護衛依頼
ギルドの広間は、朝から騒がしかった。
依頼の張り紙を眺めていると、周囲の会話がちらちらと耳に入ってくる。昨日より、俺の名前が混じる頻度が増えていた。
「坂本龍馬って星屑級だろ」
「グラウラーの件な。地形読んだらしいぞ」
「まぐれじゃないのか」
声の主を確認する気にはなれなかった。
まぐれかどうかは、自分が一番分かっている。
掲示板を流し見しながら、今日の依頼を探していた。
「お前が坂本龍馬か」
背後から声がした。
低く、よく通る声だった。
振り返ると、大柄な男が立っていた。
身長は俺より頭一つ分高い。肩幅が広く、首が太い。鎧の上からでも分かるくらい身体が厚かった。顔には古い傷跡が二本、左頬から顎にかけて走っている。背中には、柄だけで俺の腕ほどありそうな大剣。
ただ、目が笑っていた。
「そうだが」
「ガルドだ。暁星級。グラウラーの件、聞いたぞ」
「噂が早いな」
「ギルドなんてそんなもんだ」
ガルドは豪快に笑った。広間の何人かが振り返るくらい、大きな声だった。
「星屑級がマナ汚染個体の崩落を読んだって話だろ。面白いじゃないか」
「まぐれだと思う人間の方が多い」
「俺はそう思わん」
ガルドが腕を組む。
「マナの流れを読んで地盤の異常を察知した。それを初クエストでやってのけた星屑級がいる。まぐれにしちゃ出来すぎてる」
俺は黙っていた。
否定する言葉が出てこなかった。肯定する気にもなれない。
ただ、あの目に悪意はなかった。
値踏みでも、嘲りでもない。ただ純粋に面白がっている目だった。
久しぶりだった。
「今日、護衛依頼を受けてる。商人一人を隣町まで送り届ける仕事だ。一緒に来い」
「なぜ俺を」
「面白そうだから」
「それだけか」
「それだけだ」
呆れるくらい単純だ。
隣のメイが、小声で言った。
「……断る理由もないと思いますが」
「お前まで」
「暁星級の冒険者と組む機会は、星屑級にはそうそうありません。経験になります」
正論だった。
「分かった。受ける」
ガルドがまた笑った。今度は少しだけ静かだった。
「よし。依頼主は外で待ってる。行くぞ」
ギルドの外には、馬車が一台止まっていた。
御者台に座っていた初老の男が、俺たちを見るなり立ち上がる。小柄で丸い体型。額には汗が滲んでいた。
「ガルドさん、今日はよろしくお願いします」
「任せとけ。今日は助っ人も連れてきた」
ガルドが俺を示す。商人の目がこちらへ向いた。
「こちらは?」
「坂本龍馬。星屑級だが、勘がいい」
商人は少し困った顔をした。当然だと思った。暁星級の護衛に星屑級が混じっているのは、不安にもなる。
「あの、失礼ですが……星屑級の方に護衛をお願いするのは、少し不安といいますか」
「俺が連れてる時点で問題ねえ」
ガルドが一言で切った。
商人は口を閉じた。それ以上は何も言わない。
ガルドの言葉には、それだけの重さがあった。
「隣町まで、どのくらいかかる」
「街道を行けば半日ほどです。ただ、最近この道で魔獣が出ると聞いていて……」
「どんな魔獣だ」
「詳しくは。ただ、先週この道を通った商人仲間が、荷物を半分やられたと言っていました」
ガルドは特に表情を変えず、軽く頷いた。
「まあ、何が出ても何とかなる。行くぞ」
商人が頼りなく返事をした。
街道は、整備された石畳が続いていた。
両側に木々が並んでいる。リアベルの森ほど深くはないが、視界は狭い。馬車の車輪が鳴る音だけが、単調に響いていた。
ガルドは馬車の横を歩きながら、俺に話しかけてきた。
「お前、前の世界じゃ何してた」
「学生だ」
「勉強するやつか」
「そうだ」
「どうりで頭が回るわけだ」
納得したように頷く。
「魔術は使えるのか」
「まだ使えない。マナは感じ取れるが、術式を組んだことがない」
「マナを感じ取れるだけで十分だ。あとは積み重ねだな」
「経験から言ってるのか」
「俺は魔術が使えん」
「暁星級なのに?」
「剣だけで来た」
ガルドは大剣の柄を軽く叩いた。
「魔術が使えれば楽だったとは思うが、まあ何とかなった」
誇るでもなく、ただ事実を言う口調だった。
馬車の中から、商人の声が聞こえた。
「あの、お二人は仲がよろしいんですね」
「今日初めて会った」
俺が答えると、商人が目を丸くした。
「そうなんですか。てっきり旧知の仲かと」
「こいつが勝手に話しかけてくるだけだ」
ガルドが笑う。商人も、少し遅れて笑った。
街道の空気が、少しだけ軽くなった気がした。
その時だった。
風が止まった。
鳥の声が消える。
馬が小さく鼻を鳴らし、落ち着かなさそうに足を鳴らした。
同時に、マナの流れが変わる。
俺は足を止めた。
「ガルド」
「気づいてる」
ガルドはすでに大剣に手をかけていた。
茂みが揺れる。
一か所じゃない。左右から、同時に動いていた。
「複数いる」
「四だな」
俺にはそこまでは分からなかった。マナの乱れは感じる。でも個体ごとの差までは、まだ掴めない。
「馬車を止めろ」
ガルドが御者に告げた。馬車が止まる。
商人が幌の隙間から顔を出した。
「な、何ですか——」
「中にいてください。絶対に出ないで」
俺が言うと、商人は青ざめた顔で頷いた。すぐに幌が閉じる。
茂みの奥から、魔獣が姿を現した。
狼に似た体型だった。ただし通常の狼より一回り大きい。灰褐色の体毛。鋭い爪。黄色く濁った目。
四体。
街道を囲むように散開していた。
「囲まれる前に動く」
ガルドが大剣を抜いた。
金属音が、静まり返った街道に響く。
「お前は馬車の側にいろ。商人を守れ」
「分かった」
ガルドが踏み込む。
一歩で間合いを詰め、大剣を横薙ぎに振るった。二体がまとめて吹き飛ぶ。豪快だった。なのに無駄がない。
残りの二体が、馬車へ向かって走った。
俺はマナの流れを読む。
二体の動きに、わずかなズレがあった。
一体が囮。もう一体が、本命。
「メイ、右だ!」
「《風よ、裂けろ》」
風刃が右の魔獣を吹き飛ばした。
木に叩きつけられ、悲鳴が響く。
残った一体が俺へ向かってきた。
避ける。
爪が目の前を通り過ぎた。
馬車の陰へ滑り込み、距離を取る。
「そっちは任せろ!」
ガルドの声。
次の瞬間、大剣が魔獣の横腹へ叩き込まれていた。
一撃だった。
静寂が戻る。
馬車の中から、震えた声が聞こえた。
「……終わりましたか」
「終わった」
幌がゆっくり開く。
商人は青白い顔をしていた。手も震えている。それでも周囲を確認すると、小さく息を吐いた。
「あ、ありがとうございました……本当に、死ぬかと思いました」
「もう大丈夫だ」
商人は何度も頷きながら、幌を閉じた。
ガルドが俺の横に並ぶ。
「右が本命、よく読めたな」
「動きにズレがあった」
「マナか」
「流れのタイムラグが見えた」
ガルドは少し黙った。
それから、口の端を吊り上げる。
「やっぱり面白いやつだな、お前」




