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学校入学試験

「……なるほど」


レオンはそう言ったが、納得している顔ではなかった。


むしろ困惑していた。


ペン先が書類の上で止まっている。


「術式を見ただけで発動した、と」


「ああ」


「詠唱なしで」


「ああ」


再び沈黙が落ちた。


俺も何を言えばいいか分からなかった。


昨日のことをそのまま説明しただけだ。


嘘は言っていない。


レオンはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく息を吐いた。


「分かりました」


そう言いながら書類を閉じる。


「話だけでは判断できません」


「だろうな」


俺でもそう思う。


「測定を行います」


レオンは立ち上がった。


「こちらへ」


測定室へ向かう途中。


窓の外に訓練場が見えた。


広い敷地だった。


生徒たちが魔術の練習をしている。


炎。


風。


水。


様々な魔術が飛び交っていた。


その光景を見ながら歩く。


不思議な気分だった。


少し前まで。


俺は自室の天井を眺めていた。


何もできなかった。


何も変わらなかった。


それが今は。


魔術学院へ入ろうとしている。


人生は本当に何が起こるか分からない。


測定室は静かだった。


中央に青い水晶球が置かれている。


ギルドで見たものより大きい。


周囲には複雑な術式刻印が刻まれていた。


「こちらへ」


レオンが台座を示した。


「手を置いてください」


俺は頷いた。


水晶球へ手を乗せる。


冷たい。


その瞬間。


マナが流れ始めた。


ギルドの測定器より強い。


吸われる感覚。


同時に何かを調べられている感覚もあった。


水晶球が光る。


白。


青。


さらに深い青。


部屋全体が淡く染まった。


レオンが数値を確認している。


その表情が徐々に変わっていった。


まず驚き。


次に困惑。


最後には半ば呆然としていた。


「……あり得ない」


小さな声だった。


俺にも聞こえた。


「何がだ」


レオンは数値を見たまま答えた。


「マナ量が標準の三倍以上あります」


「多いのか」


「かなり」


それはギルドでも言われた。


だがレオンは首を横に振る。


「問題はそちらではありません」


「なら何だ」


レオンは別の数値を見せた。


「感知能力です」


数字の意味は分からない。


だが異常らしいことだけは理解できた。


「訓練を積んだ優秀な魔術師でも標準値の二倍程度です」


レオンが言う。


「あなたは九倍です」


沈黙。


俺は数字を見た。


意味は分からない。


ただ。


レオンが本気で驚いていることだけは分かった。


「九倍」


「記録で見たことがありません」


レオンはそう言った。


冗談ではなさそうだった。


「ですが」


レオンが言う。


「最後に実技試験があります」


「実技」


「学院は数値だけで判断しません」


その方が安心できた。


数字だけで評価されるのは好きじゃない。


レオンに連れられて部屋を出る。


長い廊下を歩く。


窓の外から歓声が聞こえていた。


訓練場だった。


外へ出る。


広い石造りの広場。


生徒たちが集まっている。


何十人もいた。


視線が集まる。


胸の奥が少し重くなる。


昔を思い出す。


教室。


廊下。


笑い声。


視線。


息苦しさ。


俺は無意識に拳を握った。


「龍馬」


横からメイの声がした。


振り向く。


いつの間にか隣にいた。


「大丈夫です」


短い言葉だった。


だが不思議と落ち着いた。


俺は小さく頷いた。


訓練場の中央には石柱が立っていた。


高さ三メートルほど。


表面に術式刻印がびっしり刻まれている。


「こちらへ」


レオンが示す。


「何をする」


「マナを流してください」


「それだけか」


「それだけです」


簡単そうに聞こえた。


だが周囲の生徒たちを見る限り、そうでもないらしい。


皆こちらを見ていた。


興味半分。


野次馬半分。


そんな視線だった。


俺は石柱へ近付く。


手を置いた。


冷たい石の感触。


目を閉じる。


マナの流れが見える。


石柱内部。


複雑な術式。


何重もの回路。


増幅。


循環。


制御。


昨日見た術式より遥かに複雑だった。


だが理解できないわけじゃない。


流れは流れだ。


川を見るのと変わらない。


入口を見つける。


そこへマナを流し込む。


最初はゆっくり。


流れる。


回路を巡る。


増幅される。


分岐する。


再び合流する。


問題ない。


もっと流す。


さらに流す。


次の瞬間。


石柱が光った。


歓声が上がる。


だが終わらない。


光が広がる。


下から上へ。


刻印全体へ。


青白い光が走る。


生徒たちの声が止まった。


ざわめきも消えた。


静寂。


俺は目を開けた。


石柱全体が発光していた。


端から端まで。


一切途切れず。


まるで巨大な灯台みたいだった。


「……何だこれ」


思わず呟く。


誰も答えない。


周囲が固まっていた。


レオンも。


生徒たちも。


皆石柱を見ている。


「やり過ぎだ」


後ろから声がした。


振り向く。


アゼルだった。


いつの間にか立っている。


「来てたのか」


「途中からな」


アゼルは苦笑していた。


珍しく疲れたような顔だった。


「何かまずかったか」


「まずいな」


即答だった。


「その石柱は入学希望者の適性を見るためのものだ」


「だから」


「普通は一割も光らない」


俺は石柱を見る。


全部光っている。


嫌な予感がした。


「優秀な生徒で三割」


アゼルが続ける。


「歴代最高で六割だ」


沈黙。


俺はもう一度石柱を見た。


全部光っていた。


完全に。


隅から隅まで。


周囲がざわめき始めた。


「誰だあいつ」


「全部光ったぞ」


「あり得ないだろ」


「新入生か?」


声が聞こえる。


興味。


驚き。


そして。


別の感情も混じっていた。


俺は知っている。


何度も向けられた感情だった。


嫉妬。


羨望。


反感。


そういう類の視線だった。


アゼルも気付いているらしい。


小さく息を吐いた。


「面倒になるな」


「何がだ」


「学院は平和な場所じゃない」


アゼルが言う。


「才能が集まる場所だからな」


周囲を見る。


こちらを見る目が増えていた。


友好的なものばかりではない。


むしろ逆の方が多い気がした。


その時だった。


一人の男子生徒が前へ出てきた。


俺と同じくらいの年齢。


金髪。


整った制服。


自信に満ちた顔。


「先生」


レオンへ声をかける。


「何でしょう」


「この結果、本当に正しいんですか」


訓練場が静かになる。


金髪の生徒は俺を見ていた。


露骨だった。


疑っている。


「測定器の故障では?」


レオンの眉がわずかに動く。


「ありません」


「ですが——」


「ありません」


今度は強かった。


金髪の生徒は口を閉じた。


だが納得していない顔だった。


アゼルが俺の肩を軽く叩いた。


「歓迎されているぞ」


「そうは見えない」


「学院らしい歓迎だ」


全然嬉しくなかった。


空を見上げる。


青かった。


新しい場所。


新しい人間。


新しい問題。


どうやら学院生活は、思っていたより面倒なものになりそうだった。


だが。


不思議と帰りたいとは思わなかった。


少しだけ。


本当に少しだけ。


この先が気になっていた。


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