王都漬物ショック(後編)と、悪徳サブスクリプション
「いらっしゃいませえええ! 愛結商店特製、奇跡の塩漬けでございますぞおおお!」
ゴードンの暑苦しい声が、王都の広場に響き渡る。
愛結商店の前に特設された屋台には、王都中の市民が長蛇の列を作っていた。
無理もない。現在、王都で漬物を販売しているのは、壺と塩を独占している愛結商店だけなのだから。
「アユ様! 第一陣の百壺、完売しました!」
「ん。第二陣、追加する」
マリアが聖女スマイルで客を捌き、シャーリーが目にも留まらぬ速さで裏から漬物壺を運んでくる。
飛ぶように売れる漬物。チャリンチャリンと音を立てて金庫に吸い込まれていく銀貨。
特等席でそれを見下ろしながら、愛結は満足そうに頷いた。
「ふふふ……ちょろい。ちょろいわね、異世界の市民。食い物の恨みを利用したビジネスは最高に儲かるわ」
「……先生。あなたは本当に、悪役令嬢という器に収まりきらないほどの悪党ですよ」
ナイジェル(蛯原)が、白目を剥きながら帳簿をつけている。
だが、問題はまだ残っていた。
「市民への販売はこれでいいとして……問題は『貴族』と『王城』ですよ。彼らも漬物を求めていますが、まさかこの行列に並ばせるわけにはいきませんし」
「それについては、すでにバルガス爺さんに手を打たせてあるわ」
愛結がニヤリと笑ったその時、店の奥からボルドー伯爵をはじめとする、数人の貴族たちが血相を変えて飛び出してきた。
「お、おおおお! アユ殿! これは素晴らしい提案だ!」
「まさか、あの『持ち主の器を試す魔具の壺』に、そんな隠された機能があったとは!」
貴族たちは、以前愛結から金貨五十枚で買わされた「ただの壺」を大切そうに抱きしめている。
「……先生。バルガスさんは、彼らに何を吹き込んだんですか?」
「簡単よ。『皆様がお買い上げになったその壺は、ただの魔具ではありません。なんと、野菜と塩を入れるだけで、極上の漬物が完成する魔法の漬物壺なのです!』ってね」
「ただの物理現象じゃないですか!!」
ナイジェルがツッコミを入れるが、貴族たちはすっかり信じ込んでいる。
「しかしアユ殿、塩と野菜はどうすればよいのだ? 市場にはどちらもないのだが……」
「ご安心ください、伯爵様」
愛結は、いかにも恭しく頭を下げた。
「我が商会が、毎月定額で『極上の塩と季節の野菜のセット』を、皆様のお屋敷へ直接お届けいたします。これさえあれば、あの素晴らしい魔具(壺)の力を最大限に引き出すことができますわ」
「おお! なんと素晴らしい! ぜひ契約させてくれ!」
「私もだ! これで王城の晩餐会にも、我が家の特製漬物を献上できるぞ!」
貴族たちが次々と契約書にサインしていく。
ナイジェルは震える手で、その契約書の内容を確認した。
「……月額、金貨十枚。ただの塩と野菜のセットを、定期購入させる気ですか……」
「そうよ。壺というハードウェア(初期費用)で儲け、中身の塩と野菜というソフトウェア(継続課金)でさらに絞り取る。これぞ、現代ビジネスの最強モデル『サブスク』よ!」
「悪魔だ……ここに資本主義の悪魔がいる……」
こうして、愛結商店は「自ら引き起こした漬物ショック」を完璧に利用し、市民からは小銭をかき集め、貴族からは莫大な定期収入を得るという、最悪にして最強のビジネスモデルを完成させた。
数日後。
王城の晩餐会には、ボルドー伯爵をはじめとする貴族たちが持ち込んだ「魔法の壺で作られた極上の漬物」が並び、国王は大いに満足したという。
市場にも少しずつ塩と壺が流通し始め(愛結が価格をコントロールしながら放出したため)、王都漬物ショックは静かに幕を閉じた。
「……ふう。これで一件落着ね。やっぱりスローライフには、安定した不労所得が不可欠だわ」
ロッキングチェアでくつろぐ愛結。
しかし、ナイジェルは分厚い羊皮紙の束をドン!とテーブルに叩きつけた。
「一件落着じゃありませんよ! 貴族五十家との毎月の配送手配、塩と野菜の品質管理、さらに市民向けの漬物販売の帳簿! 仕事が十倍に増えてるじゃないですか!」
「あ、それはナイジェルとバルガス爺さんで適当にやっておいて。私、今日から三連休だから」
「ふざけるなあああああ!!」
スローライフを求めて異世界に転生したはずの女流作家は、自らの商魂の逞しさゆえに、ますます巨大なビジネスの渦に巻き込まれていくのであった。
ナイジェルの胃痛が治まる日は、まだ遠い。




