王都漬物ショック(前編)
その日、王都の台所事情は未曾有の危機に直面していた。
発端は、些細なことだった。
「……親方! 大変です! 市場から『壺』が消えました!」
「なんだと!? これからの季節、秋野菜を漬け込むための壺がないと商売上がったりじゃねえか!」
「さらに悪いことに、『塩』の価格も昨日の十倍に跳ね上がってます! どこかの商会が買い占めているという噂で……!」
「馬鹿な! 壺も塩もねえなら、どうやって漬物を作れってんだ!!」
王都の庶民にとって、漬物は毎日の食卓に欠かせないソウルフードである。
それが、謎の壺不足と塩の高騰により、完全に市場から姿を消してしまったのだ。
世に言う『王都漬物ショック』の始まりである。
そして、この未曾有の経済危機を引き起こした元凶たちは――。
「ふぉっふぉっふぉ。お嬢様、塩の価格が予想通り十倍に跳ね上がりましたぞ。そろそろ売り抜けますかな?」
「もう少し待ちなさい。人間、本当に困窮した時が一番財布の紐が緩むのよ」
愛結商店の特等席で、バルガスとエレノア(愛結)が極悪人そのものの笑みを浮かべていた。
「……先生。バルガスさん。あなたたちのせいですよ」
ナイジェル(蛯原)が、死んだ魚のような目で二人を睨みつける。
「先生が霊感商法のために市場の壺を買い占め、バルガスさんが塩を買い占めた結果、王都の漬物業界が壊滅の危機に瀕してるんです。外を見てください」
ナイジェルが窓を指差す。
愛結商店の外には、血走った目をした漬物屋の親方たちや、今晩の漬物を求める主婦たちが、プラカードを掲げてデモ行進を行っていた。
その前には、ゴードンが大剣を構えて「一歩でも近づけば斬る!」と仁王立ちしているため、暴動には至っていないが、一触即発の事態である。
「あら、活気があっていいじゃない」
「活気じゃなくて殺気です! このままじゃ、うちの店が王都の経済を破壊した元凶として、国から討伐隊を出されますよ!」
「大袈裟ねえ。たかが漬物でしょ?」
「異世界の庶民にとって、漬物は死活問題なんですよ! というか、元はと言えば先生が適当に壺を買い占めたのが――」
その時、店の入り口の扉が「バン!」と勢いよく開いた。
入ってきたのは、エプロン姿の第一王子アルベルトだった。彼は息を切らしながら、深刻な顔で叫んだ。
「アユ殿! 大変だ! 王城の晩餐会でも漬物が出なくなり、父上(国王)が激怒している! このままでは『漬物暴動』が起きるぞ!」
「……ほら見なさい。王家まで巻き込んでるじゃないですか」
ナイジェルが頭を抱える。
しかし、愛結は焦るどころか、楽しそうに目を輝かせた。
「へえ……王様も漬物が好きなのね。つまり、今この王都で一番価値があるのは、宝石でも魔剣でもなく『漬物』ってことね?」
「まあ、一時的にはそうなるでしょうね」
「だったら、簡単じゃない」
愛結はロッキングチェアから立ち上がり、自信満々に笑った。
「うちの店で、王都中の漬物を独占販売すればいいのよ」
「……はい?」
「バルガス爺さん。うちの倉庫に、まだ売れ残ってる『ただの壺』はいくつある?」
「ふぉっふぉっ。霊感商法で売り捌いたとはいえ、まだ五百個は残っておりますな」
「塩の在庫は?」
「王都の塩の八割が、我が商会の倉庫に眠っております」
愛結はパチンと指を鳴らした。
「完璧ね。シャーリー、マリア!」
「ん。呼んだ?」
「はい、アユ様!」
「今すぐ市場に行って、秋野菜をありったけ買い占めてきなさい! 資金はいくらでも出していいわ!」
「「了解!」」
二人の少女が風のように飛び出していく。
ナイジェルは嫌な予感しかせず、震える声で尋ねた。
「せ、先生……まさか……」
「壺はある。塩もある。野菜も手に入る。だったら、うちの店で『愛結商店特製・高級漬物』を作って売ればいいじゃない。独占市場よ。ボロ儲け間違いなしね!」
自ら引き起こした経済危機を、さらに自分の利益に変換しようとする悪魔の所業。
ナイジェルはついに膝から崩れ落ちた。
「……誰か、この悪役令嬢を止めてくれ……」
ナイジェルの悲痛な叫びをよそに、愛結商店は「王都漬物ショック」を利用した次なる悪徳ビジネスへと、アクセルを全開で踏み込むのであった。




