学院入学
朝食を終えて部屋へ戻ると、扉が三回叩かれた。
規則正しい間隔だった。
「入るぞ」
返事をする前に扉が開いた。
アゼルだった。
相変わらずフードを被っている。
「勝手に入るな」
「開けろと言ったら開けてくれるか?」
「多分開けない」
「だからだ」
納得はしなかったが、反論もしなかった。
アゼルは懐から封筒を取り出した。
厚い羊皮紙でできた封筒だった。赤い封蝋が押されている。見たことのない紋章が刻まれていた。
「推薦状だ」
俺は受け取った。
思ったより重かった。
紙の重さではない。
意味の重さだった。
「学院の受付へ持っていけ」
「これで入れるのか」
「そんなわけがない」
即答だった。
「面接もある。試験もある」
「じゃあ推薦状の意味は」
「門前払いされなくなる」
アゼルは肩をすくめた。
「それだけでも十分価値がある」
確かにそうだった。
異世界から来た素性不明の人間が、いきなり魔術学院へ入りたいと言っても普通は相手にされないだろう。
「一つ聞く」
「どうぞ」
「なぜ俺を推薦する」
昨日も聞いたことだった。
それでも気になっていた。
アゼルは少しだけ笑った。
「面白いからだ」
「それだけか」
「研究者というのはそういう生き物だ」
飄々とした声だった。
嘘を言っているようには見えない。
だが、本当のことを全部言っているとも思えなかった。
「まあいい」
「そうしてくれ」
アゼルは踵を返した。
廊下へ出る。
角を曲がる直前、一度だけ振り返った。
「楽しみにしている」
それだけ言い残して去っていった。
部屋に静寂が戻る。
俺は手の中の封筒を見た。
学院。
また知らない場所へ行く。
また知らない人間と関わる。
胸の奥が少し重かった。
「行くつもりですか」
メイの声がした。
振り返る。
ベッドに腰掛けたまま、こちらを見ていた。
「ああ」
「では準備しましょう」
当たり前のような口調だった。
「お前も来るのか」
「行くと言ったはずです」
確かに言っていた。
断定口調で。
相談ではなく決定事項みたいに。
「そうだったな」
メイが小さく頷いた。
「そうです」
⸻
学院はアルトリアの北側にあった。
街の中心から歩いて十五分ほど。
近付くにつれて周囲の景色が変わっていく。
商店が減る。
露店が減る。
人通りも少なくなる。
代わりに石造りの建物が増えていった。
やがて高い石壁が見えてきた。
学院だった。
思わず足が止まる。
大きい。
まずそう思った。
石壁は街の建物より遥かに高い。
その向こうから尖塔が覗いている。
城みたいだった。
いや、下手な城より立派かもしれない。
門の上には紋章が掲げられていた。
開かれた本。
その上を走る稲妻。
魔術学院らしい紋章だった。
「龍馬」
隣でメイが声をかけた。
「大丈夫ですか」
「何が」
「顔が硬いです」
自覚はあった。
胸の奥が少し重い。
理由も分かっていた。
学校だからだ。
教室。
視線。
人の集まり。
嫌な記憶が勝手に浮かぶ。
俺は息を吐いた。
「緊張してるだけだ」
「それなら普通です」
メイはそう言った。
「初めての場所で緊張しない人の方が少ないと思います」
珍しく慰めるような言い方だった。
俺は少しだけ肩の力を抜いた。
「そうか」
「そうです」
メイが先に歩き出す。
半歩前。
先導するみたいに。
俺も後を追った。
門をくぐる。
空気が変わった。
まずマナが違う。
濃い。
街全体に漂っているマナを集めてきたみたいだった。
無意識に周囲を見る。
建物。
木々。
石畳。
その全てに薄くマナが流れている。
まるで学院全体が巨大な術式みたいだった。
「……すごいな」
思わず口に出た。
メイが小さく頷く。
「学院は巨大な魔術施設でもありますから」
「施設」
「結界や防御術式、研究設備などで大量のマナを消費します」
なるほど。
だからこれだけ濃いのか。
中庭へ出る。
生徒たちが歩いていた。
皆同じ制服を着ている。
年齢は様々だった。
十代前半くらいの子供もいれば、俺より年上に見える人間もいる。
本を抱えている者。
杖を持っている者。
友人と話している者。
思ったより普通だった。
もっと堅苦しい場所かと思っていた。
遠くで炎が上がった。
誰かが魔術の練習をしているらしい。
歓声が聞こえる。
少し賑やかだった。
「受付はこちらです」
メイに案内されながら歩く。
視線を感じた。
何人かの生徒がこちらを見ている。
知らない顔だからだろう。
それだけだ。
そう分かっていても少し落ち着かなかった。
⸻
受付は中央棟の一階にあった。
天井が高い。
壁一面に本棚が並んでいる。
古い紙の匂いがした。
カウンターの向こうには女性職員が座っていた。
眼鏡をかけている。
書類を読んでいたが、俺たちに気付くと顔を上げた。
「入学希望の方ですか」
「ああ」
推薦状を差し出す。
女性は封蝋を見た瞬間に動きを止めた。
ほんの一瞬だった。
だが確かに止まった。
封筒を受け取る。
中身を読む。
数秒後。
今度は表情が変わった。
驚き。
困惑。
その両方だった。
「少々お待ちください」
女性は立ち上がった。
そのまま奥へ消える。
俺はカウンターの前で待った。
「何て書いてあるんだろうな」
「気になりますか」
「少し」
「私もです」
珍しい。
メイも気になっていたらしい。
五分ほど待った。
女性が戻ってくる。
後ろには別の人物がいた。
四十代くらいの男だった。
銀縁の眼鏡。
整った服装。
学院教師という言葉がそのまま人間になったような雰囲気だった。
「坂本龍馬さんですね」
「ああ」
「面接を行います。こちらへ」
男はそう言って歩き出した。
俺はメイを見る。
「待ってます」
メイは短く言った。
少しだけ安心した。
⸻
面接室は静かだった。
小さな机。
向かい合う椅子。
窓から差し込む朝の光。
男は席に座った。
書類を開く。
俺も向かいへ座った。
「私は学院教員のレオンです」
初めて名前を名乗った。
真面目そうな人だった。
「まず確認ですが、あなたは異世界から来たという認識で間違いありませんか」
「ああ」
「証明できますか」
「できない」
レオンは頷いた。
「でしょうね」
否定されなかった。
少し意外だった。
「実は珍しくありません」
「そうなのか」
「数は少ないですが、百年に数人ほど確認されています」
俺は少し驚いた。
もっと特殊な存在だと思っていた。
「では次です」
書類をめくる。
「魔術経験は」
「ほとんどない」
「どの程度ですか」
「昨日、初めて術式を使った」
レオンのペンが止まった。
「昨日?」
「ああ」
「成功したのですか」
「一応」
沈黙。
レオンは顔を上げた。
「詠唱は」
「していない」
今度は完全に動きが止まった。
静寂。
数秒。
レオンは眼鏡を押し上げた。
「……なるほど」
全然なるほどじゃなさそうだった。
ぼ




