追手の勇者
腕の中のニナが頬を膨らます様に拗ねる仕草がまた可愛いと思ってしまう。
怒ってる筈なのにニナの表情はずっと見ていたくなるほど愛しい。
「ニナ、大好きだ。怒ってるニナの顔もとても美しいな。」
「そんな・・・。美しいなんて恥ずかしいです・・・。」
怒ってた筈のニナがあっという間に頬を染める姿に抱きしめる腕に力が入ってしまう。
それと同時に部屋の扉がノックされた。
まったく夜中なのに無粋な客だ。
「あっ、あの、ジーク様・・・。腕を・・・。」
ニナに回した離しがたい腕を外すとニナが慌てて身なりを整える。
「・・・入りなさい。」
「失礼します。」
ニナの声に扉を開けて入ってきたのは衛兵らしき悪魔だった。
「ジーク様に勇者討伐のご命令です。」
「そんな、もう・・・。」
ニナが口元を手で覆いながらショックを受けているがこれは分かっていた事だ。
そしてきっと悪魔としての俺の試験でもありそうだ。
これから先、人間を殺せるかどうかの・・・。
「ニナ、良い子で待ってるんだ、俺は直ぐに帰って来る。」
「はい、ジーク様。ご武運を・・・。」
後ろ髪を引かれる思いで部屋を出て衛兵の後ろを歩く。
こうして試される事は既に分かっていた事だし、俺が人間を殺すのは初めてじゃない。
街を襲う盗賊や悪漢を殺した事もある。
それに今の俺は魔王軍。敵は領地に侵入してきた、だから殺さなければならない。
もう俺はニナの為に生きると決めたのだから。
衛兵に連れられて城の地下へ赴くと部屋の床一面に無数の魔法陣が設置してあった。
これで各地への転移が一瞬で出来るらしい。
人間から見れば魔王軍は少し原始的なイメージが強い。
力でしか物事を計れないのがその原因とも言えるが実際は人間よりも賢い。
魔法陣の構築能力に加え、領地内の監視まで自動化されている。
つまり、俺達が魔王領に入った事もバレていて泳がされていたという事だ。
森の中からの侵入者まで一瞬で分かるシステムがある事は流石に
想像も出来なかったが事前に敵の情報があれば対処もしやすい。
結局、人間は人間の方が優れている様に思っていたが、
魔王側に入ってみるとそれは間違いである事に直ぐに気付かされてしまった。
だが魔王側の対策は人間側よりかなり適当だ。もし人間側にこのシステムがあれば
直ぐに必要な場所へ必要な迎撃部隊を向かわせるだろう。
傲慢なのか怠惰なのか、領地に入って来る人間全てを殺さないのは何故か分からない。
意外と適当なのが悪魔の悪い部分なのか敢えてこの程度にしているのかは気になる所だ。
だがそんな事を考えているより俺は俺の義務を果たさなければならないが・・・。
聞いた話によると今回は4人パーティという事まで既に分かっている。
そして来るのはきっと勇者だ。
恐らくこれから始まる戦闘も見張られているのだろうし手は抜けない可能性が高い。
だがそれも問題はない。ニナを得る為なら誰を敵に回す事も厭わないと決めたのだから。
ジークがそのまま転移魔法陣を潜る。
一瞬の光に包まれるとそこは既に魔王領の端まで来ていた。
そして遠くから歩いてくるパーティのシルエットが見える。
そのパーティが近付くに連れ心臓の鼓動が速くなっていくのが分かった。
パーティの先頭にいる男は、見た事がない勇者、
そしてその後ろにはかつての仲間だったゼス達がいた。
「こんな真夜中まで行軍とは恐れ入るな。」
森の少し開けた場所でかつての仲間達と向き合う。
「ジーク!お前なにしてるんだよ!本当にあたし達を裏切ったのか!?」
マリーの声が真夜中の森に響き渡り夜行性の鳥が驚いたのか羽ばたいて飛んでいく。
「・・・すまない。」
「どうやら操られている訳ではないようですね・・・。」
悲しそうな顔をするアリスに心が痛むがそれも覚悟はした事だ。
「だから言ったろ。ジークは悪魔の女に惚れて悪魔側に着いたって。」
ゼスの言葉を聞いても二人は信じられなかったのだろう。
それは俺も二人の立場なら信じられない気持ちしかないと思う。
「出来ればこのまま引いてはくれないか?」
ジークの言葉にそれまで黙っていた男が前に出てくる。
「初めまして、で良いのかな?元、風の勇者ジーク。俺は炎の勇者ヴァルだ。」
勇者ヴァルと名乗る男は初めて見る顔だ。身長体格は俺と同じくらいの177cm程度か。
逆立った赤髪を見る感じ、気性が荒そうな雰囲気がする。
「なるほど。風の弱点属性をぶつけてきたという訳か。」
「ご明察。お前の様な裏切り者の勇者を放って置く事は勇者の名を汚す事になるからな。
既に緘口令は敷かれているが噂が流れる前に元を絶たなければならないって訳さ。」
そう言いながら炎を聖剣を抜くヴァルと併せる様に聖剣を抜く。
周りにいるゼス達は何故か戦おうとはしない。
この勇者の力が俺より上だと思っているのか・・・。
過去に勇者同士が戦ったという事は聞いたことが無い。
手合わせくらいならあるのかもしれないがこれは殺し合いだ。
向こうも勇者の誇りに賭けて俺を殺す気だろうしな・・・。
そして俺も、誰であろうとニナとの幸せを奪わせるつもりは無い。
勝てる勝てないではなく勝たなければならない。
そしてそれはヴァルもきっと同じだろう。
ジークとヴァルの視線が音もなく静かに絡み合った。




