小市民の逆襲と、悔しがる悪役令嬢
「社長! やりました! 本日の売り上げ、過去最高を記録しましたよ!」
数日後。社長室に飛び込んできたハーバートの手には、インクが乾ききっていない分厚い売り上げ帳簿が握られていた。
ソファで昼寝をしようとしていた愛結は、不機嫌そうに身を起こす。
「うるさいわね……。過去最高って、迷宮リゾートの売り上げを越えたっていうの?」
「ええ! 私が仕掛けた『プレミアム・在庫一掃キャンペーン』が大ヒットしたのです!」
ハーバートは、興奮冷めやらぬ様子で帳簿を広げた。
「社長の『人間は特別感にお金を払う』というお言葉から着想を得ました。私は、倉庫の奥で埃をかぶっていた『売れ残りのガラクタ(原価ほぼゼロ)』を、豪華な木箱に詰め直したのです」
「……木箱に?」
「はい。そして、迷宮リゾートで金貨百枚以上を使ってくださったお客様だけに、こう囁きました。『これは選ばれたVIPの方だけに密かにお譲りしている、伝説の魔獣の加護を受けた特別なアイテムです。本日限り、金貨十枚の特別価格でご提供します』と!」
ハーバートは、かつて大手商会の番頭だった頃の「デキる男」の顔になっていた。
「お客様は『自分だけが特別に買える』という優越感に脳を焼かれ、中身がただのガラクタであることにも気づかず、飛ぶように買っていきました! しかも、木箱の原価は廃材を利用したのでタダ! 利益率は驚異の九十九パーセントです!」
「なっ……!?」
愛結は絶句した。
それは確かに、愛結が言った「特別感を煽る」という悪徳商法だった。
しかし、そこにハーバートの「原価ゼロのガラクタと廃材を再利用する」という小市民的なコスト管理(ドケチ精神)が完璧に融合した結果、恐ろしいほどの利益を叩き出してしまったのだ。
「さらに、お客様には『この箱を三個集めると、さらに特別なVIPルームへご案内します』と伝えました。これにより、彼らは不要なガラクタを求めて、何度も迷宮に足を運んでくださるでしょう!」
「……ちょっと待ちなさい。その『特別なVIPルーム』って、どこにあるのよ?」
「もちろん、これから作ります。ゴードンさんに、迷宮の空き部屋を掃除させて、余った布切れで装飾すれば、経費ゼロで完成です!」
完璧だった。
愛結の「適当な詭弁」を、ハーバートが実務レベルで完璧なビジネスモデルに昇華させてしまったのだ。
「……先生。ハーバートさん、完全にうちの商会の色に染まりましたね」
ナイジェルが、胃薬を飲みながら感心したように頷く。
「いや、染まったというより、元々持っていた商才が、先生の『倫理観のなさ』と結びついて覚醒してしまったと言うべきでしょうか」
「……なんか、すっごく悔しいんだけど」
愛結はギリッと歯を噛み締めた。
自分が適当に言った言葉で部下が結果を出したのだから、社長としては喜ぶべきなのだろう。
しかし、彼女の「負けず嫌い」な性格が、それを許さなかった。
「私より賢い(セコい)やり方で儲けるなんて、生意気よ! ハーブ、調子に乗らないでよね! あなたのやり方はまだ甘いわ!」
「甘い? これほど完璧なコスト管理と利益率を叩き出したというのにですか?」
「ええ! 私なら、もっと経費を使って、もっと派手に稼いでみせるわ! 見てなさい!」
完全に売り言葉に買い言葉だった。
スローライフを目指して「都合のいい店長」を雇ったはずが、愛結は自らの負けず嫌いのせいで、ハーバートと「どちらがより効率よく(悪徳に)稼げるか」という不毛なバトルを始めることになってしまったのである。
「先生……あなた、自分で自分の首を絞める天才ですね」
ナイジェルの冷ややかなツッコミは、愛結の耳には全く届いていなかった。




