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龍と虎の首縊りの迷宮の悪役令嬢  作者: 秦江湖


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伝説の魔獣と、漬物による買収

「……腹減った……漬物……」


 情けないテレパシーに導かれるまま、一行は迷宮の最深部へと足を踏み入れた。


 そこは、ドーム状の巨大な空間だった。天井には発光する鉱石が輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 そして、その空間の中央に――『彼ら』はいた。


 黄金の鱗を持ち、神々しい威厳を放つ巨大な『龍』。

 白銀の毛並みを持ち、鋭い牙と爪を誇る巨大な『虎』。


 原作において、世界を滅ぼす力を持つとされた伝説の魔獣たち。


 彼らは今、広場の真ん中で、仲良く腹の虫を鳴らしながらぐったりと横たわっていた。


「……えっと。あなたたちが、この迷宮の主?」


『いかにも。我らは古よりこの地を護りし……きゅるるるぅぅ……』


 龍が威厳たっぷりに名乗ろうとしたが、盛大な腹の音に遮られた。


『あー、もうダメだ。腹減って威厳もへったくれもねえ。お前ら、王都から来た人間か? 漬物持ってないか?』


 虎が、だらしない声で直接要求してきた。


 ナイジェルが、信じられないものを見る目で愛結を見る。


「先生。これ、本当にあなたが書いたラスボスですか? 威厳の欠片もないんですけど」


「私だって驚いてるわよ! なんでこんな漬物ジャンキーになってるのよ!」


『うるさいぞ人間。我らは数千年の間、この迷宮の魔力を食って生きてきた。だが、最近になって迷宮の入り口付近に「愛結商店特製・極上塩漬け」の空き壺が捨てられるようになってな……』


 龍が、恨めしそうに語り始めた。


『その空き壺に残っていた「漬物の残り汁」を舐めてみたら……あまりの美味さに、我らの味覚は完全に破壊されたのだ。もはや、ただの魔力などでは満足できん体になってしまったのだ!』


「それ、完全にうちの客がポイ捨てしたゴミじゃないですか!」


 ナイジェルが頭を抱える。


 愛結商店が引き起こした「王都漬物ショック」と、それを売り捌いた結果としての不法投棄が、まさか伝説の魔獣の生態系まで破壊していたとは。


『頼む、人間! 我らの財宝をくれてやるから、その「漬物」とやらを食わせてくれ!』

『塩分が……塩分と乳酸菌が足りねえんだ……!』


 床に擦り寄りながら懇願してくる龍と虎。

 その姿を見た愛結は――悪徳商人としてのスイッチが、完全にオンになった。


「……ふーん。なるほどね。あなたたち、そんなにうちの漬物が食べたいの?」


『おお! 持っているのか!』


「持ってるわよ。アルベルト王子、荷物から特製漬物の壺を一つ出しなさい」


「ハッ! 直ちに!」


 王子が恭しく差し出した壺の蓋を開けると、芳醇な漬物の香りが迷宮の最深部に広がった。

 龍と虎の目が、完全に血走っている。


「ただし、タダとは言わないわ。財宝なんていらない。その代わり……」


 愛結は、ニヤリと笑って一枚の契約書(羊皮紙)を取り出した。


「あなたたち、今日からうちの『愛結商店・迷宮リゾート部門』の専属従業員アトラクションになりなさい」


『……従業員?』


「そう。冒険者たちに程よいスリルを与えるための『アトラクション』として、適度に吠えたり、火を吹いたりしてあげるの。もちろん、冒険者を殺しちゃダメよ。寸止めで怖がらせるだけ」


 愛結は、漬物の壺を龍と虎の鼻先に近づけた。


「契約してくれるなら、給料として毎日この『特製漬物』を樽ごと支給してあげる。さらに、成績(客の満足度)が良ければ、マリア特製のパンケーキや、王都の最新スイーツもボーナスでつけてあげるわよ。どう?」


『『……っ!!』』


 伝説の魔獣たちは、顔を見合わせた。


 数千年の間、ただ暗い洞窟で魔力をすするだけの虚無な日々。


 それと引き換えに提示された、毎日美味しい漬物が食べられ、時にはスイーツまで貰えるという、圧倒的にホワイト(?)な労働条件。


『……契約しよう』

『喜んで働かせていただきます、社長(アユ様)!』


 龍と虎は、迷うことなく契約書に肉球と爪でサイン(判子)を押した。


 ここに、世界を滅ぼす力を持つ魔獣たちは、圧倒的な食欲と資本主義の前に敗北し、愛結商店の社畜テーマパークのキャストへと成り下がったのである。


「よし、交渉成立ね! これで迷宮リゾートの目玉アトラクションは確保したわ!」


「先生……あなた、ついに人外までブラック労働に巻き込みましたね……」


 ナイジェルが胃薬を飲み込む横で、ゴードンとシャーリーは「新しい同僚が増えた」と拍手し、王子は「私も負けずに塩を運ばねば!」と謎の対抗心を燃やしていた。



 こうして、愛結の適当な企画から始まった「迷宮リゾート開発」は、伝説の魔獣すらも取り込み、かつてない規模のエンターテインメント事業へと変貌を遂げていくのであった。



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