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第4話 低位株

船に戻ると、皆が感想を語り合っていた。


アオウミガメだよね~とか、バラクーダの群れって珍しいね~とか、ハナゴイがキレイでしたね~とかなんとか。


知らねーし。

俺は、曇りまくったマスクを外すことなく、海から上がったそのままの姿を見せつけてやった。

反応こそ見えないが、黙ったので、おそらく引いていたのだろう。

これが、エレガントな意思表示というやつだ。


まあとにかく、二本目はポカできない。

一服して気持ちを落ち着ける。次のポイントは、おそらくマンタポイントだろう。

石垣島にはいくつかマンタに出会えるポイントがあるのだが、有名なのはマンタスクランブルとマンタシティーだ。

ぶっちゃけどっちでもいい。違いはよくわからないし、こればかりは運だからだ。


しかし、俺は四十にして独身だが『持っている』男のはずだ。

陸地にほど近いそのポイントには、バスターコールでも始まるかのごとく、大船団が集結していた。

順番待ちをしているのだ。誰もが我先に潜行してしまうと大混雑してしまうし、マンタが日和(ひよ)ってしまう。

ここでのマナーは、順番を守って海底で静かにマンタを待つというスタイルなのだ。

決して追いかけてはいけない。


さて、行くか。とキメていた俺だが、やっぱりポカをやらかした。

酸素ボンベのバルブを開け忘れたのだ。

これは、本当にやってはいけないやつだ。ポカのレベルではなく、たぶん死ぬ。

気づいたのは僥倖だった。ドボンしてからでは手遅れである。

ちょっとスーハ―してみたら、苦しかったのだ。


意気込んだやつらがエントリーしていって誰もいない甲板で、俺はBCD(浮力調整装置というベストのようなやつ)を脱ぎ、ボンベのバルブを開けながら、ふとあの頃のことを思い出していた。




ナンピン地獄に陥ったフィックスターズ株は、2024年8月に一時1,200円を割った。

あ、もう逝った――と思った。

そこから、なんとか1,500円ほどに戻したが、このままではどうしようもない状態だった。


資産はすでに半減して、500万円。

手持ちの3,000株のうち1,000株程度を売ったり買い戻したりしていたが、どうにも増えていかない。


今さらデイトレの方程式は通用しない。

安定の大企業に乗り換えるか、新興企業で一発狙うか、それともチマチマと分散投資するか、いろいろと考えた。

しかし、どうしても俺は、1,000万円の大台に乗せたかった。チマチマするのは、大台に乗せて守りに入ってからだ。

それが、俺の出した答えだった。


そこで決意したのは、ギャンブルとまではいかないギリギリの勝負だった。

株価の高い株を値嵩株(ねがさかぶ)というが、値嵩株ではなく、逆にとことん低い株で勝負するのだ。


株価の低い株を低位株(ていいかぶ)という。

目をつけたのが、いきなりステーキのペッパーフードサービスだ。

ステーキは普通にうまいし、為替や原油価格の影響を受けやすい業界だが、その分予測しやすかろうという読みだ。

株価は、130円だった。


はじめからこの価格だったわけではない。業績悪化とともに下落してきたのだ。

この会社は一時、一世を風靡したが、その後凋落して店舗数も減少の一途をたどっている。

ピーク時には8,000円を超えていた株価が、だ。

ここまで下がった株価は、なかなか動かなくなる。5円程度の上下に収まるのだ。

それに、これ以上暴落する可能性は低い。


逆に言えば、安定しているわけだ。

130円であれば、10,000株買っても130万円。1円上がると1万円、5円上がると5万円の利益になる。

つまり、大量の株を買って、数円の値動きで大きなリターンを得る作戦である。


ただ、低位株が上昇を続けることは期待できない。

基本的にはデイトレもしくは数日単位の勝負になる。


俺はフィックスターズ株を1,000株残し、30,000株を360万円で買った。

iSPEEDに表示される「30,000」という桁はなかなか壮観だ。1円上がるだけで3万円になる。

ペッパーフードサービスの株価は、だいたい一日で5円から多い日で10円程度動く。5円とれれば、15万になるのだ。

しかし、そううまくはいかないと身に染みているので、1円か2円の上昇で売って利益を得ていた。


ところが、2024年のお盆に事態が急変した。(株式市場はお盆も開いている)

株価が一気に上昇をはじめたのだ。

その理由は、会社が業績予想を『上方修正』したからだ。

上方修正とは、思っていたより儲かりそうだから、決算の予想値を引き上げるというもの。

つまり、底を打った(最悪の状況を脱した)ということだ。


ただの偶然だったのだが、これはもう、持っているとしか言いようがなかった。

しかし、ここで俺は『決算』というイベントの重要性を知ったのだ。

決算は、年度末だけに出すものではない。四半期(三ヶ月)ごとに発表する。

つまり、決算前のベストタイミングで買っていたわけだ。


再び俺の時代が来た。

もはや、デイトレは必要なかった。

株価は連日のように上昇し、10月には210円に達した。

資産は、750万円にまで回復したのである。


そこから、しばらく株価は横ばいとなったが、デイトレを組み合わせることで、2024年12月には、資産が900万円に達していた。

今回こそ大台を確信した。


が、ここでも独身の俺に女神は微笑まなかった。

12月を過ぎると、一転株価が下落に転じたのだ。あれよあれよと下がっていく。

これまでの経験から、ナンピンはご法度だった。

180円を割った時点ですべて売り払うことを決意した。


何度も遠ざかる大台。

こうして俺は、再び上昇気流に乗り始めていたフィックスターズに出戻りすることにしたのだった。



――プシュ。

酸素ボンベの空気が、計器の隅々まで行き渡った音で我に返る。

そうそう。この後、マンタには会えなかったよ。


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