近衛騎士の悲哀と、物理的な客引き
愛結商店の入り口には、今日も巨大な岩山のような男が仁王立ちしていた。
元・近衛騎士、ゴードン。
身長二メートル近い巨躯に、歴戦の傷跡が刻まれた強面。彼が入り口で腕を組んでいるだけで、並の悪党なら道を引き返すほどの威圧感がある。
「いらっしゃいませえええ! 買わない奴は叩き斬りますぞおおお!」
ただ、その接客態度(?)には大いに問題があった。
「ゴードン、だから斬るなと言ってるでしょう! お客さんが怖がって逃げちゃうじゃないですか!」
ナイジェル(蛯原)が帳簿から顔を上げ、頭を抱えながら叫ぶ。
しかしゴードンは「ハッハッハ!」と豪快に笑うだけだった。
「ナイジェル殿、ご心配なく! このゴードン、客を逃がすようなヘマはいたしませぬ! 逃げようとする者は、峰打ちで気絶させてから店内に運び込みますゆえ!」
「それが一番問題なんですよ! 拉致監禁で捕まりますよ!」
ゴードンは元々、王家を護衛するエリート集団「近衛騎士団」の所属だった。
彼が愛結商店の面接(という名の愛結の適当なスカウト)に来た際、ナイジェルは疑問に思っていた。「なぜ、これほどの実力者が騎士団をクビになったのか」と。
その謎が解けたのは、つい数日前のことである。
店に、ゴードンの元上官である近衛騎士団長がやってきたのだ。
『ゴードンよ。お前がこんな怪しい店で用心棒をしていると聞いて、様子を見に来たが……元気にやっているようだな』
『団長! お久しぶりであります! その節は、大変ご迷惑をおかけしました!』
『……いや、良いのだ。お前には悪気がないことは分かっている。ただ……』
団長は遠い目をしながら、ナイジェルに語った。
『こいつは、純粋に強すぎたのだ。合同演習では「敵味方の区別なく」全員を制圧してしまい、他国の要人を護衛した際は「少しでも怪しい動きをした」という理由で、要人の専属護衛たちを全員叩きのめしてしまった。結果、外交問題になりかけてな……。泣く泣く、穏便に退団してもらったのだ』
要するに、ゴードンは「加減を知らない純粋な戦闘マシーン」だったのである。
悪意がないからこそタチが悪い。騎士団も彼を持て余し、厄介払いしたというのが真相だった。
「……というわけだから、ゴードン。あなたはもう騎士じゃないんです。接客業なんですから、もう少しマイルドに……」
「お嬢様! 入り口に怪しい風体の男が数名、店を窺っております! 同業他社の偵察か、はたまた強盗か! 直ちに制圧いたしますか!」
「だから話を聞け!」
ナイジェルの制止も虚しく、ゴードンは大剣を抜いて外へ飛び出していった。
外から「ヒィィィ!」「命だけはぁぁぁ!」という悲鳴が聞こえてくる。
「……ナイジェル、外が騒がしいわね」
奥のソファから、エレノア(愛結)があくびをしながら起き上がってきた。
「先生、ゴードンがまた暴走してます。あの脳筋、本当にどうにかしてくださいよ。このままだと、うちの店が武闘派の反社組織だと思われます」
「もう思われてるんじゃない? まあいいわ、ちょっと見てくる」
エレノアが店の外に出ると、そこには、ボロボロになって土下座する数人のチンピラと、仁王立ちで高笑いするゴードンの姿があった。
「ハッハッハ! この程度の腕で、アユ様のお店を狙うとは片腹痛いわ! さあ、命が惜しくば、店内の壺(金貨五十枚)を一人一つ買っていくがよい!」
「か、買いますぅぅぅ! 買わせていただきますぅぅぅ!」
チンピラたちは泣きながら財布を差し出している。
完全に恐喝だった。
「……ゴードン」
「ハッ! アユ様! 不審者は全て制圧し、売り上げにも貢献いたしました!」
胸を張るゴードンに対し、エレノアは小さくため息をついた。
そして、ゴードンの肩をポンと叩く。
「ゴードン。あなた、力加減ってものを知らないわね」
「も、申し訳ありませぬ! やはり、やりすぎましたか……!」
「違うわよ。チンピラから金貨五十枚も巻き上げたら、彼ら明日から生きていけないじゃない。持続可能なビジネスモデルに反するわ」
エレノアはチンピラたちに向き直り、慈愛に満ちた(悪徳商人の)笑みを浮かべた。
「あんたたち。金貨五十枚は免除してあげる。その代わり、うちのポーション(金貨十枚)を買って、王都の裏社会で宣伝してきなさい。『愛結商店のポーションを飲めば、近衛騎士にも勝てるかもしれない』ってね」
「えっ……! ほ、本当ですか!? ありがとうございます、アユ様!」
チンピラたちは金貨十枚を支払い、ポーションを抱えて逃げるように去っていった。
それを見ていたゴードンは、感涙にむせび泣き始めた。
「うおおおおお! アユ様! なんという慈悲深さ、なんという商才! 不審者すらも宣伝塔に変えてしまうとは! このゴードン、一生ついていきますぞおおお!」
「はいはい、うるさいから早く持ち場に戻りなさい」
適当にあしらうエレノアの後ろで、ナイジェルは胃薬を飲み込んでいた。
「……先生。結局、ゴードンの暴走を利用して売り上げ伸ばしてるだけじゃないですか」
「適材適所って言うのよ、ナイジェル。強すぎる馬鹿は、使い方さえ間違えなければ最高の兵器になるのよ」
かくして、愛結商店の入り口には、今日も「物理的な客引き」を行う最強の元・近衛騎士が立ち続けている。
王都の治安は、この店を中心に微妙なバランスで保たれているのだった。




