完璧すぎるプレゼンと、後戻りできない視察
翌日の昼下がり。
王都の高級サロンの貸切ルームには、ボルドー伯爵をはじめとする有力貴族たちが顔を揃えていた。
彼らの視線の先には、自信満々な笑みを浮かべるバルガスと、胃を痛そうに押さえるナイジェル(蛯原)の姿がある。
「――以上が、我が愛結商店が提案する次なる一手、『龍と虎の首縊りの迷宮・リゾート開発プロジェクト』の全貌ですぞ!」
バルガスが、大仰な身振り手振りでプレゼンを締めくくった。
愛結が深夜のテンションで書き殴った「適当な企画書」は、バルガスの老獪な話術と、ナイジェルが徹夜で捏造した「もっともらしい予算案」によって、完璧なビジネスプランへと昇華されていた。
サロン内は、水を打ったように静まり返っている。
貴族たちは、手元の企画書を食い入るように見つめていた。
「……バルガス殿」
ボルドー伯爵が、震える声で口を開いた。
「あの『絶対に生きては帰れない』と言われる最凶の迷宮を、冒険者向けのエンターテインメント施設にする、と……? 入場料を取り、中で限定ポーションを売り、救助オプションでさらに稼ぐ……」
「いかにも! これぞ、命知らずの冒険者たちの『名誉欲』と『生存本能』を同時に刺激する、究極のビジネスモデル! 我が商会の最強の武力ゴードンとシャーリーがあれば、迷宮の安全管理(という名の金庫番)も完璧ですぞ!」
ボルドー伯爵は、隣の貴族と顔を見合わせた。
そして――。
「素晴らしい!! なんという画期的なアイデアだ!!」
「まさに天才の所業! さすがはあの『魔法の漬物壺』を生み出したアユ殿だ!」
「我が家も全財産を出資しよう! 迷宮の第一層のネーミングライツは私が買うぞ!」
貴族たちは立ち上がり、割れんばかりの拍手喝采を送った。
ナイジェルは青ざめた。
(……馬鹿な。あんな深夜のテンションで書いたふざけた企画が、こんなにあっさり通るなんて……!)
異世界の貴族たちは、愛結の「常識外れな悪徳商法」に完全に脳を焼かれてしまっていた。もはや彼女が「迷宮の土を売る」と言っても、彼らは喜んで買うだろう。
「ふぉっふぉっふぉ! 皆様、出資のご決断、痛み入りますぞ! では、早速明日から、我が商会の精鋭を連れて『迷宮の現地視察』に向かいますかな!」
「おお! 視察! 頼もしい限りだ!」
盛り上がるサロンの中で、ナイジェルだけが絶望の淵に立たされていた。
♢
その夜、愛結商店。
「……は? 視察? 私が?」
夕食後のティータイムを楽しんでいたエレノア(愛結)は、ナイジェルの報告を聞いて間の抜けた声を出した。
「そうです。貴族たちが大絶賛して、すでに莫大な出資資金が振り込まれました。バルガスさんが『明日から社長自ら現地視察に向かう』と豪語してしまったので、もう後戻りはできません」
「ちょっと待ちなさいよ! 私、あんなの締め切り逃れのために適当に書いただけよ!? なんで私が、自分の書いた小説の最凶ダンジョンにわざわざ行かなきゃいけないのよ!」
「自業自得です。あなたが適当な企画書を書いたからです」
ナイジェルは冷たく言い放ち、すでに用意していた旅行カバンをドンと置いた。
「ゴードンとシャーリーには、すでに護衛の準備をさせています。マリアさんはお留守番ですが、なぜかアルベルト王子が『私も荷物持ちとして同行する!』と張り切っています」
「なんで王子が来るのよ! 国政はどうなってんのよ!」
「知りませんよ。さあ、先生。前世では取材旅行すらサボっていたあなたですが、今回は逃がしませんよ。ご自身の生み出した『設定』の責任を、きっちり取ってもらいますからね」
元編集者の冷酷な宣告に、愛結は絶望の悲鳴を上げた。
「いやああああ! スローライフ! 私のスローライフがああああ!!」
かくして、適当な企画書から始まった「首縊りの迷宮リゾート開発プロジェクト」は、愛結を巻き込んで強制的にスタートを切ることになった。
一行は明日、王都の北に口を開ける最凶のダンジョンへと向かう。
そこで彼らを待ち受けるものが、愛結の適当な設定を遥かに超える「真実」であることも知らずに。




