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龍と虎の首縊りの迷宮  作者: 秦江湖


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スローライフの終焉と、大企業の誕生

 愛結商店がオープンしてから、およそ一ヶ月が経過した。


 王都の一等地に構えたその店舗は、今や「王都で最も勢いのある商会」として、誰もが知る存在となっていた。


「いらっしゃいませ! 本日はどのようなお品をお探しですか?」


 店内に響き渡る、聖女マリアの慈愛に満ちた声。


「そこの令嬢!私がお勧めするこの壺、買わないとは言わせないぞ!マリアのため……いや、君の美しさを引き立てるために必要なのだ!」


 第一王子アルベルトの、顔の良さをフル活用した(やや強引な)ホストまがいの接客。


「……ん。ポーション百本、納品完了」


 元・暗殺者シャーリーの、残像が見えるほどの超高速ラベル貼り。


「うおおおお! 本日の売り上げも絶好調! 買わない客は一人もおりませぬ!」


 入り口で仁王立ちする元・近衛騎士ゴードンの、物理的な圧力(客引き)。


「ふぉっふぉっふぉ。ナイジェル殿、本日の利益も莫大ですな。王都の貴族たちの弱みも順調に集まっておりますぞ」


 ロッキングチェアで高級紅茶をすする元・商工会議所役員バルガスの、老獪な裏工作。


 ――そして。


 店の奥のオーナー席で、エレノア(愛結)は死んだ魚のような目をしていた。


「……どうしてこうなったの」


 彼女の目の前には、山のように積まれた金貨の束と、次々と持ち込まれる「新規事業の提案書」や「他商会からの業務提携の依頼書」が山積みになっていた。


「どうしてって、先生が適当に優秀な人材(と原作のメインキャラ)をかき集めて、適当にバズる商売を連発したからですよ」


 ナイジェル(蛯原)が、分厚い帳簿をめくりながら冷たく言い放つ。


 彼の目にも深いクマが刻まれているが、その表情はどこか「諦めの境地」に至った者のように穏やかだった。


「僕、計算してみたんですよ。今の愛結商店の利益と影響力、すでに中堅の貴族家を上回ってます。このままいけば、一年後には王国の経済の三割を牛耳る大企業になりますよ」


「嫌ぁぁぁぁぁ! 私は! 適当に小銭を稼いで、のんびりスローライフがしたかっただけなのよおおお!」


 エレノアが頭を抱えて絶叫する。


 締め切りに追われる日々から逃れるために転生したのに、気がつけば前世以上に忙しい「経営者」というポジションに収まってしまっていた。


「だいたい、なんで王子まで真面目に働いてるのよ! 王宮に帰りなさいよ!」


「先生が時給で雇ったんでしょうが。アルベルト王子、マリアさんに良いところを見せようと、毎日トップセールスを叩き出してますよ。王都の令嬢たちが『王子様とお話しできる!』って毎日壺を買いに来るんですから」


 もはや「ただの壺」は「王子の握手券付きグッズ」と化していた。


 聖女の笑顔と王子の顔面偏差値、そして武闘派従業員たちの物理的圧力。これらが組み合わさった愛結商店は、完全に無敵のブラック企業(売り上げ的な意味で)として完成してしまったのだ。


「もう嫌……店畳む……」


「無理ですね。すでに王室御用達の認可が下りる寸前ですし、バルガスさんが裏で各ギルドと協定を結んでしまったので、今さら撤退したら王都の経済がパニックを起こします」


「バルガス爺さん!!あんたサボるために裏工作したんじゃなかったの!?」


「ふぉっふぉっふぉ。いやはや、お嬢様の手腕が凄まじすぎて、わしの予想を遥かに超える規模になってしまいましたな。これも嬉しい誤算というやつです」


 バルガスが全く悪びれずに笑う。


 エレノアは机に突っ伏し、前世の修羅場と同じように呻き声を上げた。


「あーもう、分かったわよ!こうなったらヤケよ!王都の経済でも何でも、全部乗っ取ってやるわ!」


「その意気です、先生。……あ、そうそう」


 ナイジェルは、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、エレノアの前にスッと差し出した。


「なにこれ?」


「『愛結商店・今後の事業拡大に向けた中期経営計画書』です。明日の朝までに目を通して、サインをお願いしますね。……提出期限(締め切り)は厳守ですよ、先生?」


 ナイジェルの眼鏡が、キラリと冷たく光った。


 その瞬間、エレノアは悟った。


 転生しようが、異世界に行こうが、自分が「締め切り」から逃れることなど、一生できないのだということを。


「文吾のバカァァァァァァァ!!」


 ファンタジーの女王の悲鳴が、大繁盛する店内に虚しく響き渡る。


 こうして、悪役令嬢エレノア(金崎愛結)の異世界スローライフ計画は完全に頓挫し、彼女は王国の経済を牛耳る「大企業のドン」としての道を、半ば強制的に歩まされることになったのであ



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