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龍と虎の首縊りの迷宮の悪役令嬢  作者: 秦江湖


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老獪なる軍師(笑)のリストラ事情

 愛結商店の奥、最も日当たりの良い特等席。

 そこに置かれたロッキングチェアで、バルガスは今日も優雅に高級紅茶を啜っていた。


「ふぉっふぉっふぉ。素晴らしい香りですな。ナイジェル殿、この茶葉はどこで仕入れたのですかな?」

「……バルガスさん。紅茶の品評会をしてる暇があったら、そこの帳簿の計算を手伝ってください。あなた、元・商工会議所の役員でしょうが」


 山積みの書類と格闘するナイジェル(蛯原)が、血走った目で睨みつける。

 しかしバルガスは、痛くも痒くもないといった様子で涼しい顔を崩さない。


「おや、わしは『顧問』として雇われている身。現場の細かい実務は、若くて優秀なナイジェル殿の領分でしょう。わしの仕事は、大局を見極め、次なる一手を指し示すことですからな」

「都合のいい時だけ『大局』とか言わないでください!」


 バルガスは、王都の商工会議所で長年役員を務めていた男である。

 知識は豊富で、貴族や他ギルドとのコネクションも広い。愛結商店が大企業へと成長する過程で、彼の裏工作が大きな役割を果たしたのは事実だ。

 だが、ナイジェルにはずっと気になっていることがあった。


「……バルガスさん。あなたほど知識もコネもある人が、なぜ商工会議所を『リストラ』されたんですか?」


 その問いに、バルガスはピタリと紅茶のカップを止めた。

 そして、遠い目をして、深く、深くため息をついた。


「……ナイジェル殿。あなたは、『机上の空論』という言葉をご存知かな?」

「はあ、まあ」

「わしは長年、会議所の奥の部屋で、王都の経済を牛耳るための『完璧な戦略』を練り続けておりました。他国の相場を読み、天候による不作を予測し、ライバル商会を出し抜くための緻密な計略……。それはもう、芸術的なまでの権謀術数でした」

「……なんか嫌な予感がしてきました」


 ナイジェルの予感は的中した。


「しかし、わしの練り上げた完璧な戦略は、現場の商人たちには全く理解されなかったのです。『そんな回りくどいことをする暇があったら、一つでも多く商品を売ってこい』と。彼らは、わしの高尚な戦略を『口先だけのネット軍師(※異世界にネットはないが、ニュアンスとしてはそんな感じ)』と嘲笑いました」


 要するに、バルガスは「現場の仕事を一切せず、安全な会議室から『俺が考えた最強の商売戦略』をドヤ顔で語るだけの、面倒くさいおじさん」だったのである。


「……つまり、仕事そっちのけで、しょうもない権謀術数にかまけていたからクビになったと」

「心外ですな! わしの戦略は完璧だったのです! ただ、それを実行に移すだけの『駒』がいなかっただけで……」

「言い訳が完全にダメな軍師のそれですよ!」


 ナイジェルが頭を抱えていると、奥の部屋からエレノア(愛結)が顔を出した。


「何よ、騒々しいわね。バルガス爺さん、またサボってるの?」

「お嬢様。サボっているわけではありませぬ。わしは今、王都の『塩』の相場を操作し、他商会を出し抜くための完璧な計略を練っていたところですぞ」


 バルガスが、自信満々に一枚の羊皮紙を広げた。

 そこには、複雑な矢印と数字、そして「ここで他商会がパニックになる(予定)」「ここで莫大な利益が出る(はず)」といった、希望的観測に満ちた戦略がビッシリと書き込まれていた。


「……先生、見ない方がいいですよ。ただの妄想ノートです」

「どれどれ?」


 エレノアは羊皮紙を覗き込み――数秒後、ニヤリと悪徳商人の笑みを浮かべた。


「バルガス爺さん。これ、面白いじゃない」

「ほう! お嬢様には、わしのこの芸術的な戦略が理解できますかな!」

「ええ。要するに、他商会に『偽の塩不足の噂』を流して買い占めさせ、高騰したところでうちの在庫を売り抜けるんでしょ? 性格が悪くて最高ね」

「ふぉっふぉっふぉ! お見事! その通りです!」


 意気投合する「悪徳オーナー」と「ネット軍師(笑)」。

 ナイジェルは青ざめた。


「ちょっと先生! そんな机上の空論、うまくいくわけないでしょう! 商工会議所でも失敗した戦略なんですよ!?」

「ナイジェル、あなたは分かってないわね」


 エレノアが、羊皮紙を指差しながら自信満々に言う。


「バルガス爺さんの戦略が失敗したのは、『実行する駒』がいなかったからよ。でも、うちにはいるじゃない。噂を流すのに最適な『無自覚な聖女』と、物理的な圧力で相場を動かせる『元・近衛騎士』と、裏の仕事を完璧にこなす『元・暗殺者』がね」

「……っ!」


 ナイジェルは絶句した。

 確かに、愛結商店の治安の悪い(しかし有能すぎる)従業員たちを使えば、このしょうもない権謀術数すらも、現実のものにできてしまうかもしれない。


「ふぉっふぉっふぉ……! お嬢様、やはりあなたは最高の『主』ですな! わしの戦略が、ついに日の目を見る時が来ましたぞ!」

「ええ。さあ、王都の塩市場を荒らしに行くわよ! ナイジェル、とりあえず塩を百袋買ってきなさい!」

「結局僕がパシリじゃないですかあああ!!」


 かくして、リストラされた老獪なるネット軍師(笑)は、最強の実行部隊(ブラック企業)を得て、水を得た魚のように王都の経済を引っ掻き回し始めるのであった。



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