小市民の決意と、次なるバカンスへ
王都最大の商会連合『黄金の天秤』が、愛結商店によってたった一日で解体・吸収合併された翌日。
社長室では、ハーバートが信じられないほどの厚さになった新しい帳簿を前に、静かに震えていた。
「……社長。我が愛結商店の市場シェアが、王都全体の七割を超えました。利益はもはや、国庫の税収に匹敵する額です」
「そう。じゃあ、これからはあんたが『王都の経済の支配者』ってわけね。おめでとう、ハーブ」
愛結はソファで寛ぎながら、あっけらかんと言い放った。
ハーバートは、深く息を吐き出した。かつて大手商会で「上司の失敗」を押し付けられ、細々と雑貨店を営んでいた小市民の自分が、今や国の経済を左右する大企業の総店長(実質的なトップ)に立っている。
「……社長。なぜ、私を引き留めたのですか? 私がいなくなれば、もっと従順で、もっと治安の悪い(有能な)人間を雇うこともできたはずですが」
「馬鹿ね。あんた以上に『私の適当な思いつきを、完璧なコスト管理で利益に変えられる変態』なんて、この世界にいるわけないじゃない」
愛結はニヤリと笑い、ハーバートを指差した。
「あんたはもう、立派な『悪徳商人』よ。私の無茶振りに文句を言いながらも、絶対に赤字を出さない。だから私は、あんたを手放さないの」
「……ふっ」
ハーバートは、思わず笑みをこぼした。
理不尽で、暴力的で、コンプライアンスの欠片もない最悪の社長。しかし、彼女の描く「悪徳のスケール」は、彼に商人としての最高の舞台を与えてくれたのだ。
「……わかりました、社長。このハーバート・クロス、骨の髄まで愛結商店に尽くしましょう。ただし、無駄な経費は今後も一厘たりとも認めませんからね」
「あはは! 頼もしいわね! さあナイジェル、これで王都の仕事は全部ハーブに丸投げできるわよ!」
愛結は立ち上がり、大きく伸びをした。
「というわけで、私は今度こそ『海辺の村』に行くわよ! あの寂れた村を、貴族向けの『超高級・シークレットリゾート民宿』に改造して、さらに荒稼ぎするの!」
「……またですか。ですが、今回は私も同行しますよ。先生一人では、またろくでもない騒動を起こしますからね」
「もちろんよ! ナイジェル、あんたには『ワケありのイケメン従業員その1』として、海辺で薪割りでもしてもらうからね。あ、アルベルト王子も連れて行きなさい。『イケメン従業員その2』として、砂浜でアンニュイな顔をさせるのよ!」
「……は?」
ナイジェルが呆気にとられる中、愛結はすでに「ぼったくり民宿」の事業計画書(という名の妄想ノート)を抱えて走り出していた。
「さあ、行くわよ! 目指せ、南の海! 目指せ、究極のぼったくりスローライフ!」
こうして、王都の経済をハーバートに丸投げした愛結は、ナイジェルと王子という「イケメン二人」を引き連れて、再び南の海辺の村へと旅立った。
前世の夏のドラマを模倣した、彼女の次なる「悪徳ビジネス」が、静かな海辺の村に嵐を巻き起こすことになるとは、まだ誰も知らない。




