前は『プレミアム・オーシャン・リゾート〜貴女だけの波音〜』よ! あんたたちは今日から、この民宿の『ワケありイケメン従業員』として、非日常を求める客から骨の髄まで金を絞り取るのよ!」
「「……は?」」
夏の海辺の村に、二人の男の絶望に満ちた声が響き渡った。
こうして、愛結の次なる悪徳ビジネス「ぼったくり民宿」が、静かに幕を開けたのであった。




