小市民店長、愛結商店の闇(帳簿)に卒倒する
「……なんですか、これは」
愛結商店の社長室。
総店長として迎えられたハーバート・クロスは、ナイジェルから渡された数冊の帳簿を開いた瞬間、顔面を蒼白にさせた。
「帳簿よ。見ての通り、莫大な利益が出てるでしょ?」
「利益の問題ではありません! この『経費』の欄は一体なんですか!?」
ハーバートは、震える指で帳簿の一行を指差した。
「『ゴードン:扉破壊による弁償代、金貨三枚』『シャーリー:暗殺用ナイフの研ぎ代、銀貨五十枚』『バルガス:高級紅茶とロッキングチェア代、金貨十枚』……極め付けはこれです!『龍と虎の餌代(高級漬物とパンケーキ)、金貨百枚』!? 馬鹿な! 魔獣の餌代だけで、私の前の店の五年分の売り上げが飛んでいますよ!」
「ああ、それは迷宮リゾートの必要経費よ。龍と虎が働かないと売り上げが落ちるし」
「だとしても、高すぎます! しかも、領収書が『マリアの似顔絵』で代用されている箇所がいくつもあります! 財務局の監査が入ったら一発で営業停止ですよ!」
ハーバートは頭を抱え、その場に崩れ落ちそうになった。
彼が大手商会で培ってきた「一厘の無駄も許さない」という常識が、愛結商店のデタラメな経営(どんぶり勘定)の前に粉々に打ち砕かれた瞬間だった。
「いいじゃない、儲かってるんだから。細かいことは気にしないの」
「気にします! 一厘の無駄は、いずれ商会を滅ぼす蟻の一穴となるのです! 今日から私が、この商会の経費を徹底的に管理します!」
ハーバートの目に、小市民特有の「ケチの炎」が燃え上がった。
「まず、照明の魔石! 無駄に明るすぎます。出力を半分に絞りなさい!」
「ええー、暗いと本が読めないじゃない」
「就業時間中に本を読まないでください! 次に、ゴードンとシャーリーの武器の手入れ代は自腹とします! バルガスさんの高級紅茶は、今日からただの白湯に変更です!」
「ふぉっふぉっ!? ワシの唯一の楽しみが!」
突然の経費削減宣言に、従業員たちから不満の声が上がる。
しかし、ハーバートは一歩も引かなかった。
「そして何より……龍と虎の餌代! 高級漬物など贅沢すぎます! 今日から『塩もみしただけの野菜くず』に変更します!」
「ちょっと待ちなさいよ! あいつら、漬物の質を落としたら絶対にストライキを起こすわよ!」
「甘やかすからつけ上がるのです! 魔獣だろうがなんだろうが、うちの従業員である以上、私のコスト管理に従ってもらいます!」
ハーバートは帳簿を小脇に抱え、鼻息を荒くして迷宮リゾートの視察へと向かっていった。
残された愛結とナイジェルは、顔を見合わせた。
「……先生。あなた、とんでもない劇薬を雇い入れましたね」
「私のスローライフが……経費で豪遊する夢が……」
愛結は絶望の表情で天を仰いだ。
自分に代わって面倒な管理をしてくれる「都合のいい店長」を雇ったはずが、彼は愛結の想像を遥かに超える「コスト管理の鬼」だったのだ。
数時間後。
迷宮リゾートから、「野菜くずなんて食えるかあああ!」という龍と虎の悲痛な咆哮と、「食費を削られたくなければもっと火を吹きなさい!」というハーバートの容赦ない怒声が響き渡った。
伝説の魔獣すらも震え上がらせる小市民店長・ハーバートの経費削減バトルは、まだ始まったばかりである。




