ポイントカードと、悪徳商人の詭弁
「社長、本日から我が愛結商店全店舗において、この『ポイントカード』制度を導入します」
翌朝。ハーバートは自信満々の顔で、小さな紙片を愛結のデスクに並べた。
そこには、ご丁寧にマリアの手書きによる『愛結商店スタンプカード』という文字と、十個の丸い枠が描かれている。
「……何これ」
「顧客の囲い込み戦略です。銅貨十枚の買い物につき、スタンプを一つ押す。十個貯まれば、なんと『ポーションの空き瓶』を一つプレゼントします! これでリピーターは確実に増え、売り上げは――」
「却下よ。今すぐその紙くずを捨てなさい」
愛結は、ハーバートの小市民的な大発明を、秒で切り捨てた。
ハーバートが目を丸くする。
「な、なぜですか!? 私の前の店では、これで月に三人もの常連客を獲得したんですよ!」
「その結果が廃業寸前じゃない。いい? ハーブ。あなたのやり方は『セコい』のよ」
愛結はため息をつき、ロッキングチェア(白湯を飲んで不満げなバルガスから奪い取ったもの)に深く腰掛けた。
「銅貨十枚でスタンプ一個? 十個で空き瓶? そんなチマチマした恩恵で喜ぶのは、日々の小銭を切り詰めている主婦くらいよ。私たちがターゲットにしているのは、見栄っ張りの貴族や、命知らずの冒険者なの」
「しかし、塵も積もれば山となる、という言葉が――」
「ならないわよ。いいこと、人間っていうのはね、『お得感』よりも『特別感』にお金を払う生き物なの」
愛結は、作家時代に培った(そして数々の悪徳商法で実証してきた)人間心理の真理を語り始めた。
「百回の銅貨の買い物で得られるスタンプの束より、金貨百枚を払った者だけがもらえる『VIPの称号』の方が、人間の脳を強烈に焼くのよ。ポイントカードなんていう『自分がチマチマ節約していること』を自覚させるようなアイテムは、見栄っ張りの客のプライドを傷つけるだけ。私たちは客に『私は選ばれた特別な人間だ』と思い込ませて、気持ちよく大金を払わせなきゃいけないの」
「……っ!」
ハーバートは絶句した。
彼の小市民的な常識では到底思いつかない、しかし、妙に説得力のある悪魔の論理。
実際に、この商会が「ただの壺」を金貨五十枚で貴族に売りつけ、大成功を収めているという事実が、愛結の言葉の正しさを証明していた。
「わかったら、そんなセコいカードは捨てて、もっと派手に客の脳を焼くキャンペーンを考えなさい。例えばそうね……『本日限り! 金貨百枚の壺を二個買うと、もう一個(原価銅貨一枚)おまけ!』とかね」
「……それは、ただの在庫処分では?」
「客には『三個も手に入った!』っていうお得感と、『金貨二百枚も払える自分スゴイ!』っていう特別感を同時に与えられるでしょ? ほら、さっそく準備してきなさい!」
愛結に追い払われるように、ハーバートは社長室を後にした。
彼は廊下で、手の中のスタンプカードを見つめる。
「……人間は、お得感よりも特別感にお金を払う……」
ハーバートは呟いた。
それは、真面目にコツコツと生きてきた彼にとって、あまりにも邪悪で、しかし商人としての本質を突いた言葉だった。
「……わかりました、社長。あなたのその悪徳な論理、私の『コスト管理』と掛け合わせて、極限まで利益を搾り出すキャンペーンに昇華させてみせましょう」
小市民店長・ハーバートの目に、これまでとは違う、愛結商店の従業員らしい「黒い炎」が宿った瞬間だった。
そして翌日、ハーバートが仕掛けたキャンペーンにより、王都の市場は再び大混乱に陥ることになる。




