最凶迷宮の理不尽な罠と、バリアフリー化
王都から馬車で北へ半日。
荒涼とした岩山のふもとに、ぽっかりと巨大な口を開ける漆黒の洞窟があった。
そこから漏れ出す瘴気は、周囲の草木を枯らし、空を飛ぶ鳥さえも避けて通るほどの禍々しさを放っている。
「……ここが、『龍と虎の首縊りの迷宮』。なんて恐ろしい気配だ……」
荷物持ちとして同行したアルベルト王子が、ゴクリと唾を飲み込んだ。
しかし、一行のリーダーであるエレノア(愛結)は、日傘をさしながら退屈そうにあくびをしていた。
「あー、ここね。私が『なんか暗くて怖い感じで、瘴気とか出とけばいいや』って適当に書いたダンジョン」
「先生。自分の作品のラスボスダンジョンに対して、もう少しリスペクトを持てませんか」
ナイジェル(蛯原)が、胃薬をかじりながらツッコミを入れる。
一行は、迷宮の入り口を塞ぐ巨大な石の扉の前に立った。
扉には、古代文字のような不気味なルーンがびっしりと刻まれている。
「さて、この扉の解除方法ですが……原作の設定通りなら、かなり複雑な儀式が必要なはずですよね?」
「ええ。確か……『満月の夜に、乙女の血を垂らし、古の呪文を三回唱えながら、スクワットを百回する』だったかしら」
「最後の一つで台無しですよ! なんでそんな理不尽な設定にしたんですか!」
「深夜のテンションで書いてて、なんか筋トレしたくなったのよ」
愛結のあまりにも適当な理由に、ナイジェルは頭を抱えた。
満月でもなければ乙女の血(マリアはお留守番である)もない。おまけにスクワット百回など、令嬢の体でやりたくもない。
「面倒くさいわね。ゴードン、シャーリー」
「ハッ! お呼びでございますか、アユ様!」
「ん。指示を」
愛結は日傘をくるりと回し、巨大な石の扉を指差した。
「開けて」
「承知いたしましたあああ!! チェストォォォ!!」
「ん。破壊する」
ゴードンが巨大な大剣をフルスイングし、シャーリーが扉のヒンジ(蝶番)部分に爆薬(ポーションの調合ミスで作った危険物)を仕掛けて起爆した。
ドゴォォォォォン!!
轟音と共に、数千年の歴史を持つ「開かずの扉」が、木っ端微塵に粉砕された。
古代のルーンも、理不尽な罠の解除条件も、圧倒的な物理と火力の前に為す術もなく消え去った。
「よし。これでリゾート施設の入り口は完全なバリアフリーね。お客様にスクワットを強要するなんて、サービス業として失格だもの」
「先生、あなたダンジョンの歴史的価値を何だと思ってるんですか……」
瓦礫を踏み越え、一行は迷宮の内部へと足を踏み入れた。
内部は薄暗いが、発光する苔のおかげで視界は確保されている。
「ふむふむ。ここは結構広いわね。入り口付近はチケット売り場にして、この辺りにフードコートを作りましょう。迷宮限定の『ドラゴン焼きそば』とか『タイガーかき氷』とか売れば、冒険者たちが喜んで金貨を落とすわよ」
愛結は手元の企画書に、楽しそうにメモを書き込んでいく。
最凶のダンジョンを歩いている緊張感など微塵もない。
「アユ殿! 素晴らしい着眼点だ! 私もこのフードコートで売り子をさせてもらえないだろうか!」
「アルベルト様、あなたは一応王子なんですから、もう少し王族としての自覚を持ってください……」
ナイジェルがツッコミ疲れで倒れそうになった、その時だった。
――ズズズズズ……。
迷宮の奥底から、地鳴りのような重低音が響いてきた。
それは間違いなく、巨大な獣の咆哮だった。
「な、なんだ!? この恐ろしいプレッシャーは……!」
「アユ様、お下がりください! ただならぬ気配ですぞ!」
アルベルトとゴードンが武器を構え、シャーリーも無表情のまま短剣を抜く。
ナイジェルも息を呑んだ。間違いない。この迷宮の主であり、原作のラスボス級モンスター。
『龍』と『虎』が、侵入者である彼らに向けて、恐ろしいテレパシーを飛ばしてきたのだ。
『……あぁ……』
『……誰か……来たのか……』
脳内に直接響く、威厳に満ちた(はずの)恐ろしい声。
一行が緊張の糸を張り詰めた、次の瞬間。
『……腹減った……』
『……王都で流行ってるらしい、漬物……食いてえ……』
「…………は?」
愛結の持っていた羽ペンが、ポトリと地面に落ちた。
最凶の迷宮の奥底から聞こえてきたのは、空腹に喘ぐ、ただの「漬物難民」の情けない声だった。




