表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/13

術式(前編)

ギルドの朝は、いつもと変わらなかった。


掲示板の前では冒険者たちが依頼を眺め、カウンターでは受付が慌ただしく動いている。広間の奥では朝食を取る者たちの笑い声が響いていた。


いつも通りの光景。


なのに、少しだけ違う。


時折、こちらへ向く視線があった。


俺の顔を見て、小声で何かを話す。


グラウラー討伐から数日。


完全に噂が消えたわけではなかった。


「坂本龍馬だろ」


「星屑級の」


「崩落を読んだってやつ」


聞こえないふりをする。


気にしても仕方がない。


掲示板へ視線を戻した。


今日も依頼を受けるつもりだった。


その時だった。


「坂本龍馬だな」


背後から声がした。


男だった。


低くも高くもない。


妙に力の抜けた声。


振り返る。


フードを被った細身の男が立っていた。


どこかで見たことがある。


記憶を探る。


そして思い出した。


五話。


グラウラー討伐後。


ギルドの奥の廊下。


こちらを見ていた人影。


「あの時の」


男が薄く笑う。


「覚えていてくれたか」


「見覚えがあっただけだ」


「十分だ」


男は肩をすくめた。


フードの奥から覗く顔は三十代前後に見える。


細い目。


整った顔立ち。


だが印象に残るのはそこじゃない。


目だった。


静かに笑っているようでいて、何かを観察している目。


人を見る目だ。


「誰だ」


「アゼル」


男は答えた。


「一応、魔術師だ」


「一応?」


「肩書きが多すぎてな」


平然と言う。


「研究者とも呼ばれるし、教師とも呼ばれるし、変人とも呼ばれる」


「最後は肩書きじゃないだろ」


「よく言われる」


少しだけ笑った。


変な男だった。


警戒心が薄れるわけではない。


むしろ逆だ。


こういう人間の方が何を考えているか分からない。


「用件は」


「君だ」


即答だった。


「興味がある」


嫌な予感がした。


研究者に興味を持たれるのは大抵ろくなことにならない。


隣を見る。


メイがアゼルを見ていた。


その目が僅かに鋭い。


珍しかった。


普段のメイは感情を表に出さない。


それなのに今は明らかに警戒している。


「知り合いか」


小声で聞く。


「……名前だけは」


短い返答だった。


だが、その間が気になった。


何か知っている。


そんな気がした。


「先日のグラウラー戦」


アゼルが言う。


「見ていた」


「そうか」


「面白かった」


「死にかけた側としては面白くない」


「そういう意味じゃない」


アゼルが首を振る。


「星屑級の新人がマナの流れから地盤崩落を予測した」


細い目が少しだけ細くなる。


「そちらだ」


沈黙。


周囲の喧騒だけが聞こえる。


「偶然だ」


俺は言った。


アゼルは笑った。


「偶然で片付くなら、私は今ここにいない」


言い切った。


根拠のない自信。


だが不思議と嫌味がない。


ただ事実を述べているようだった。


「何が言いたい」


「君の力を見せてほしい」


「断ったら」


「残念だが諦める」


あまりにもあっさりしていた。


拍子抜けする。


もっと食い下がると思っていた。


「話だけなら」


メイが口を開いた。


「聞いてもいいと思います」


「珍しいな」


「危険は感じません」


少しだけ間を置く。


「……今のところは」


最後の一言が小さかった。


だが聞こえた。


俺はアゼルを見る。


男はただ待っていた。


急かさない。


観察するような目で。


「分かった」


俺は言った。


「話を聞く」



ギルドの外。


朝の広場。


まだ露店の準備が始まったばかりで、人通りは少ない。


アゼルは石壁にもたれかかりながら懐を探った。


出てきたのは一枚の羊皮紙だった。


「見てくれ」


広げられた羊皮紙には複雑な図形が描かれていた。


円。


線。


記号。


何層にも重なった構造。


見た瞬間に分かった。


術式だ。


「初歩魔術だ」


アゼルが言う。


「火を起こす術式」


俺は黙って見つめた。


最初は意味不明だった。


だが。


見ているうちに違和感が生まれる。


ただの線ではない。


流れている。


線に方向がある。


「……ここか」


思わず呟いた。


「何が見える」


アゼルの声。


試している。


そんな響きだった。


俺は羊皮紙へ視線を落としたまま答える。


「入口」


指を差す。


「ここからマナを流す」


アゼルは黙っている。


「途中で分岐してる」


さらに追う。


「ここで圧縮」


「続けろ」


声が少し低くなった。


「ここで流れを安定させてる」


線を辿る。


「最後に解放」


沈黙。


風が吹く。


羊皮紙が僅かに揺れた。


「初見か」


アゼルが聞いた。


「ああ」


「術式は習っていない」


「ああ」


また沈黙。


今度は長かった。


アゼルは術式ではなく俺を見ていた。


観察するように。


研究対象を見るように。


その視線が少しだけ居心地悪かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ