第19話:『リ・ブルートーン ―絆が繋ぐ謝恩晩餐会―』(前編)
いつも『ホテル・ブルートーン』を応援していただき、本当にありがとうございます。
シリーズ初となる「前編・後編」にわたる大長編エピソードの幕開けです!
今回、私たちの愛するホテル・ブルートーンに、これまでにない最大の試練が訪れます。
それは、建物の老朽化にともなう「長期休業」と、スタッフたちのバラバラになりかける絆でした。
しかし、絶望の淵に立たされたスタッフたちが選んだのは、
これまでホテルを愛してくださったすべてのお客様への「感謝」の道でした。
大島の抜けるような青空とは裏腹に、総支配人室の空気は重く沈み込んでいた。
本部の統括部長である西山から告げられたのは、あまりにも非情な現実だった。
「定期建築検査の結果、基礎部分を含めた老朽化がかなり深刻な数値で出てね……。
しばらくの間、全面的な改装と修繕の工事に入ってもらうことになった」
それは、ホテル・ブルートーンの「長期休業」を意味していた。
西山が去った後、佐々木は一人、机に両手をついて深く頭を抱えた。
休業中のホテルの維持もさることながら、何より佐々木を苦しめていたのは、
期間中のスタッフたちの雇用のことだった。みんなをバラバラにしなければいけないのか。
この最高のリレーを誇るチームが、ここで潰れてしまうのか――。
「……支配人、顔が暗いですよ」
静かに部屋に入ってきたのは、チーフバーテンダーの須賀だった。
須賀は温かい大島コーヒーを佐々木の机に置くと、その深い眼差しで真っ直ぐに佐々木を見つめた。
「雇用のことで悩まれているのでしょう。ですが、心配はいりません。
あなたが決めたことに、私たちは皆、どこまでも従いますよ」
その一言に、佐々木の凍りついていた心がどれほど救われたか。
佐々木は深く息を吐き、静かに頷いた。
「……ありがとうございます、須賀さん。みんなを集めてください」
◇
ロビーに集まったスタッフ一同を前に、佐々木は事実をありのままに話した。
しばらくの間、ホテルを閉めなければならないこと。
「そんなの嫌です! 皆と一緒じゃないと絶対に嫌ですっ!」
話を最後まで聞き終える前に、チャンがその場に泣き崩れてしまった。
いつも明るい太陽のようなチャンの涙に、成人もカイトもかける言葉を失い、
ロビーには重苦しい、長い沈み込みの時間が流れた。
その沈黙を破ったのは、料理長の亮太だった。
「……改装と修繕は、建物を守るためにどうしてもやらなきゃいけない。それは分かった」
亮太は腕を組み、不器用ながらも強い光を宿した目で佐々木を見た。
「どうせしばらく閉めるっていうんならさ、支配人。
その前に、今までこのホテルを利用してくれたお客様を集めて、感謝の晩餐会をやりたい」
その瞬間、床に伏せていたチャンの顔がパッと輝くように上がった。
「……晩餐会!? 私も、私もやりたいです! お客様にありがとうを言いたいです!」
佐々木は胸を熱くしながら、周囲を見回した。
「他の皆さんは、どうですか?」
成人も、カイトも、そして須賀も、力強く頷いた。満場一致。
ホテル・ブルートーンの最後の花道を飾る『謝恩晩餐会』の開催が、ここに決定した。
◇
翌週、佐々木と須賀は本部の西山のもとを訪れ、晩餐会の計画を丁寧に説明した。
西山は二人の熱意に深く感じ入った様子で、申し訳なさそうに天を仰いだ。
「……みんなの気持ちは本当によく分かるよ。
ただ、本部は今回の莫大な改装・修繕費用を捻出するだけで完全に予算が限界なんだ。
それ以上のサポートや、晩餐会の資金を出してあげることができないんだよ……。すまない」
誰も悪くない。けれど、資金がなければ晩餐会は開けない。
しばらくの沈黙の後、須賀が静かに一歩前に出た。
「西山部長。ならば、我々自身で資金繰り(資金集め)をしてもよろしいでしょうか?」
西山は驚き、それから二人の覚悟を察して頭を下げた。
「すまないが……よろしく頼む」
オフィスを出た後、佐々木は不安を隠せず須賀に尋ねた。
「さぁ、どうしましょうか、須賀さん。あてはありますか?」
須賀はフッと悪戯っぽく微笑んだ。
「ダメ元で、クラウドファンディングというものをやりましょう」
◇
すぐさま佐々木がサイトに登録し、ブルートーンの謝恩晩餐会に向けた支援の募集が始まった。
「今日も上がってないです……」
チャンが毎日、祈るような気持ちでパソコンの画面を見つめていたが、
知名度の低い離島のホテルのページに、一向に資金が集まらない日が続いた。
みんなの焦りが募る中、いよいよ明日が募集の最終日となってしまった。
その夜、BAR『ブルートーン』のカウンターで、佐々木は須賀と並んで頭を悩ませていた。
「やっぱり……ダメだったでしょうか……」
佐々木が弱音を吐きかけた、その時だった。
バタンッ!!と、激しくバーの扉が開いた。
「佐々木さん! 須賀さん!! 大変ですっ!!」
息を切らせたチャンが、顔を真っ赤にして猛烈な勢いで走ってきた。
その手にはタブレットが握られている。
「急に、ファウンド金がものすごい勢いで上がってきました!
もうすぐ、もうすぐ満額になっちゃいます!!」
「そんな馬鹿な……! 一体どうして!?」
佐々木が信じられない思いで立ち上がった、まさにその瞬間
、彼のポケットの中で携帯電話がけたたましく鳴り響いた。
画面に表示された名前に、佐々木は目を見張った。
かつてこのホテルを訪れ、人生の危機を救われた、大手IT企業社長の大下からだった。
「もしもし、大下様!?」
『やあ、佐々木支配人! ホテルを改装するんだってね。エコーがネットで見つけて教えてくれたよ』
電話の向こうから、懐かしい大下の快活な声が響く。
『とりあえず、目標に足りない分の資金は今全部入れといたから、遠慮なく使ってくれ!
ああ、それから高木真由美さんにもメールしといたからさ。
彼女からもすぐに大きな寄付が入るはずだ。これで大丈夫だろう?』
その瞬間、横でタブレットを凝視していたチャンが大歓声をあげた。
「満額です! 満額集まりましたーーっ!!」
佐々木は目頭を熱くしながら、受話器を強く握りしめた。
「大下様……本当に、本当にありがとうございます……!」
『気にするなよ。当日は、エコーにスケジュールをすべてキャンセルさせて、
二人でそっちに寄らせてもらうよ。最高のディナー、期待してるからね』
大下はそれだけ言うと、嬉しそうに電話を切った。
静まり返ったバーの中で、須賀が磨き終えたグラスをそっとライトにかざしながら、
集まってきたスタッフ一同に静かに語りかけた。
「――今まで、我々スタッフが全力で助けてきたお客様から、今度は、我々が助けられたのですね」
その言葉に、全員の胸に熱いものが込み上げる。
「さぁ、最高の夜にするぞ! 仕込みを始めよう!」
亮太が厨房の奥から大声を張り上げると、チャンが涙を吹き飛ばして元気いっぱいに手を挙げた。
「はいっ!!」
ホテル・ブルートーンの歴史に残る、奇跡の謝恩晩餐会。その幕が、いま静かに上がろうとしていた。
(後編へ続く)
【第19話:リ・ブルートーン(前編) 完】
第19話の前編を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
初の前後編となる今回は、ホテルの危機という大きなシチュエーションからスタートしました。
バラバラになるかもしれない恐怖に涙するチャン、
そしてそれを「謝恩晩餐会」という最高の前を向くアイデアで一本にまとめた亮太。
スタッフたちの絆の深さに、書いていて胸が熱くなりました。
そして、最終日に起こったクラウドファンディングの奇跡!
かつてブルートーンで救われたIT企業の大下社長、そして真由美さんといった懐かしい名前が登場し、
今度は彼らがブルートーンを救うために手を差し伸べてくれる……。
これぞまさに、これまで皆さんと一緒に紡いできた『ホテル・ブルートーン』の絆の結晶です。
資金は集まりました。さあ、次回はいよいよ後編、大感動の『謝恩晩餐会』の本番です。
大島に再び集う懐かしいゲストたちを前に、亮太の料理、須賀のカクテル、成人のスイーツ、
そしてカイトのサックスが、どんな最高の輝きを放つのか。
ブルートーンの総力戦となる後編を、どうぞ楽しみにお待ちください!




