経費削減バトルと、究極の悪徳キャンペーン
「社長! また経費で『最高級霜降り肉』を落とそうとしましたね! 却下です!」
「うるさいわね! これは龍と虎の士気を高めるための必要経費よ!」
愛結商店の社長室では、連日のように愛結とハーバートによる「経費バトル」が繰り広げられていた。
ハーバートは徹底した小市民的コスト管理を推し進め、照明の魔石は最低出力、従業員のまかないは「具なしスープ」、書類の裏紙使用を義務付けるなど、店を極限の節約状態に置いていた。
「いいですか、社長。利益とは『売り上げから経費を引いたもの』です。経費を極限までゼロに近づけることこそが、最も確実な利益創出なのです!」
「チマチマチマチマとうるさいのよ! そんな貧乏くさいやり方じゃ、客の心は掴めないわ!」
愛結はバン!とデスクを叩き、一枚の企画書をハーバートに突きつけた。
「あんたの『ガラクタ再利用キャンペーン』がなんだっていうの。私がもっとド派手に、経費をドバドバ使って、それ以上の利益を叩き出してやるわ!」
「なっ……こ、これは!?」
企画書を見たハーバートの顔が、驚愕に歪んだ。
そこには『第一回・龍と虎の首縊りの迷宮・大サバイバルツアー』と書かれていた。
「迷宮の全階層を貸し切りにして、貴族や大商人の子息たちを集めるの。参加費は一人につき金貨五百枚!」
「き、金貨五百枚!? そんな暴利、誰も払いませんよ!」
「払うわよ。なぜなら、このツアーの目玉は『安全保証付きの英雄体験』だからね」
愛結は、ニヤリと悪魔のように笑った。
「ゴードンとシャーリーを裏で護衛につけ、龍と虎には『ギリギリのところでわざと負ける』という極上の接待プレイをさせる。そして、参加者には『迷宮を制覇した英雄』という称号と、豪華絢爛な記念碑(金メッキ)を贈呈するの。見栄っ張りの貴族にとって、金貨五百枚で『本物の英雄の肩書き』が買えるなら安すぎるわ」
「し、しかし! 迷宮の貸し切りや豪華な記念碑の作成には、莫大な経費がかかります!」
「ええ、だから惜しみなく使うのよ! 最高の霜降り肉で龍と虎のやる気を限界まで引き上げ、記念碑は無駄にデカく派手にする! 経費を金貨一千枚使っても、参加者が十人いれば金貨四千枚の黒字よ!」
ハーバートは絶句した。
経費を「削る」ことしか考えていなかった彼にとって、経費を「投資」として莫大に使い、それ以上の暴利をむさぼるという発想は、あまりにもスケールが違いすぎた。
「……先生。それ、完全に『富裕層向けのぼったくり体験ツアー』ですね」
「人聞きの悪い。私は彼らに『最高の思い出とプライド』を提供してあげるだけよ」
ナイジェルのツッコミを華麗にスルーし、愛結はハーバートに言い放つ。
「どう? ハーブ。これが私のやり方よ。経費は削るもんじゃない、何倍にもして毟り取るための撒き餌なのよ!」
「……くっ……!」
ハーバートは悔しそうに唇を噛んだ。
小市民的な節約術では、この圧倒的な「悪徳のスケール」には勝てない。彼は商人としての敗北を悟り、がっくりと肩を落とした。
「……わかりました。この企画の経費は承認します。ただし、記念碑の金メッキの厚さは、私の計算で極限まで薄くさせていただきますからね!」
「あはは! 好きになさい! さあ、ナイジェル、私は勝負に勝ったから、しばらく有給をもらうわよ!」
愛結は高笑いしながら、デスクの上の書類をすべてハーバートに押し付けた。
「有給って……先生、どこへ行くつもりですか?」
「決まってるじゃない。海よ! 南の海辺の村で、今度こそ誰も私を知らない場所で、完璧なスローライフを満喫してくるわ!」
そう言い残し、愛結は嵐のように社長室から去っていった。
残されたハーバートとナイジェルは、山積みの書類と「大サバイバルツアー」の準備という地獄の業務を前に、深く、深くため息をついた。
こうして、愛結はついに念願のスローライフ(逃亡)を手に入れたかに見えた。
しかし、彼女が向かった「海辺の村」で、さらなる厄介事が待ち受けていることを、この時の彼女はまだ知る由もなかったのである。




