第20話:『リ・ブルートーン ―絆が繋ぐ謝恩晩餐会―』(後編)
いつも『ホテル・ブルートーン』を応援していただき、本当にありがとうございます。
シリーズ初となる「前編・後編」にわたる大長編エピソードの集大成です!
今回、私たちの愛するホテル・ブルートーンに、これまでにない最大の試練が訪れます。
それは、建物の老朽化にともなう「長期休業」と、スタッフたちのバラバラになりかける絆でした。
しかし、絶望の淵に立たされたスタッフたちが選んだのは、
これまでホテルを愛してくださったすべてのお客様への「感謝」の道でした。
資金繰りに奔走し、絶望的な状況の中で挑んだクラウドファンディング。
そして、最終日に起こる、これまでの物語を紡いできたからこその「奇跡」――。
今までスタッフたちが命を吹き込んできたおもてなしが、今度は形を変えて自分たちを救ってくれる。
ブルートーンの歴史の集大成となる後編を、どうぞハンカチを用意してお楽しみください!
いよいよ、ホテル・ブルートーンの歴史に深く刻まれる『謝恩晩餐会』の当日を迎えた。
夕暮れの大海原をバックに、美しくライトアップされたテラスの入り口では、
総支配人の佐々木とチーフバーテンダーの須賀が、
端正なタキシード姿で並んでお客様をお迎えしていた。
「佐々木支配人、須賀さん! 来たよ!」
最初に現れたのは、あのIT企業社長の大下だった。
「今夜はエコーはお休みさ。一人の客として、心から楽しませてもらうよ」
その隣には、大下からの連絡を受けて駆けつけた高木真由美が、
息を呑むほど美しいドレス姿で微笑んでいる。
さらに、大島の魅力を世界に発信し続ける配信者の浅川もカメラを手にやってきた。
「支配人、今夜の最高の晩餐会、私のチャンネルで世界中にLIVE配信させてもらいますからね!」
二人が改めて頭を下げて御礼を言うと、大下たちは我がことのように嬉しそうに笑った。
続いて現れたのは、元銀行支店長の鈴木夫妻だった。
かつてこのホテルで第二の人生の約束を交わした男は、妻の手を優しく引きながら
「約束が果たせたよ」と、深く静かに佐々木と握手を交わした。
ロビーがさらに華やいだのは、あのダンサーの真由美と、俳優の藤堂が揃って姿を現した時だった。
かつてブルートーンを利用し、その後の舞台で意気投合した二人は、
なんと都会のステージで共演を果たし、同じ事務所の仲間になっていた。
さらに、大島を愛する元キャビンアテンダントの牛島明日花と、ベテラン船長の村田も到着した。
東海汽船の縁で繋がった二人は、いまや関西の華やかなレストラン船で再びタッグを組み、
新しい航路を切り拓いているという。
「あーーっ! 野内さん、美由紀さん!」
受付の奥から、チャンが嬉しさを爆発させて飛び出してきた。
小説家の野内と、その同級生・美由紀の手を握り、
チャンはぴょんぴょんと跳ねて再会を大喜びしている。
受付のカウンターには、急な仕事でどうしても駆けつけられなかった漫画家の幸雄先生、
そして本場所中の新十両・大蒼関から、部屋から溢れんばかりの立派な祝電と花束が届いていた。
全員が揃い、会場の照明がゆっくりと落とされる。
司会進行を務めるチャンの、澄んだ明るい声がマイクを通して響き渡った。
「皆様、本日はホテル・ブルートーンの謝恩晩餐会へようこそお越しくださいました!
最初の演出は、当ホテルのツイントップによる、特別な一杯からスタートいたします!」
ステージのスポットライトが当たったのは、特設のバーカウンター。
佐々木と須賀が、息の合ったシンクロニシティで同時にシェイカーを手にした。
カチャカチャカチャ、と夜の空間に響き渡る美しい氷の音。
二人が息を合わせて注ぎ分けたのは、佐々木のチャンピオンカクテル『KAITO』、
そして須賀が作った『ブルートーンセレナーデ』。
極上の食前酒が全員のグラスに行き渡り、華やかに乾杯の唱和が響いた。
その瞬間、テラスの奥から、心臓を震わせるような圧倒的なサックスのイントロが鳴り響いた。
カイトが吹くのは、彼を世界へと羽ばたかせたオーディションの優勝曲。
その情熱的なメロディが会場のボルテージを最高潮へと引き上げていく。
続いて、料理長の亮太が魂を込めて作り上げた、大島の食材を極限まで活かした
「地産地消フレンチ」のフルコースが運ばれていく。
チャン、成人、佐々木、須賀、スタッフ全員が総出で一皿ずつ、感謝の言葉を添えて
テーブルへとサーブしていく。大下も、真由美も、鈴木夫妻も、亮太の料理を口にするたびに
「美味い……」「やっぱり、ここの味は最高だ」と、至福の表情を浮かべていた。
ディナーが終盤に差し掛かると、カイトのサックスが、甘くロマンチックな
「デザートソング」へと曲調を変えた。
始まったのは、パティシエの成人と、彼をいつも支えてくれた果樹園の美津子さんの
アシストによる、特製「島フルーツのクレープシュゼット」の演出だった。
成人がリキュールを注ぎ、フライパンから青白い幻想的な炎がパッと立ち上がる。
その美しい炎のゆらめきをバックに、カイトのサックスがクライマックスの旋律を奏でた。
その音に誘われるように、ダンサーの真由美と藤堂がテラスの中央で流麗なペアダンスを踊り始める。
「わぁ……綺麗……!」
チャンが目を輝かせ、大下や野内さん、会場全体から温かい手拍子が巻き起こる。
大島の夜が、これまでの奇跡とこれからの未来を祝福するように、どこまでも熱く、
美しく燃え上がっていた。
宴の最後、総支配人の佐々木がマイクの前に立ち、深く、深く頭を下げた。
「皆様からいただいた温かい絆を胸に、私たちは必ず、この場所に帰ってまいります」
鳴り止まない拍手の中、お見送りソングが始まった。
なんと、カイトのサックスの隣には、笑顔のチャン、そしてコックコート姿の亮太が並び、
3本のサックスが息の合った美しいハーモニーを奏でて、
愛するお客様一人ひとりを見送ったのだった。
◇
翌日。興奮の冷めやらぬホテルを後にし、佐々木は本部の西山統括部長の元へ、
昨夜の晩餐会の無事の報告に伺っていた。
「素晴らしい晩餐会だったそうだね、佐々木くん。浅川さんのLIVE配信、私も本部で観ていたよ。
……さて、君たちに新しい辞令だ」
西山はそう言うと、何枚かの書類を机に置いた。
「まず、若手のカイトくん、成人くん、チャンくんの3人には、長期の特別有給休暇を付与する。
それぞれ、本場のジャズを学ぶニューオリンズ、そして製菓の本場イギリスへの武者修行(留学)
へ行ってもらう」
若手3人の、さらなる飛躍のための最高のプレゼントだった。
「そして――佐々木くん、須賀さん、亮太くん。君たちベテラン3人には、
ある場所への『出向』を命じる」
「出向、でございますか?」
佐々木が問いかけると、西山は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「昨日、明日花さんと村田船長から話を聞いていた関西のレストラン船の社長さんがね、
浅川さんのLIVE配信を観て、本部に猛烈な勢いで電話をかけてこられたんだ。
『ホテルが休みになる期間中、うちのレストラン船と、ホテル・ブルートーンの
奇跡のコラボをやってくれないか!』とな」
西山の言葉に、佐々木の目が驚きで丸くなる。
自分たちが今まで紡いできたおもてなしの絆が、LIVE配信を通じて世界へ広がり、
休業中のスタッフ全員の「次の舞台」を完璧な形で引き寄せてみせたのだ。
大島へと戻る高速船の中。
佐々木から話を聞いた料理長の亮太が、豪快に笑いながら、船のデッキで大海の風を浴びて言った。
「なるほどな! しばらくの間は『レストラン船ブルートーンにようこそ』ってわけか!
悪くねえ、海の上の厨房でも、俺の極上のフレンチをぶち撒けてやるさ!」
その頼もしい言葉に、佐々木と須賀は互いを見合わせ、深く確信に満ちた笑みを浮かべて頷き合った。
大島のホテルはしばらく眠りにつく。
けれど、彼らのおもてなしの航海は、ここからさらに大きな海へと、
新しくチェックインしたばかりだった。
【第19話:リ・ブルートーン(後編) 完】
第20話の後書きを最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
初の前後編、そして第一章のクライマックスとなる『謝恩晩餐会』、いかがでしたでしょうか?
これまで物語を彩ってくれた大下さん、真由美さん、鈴木さん、明日花さん、村田船長、藤堂さん……
書きながら、彼らと出会った一つひとつのエピソードが思い出されて、
作者としてもこれ以上ないほど胸が熱くなる執筆となりました。
ホテルのピンチを救ってくれたお客様たちの前で、スタッフ一同が総力を挙げて繰り出す最高の料理、
カクテル、そして成人とカイト、真由美さんたちのダンスのセッション。
これぞ『ホテル・ブルートーン』の美しき集大成です。
そして、物語はここで終わりません。
若手たちの世界への武者修行、そしてベテラン3人が挑む、
関西の「レストラン船」という新しい舞台!
亮太の「しばらくはレストラン船ブルートーンにようこそだな!」というセリフと共に、
物語はさらにスケールアップして次なる章へと進みます。
これまで『ホテル・ブルートーン』を愛し、一緒に育ててくださった読者の皆様に、
心からの感謝を込めて。
船の上で始まる彼らの新しいおもてなしの航海(第二章)も、どうぞ楽しみにお待ちください!




