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転生乙女は頑張っています。  作者: にーやん
頑張る転生乙女 in 女王国
26/29

挑発?能力?アヴァンチュア?

※4/30に前半部分を加筆修正しました。お時間があるときに再読いただけたらと思います。詳細は小説TOPにて。

▽



「それで、これはいったいどうゆうことですか?」


 シュヴァルさんが入れてくれたお茶をコクンと一口飲み喉を潤したわたしは、――さて、と話を切り出しました。

 

 目の前には破壊された壁の前で渋い顔を崩さない自国の王子が足を組んで座っており、その背後には兄上が無表情で立っています。王子と同じふかふかな一人掛けソファに座っているわたしの背後にはちょっとした騒動の直後にティータイムの用意をして現れたシュヴァルさんがいます。

 シュヴァルさんはどうやら、こうなることを見越していたようです。さすがとしか言いようがありません。それはもう素晴らしいタイミングでした。半裸にされてピリピリしていた王子とそれを上から見下すように眺めるちまぷにが、ヘビとマングース、はたまた龍と虎を背中に背負い大荒れの岸壁で対峙し、あわや再び一触即発か、と思われたときでしたから。


 おかげさまで室内の全壊は免れ、テキパキと注がれた紅茶を餌に椅子への着席を促されて今に至るわけですが……。

 はい。いえ、別に? 問題はないんですよ? 二人がちゃんばらを始めると話が前に進みませんからね、その点はグッジョブシュヴァルさんって感じではあるんですが……。

 でも、もし、もしですよ? この状況に口を出すことが許されるなら、できれば、


 ――兄上カムッ!


 と、申し上げたいです。


 だって、ね……、どうして兄上は王子の傍に立っているんでしょう? そりゃあ兄上は王子の専従騎士ですけど、でも、わたしたちは久しぶりに再会した兄弟(妹)なんですよ? こっちに来て一緒に座ったらいいのに……。一人掛けといってもわたしと兄上なら余裕で座れると思います。あ、むしろ兄上のお膝にわたしを座らせてくれたりなんかしたら……えへ、嬉しいなぁ、なんて……ね? ほ、ほら、昔はよく抱っこしてくれたじゃありませんかっ? お膝に乗せてくれて、本を読んでくれたり、日向ぼっこしたりお話しをしたりしたじゃないですかっ? だから、また昔みたいに、……なれたらいいなぁ……なんて、ね……思っているんですけど……。


 ……でも、無理、なんですよね? わたしが今何を言っても、兄上には他人の戯言。兄上はわたしのもとに来てはくれないんですよね?

 本当に、本当に兄上、記憶がないんですよね?

 でなければ、わたしと視線を合わせない理由がありませんし、それに……この状況になる前に何度か試みてみたんです。そしたら、そしたら……っ、わ、わたしが一歩近付けば離れ、視界に入れば顔を背け、声をかけても眉をひそめるだけ。触ろうものなら電光石火で拒絶されました。

 ちょっと前まで赤面して可愛かったのに、普通にお話してくれたのに……。お仕事モードに切り替わってしまったのか今はもう無表情で、ウインクの一つもしてはくれません。王子のことだって可哀相なんて……昔は、まぁ昔も悪く言うことはありませんでしたけど、でも、可哀相なんて同情的な言葉は一度だって言ったことなかったんですよ?


 本当に、本当に、覚えていないんですね……何もかも。


 わたし、これ、かなり堪えてます。

 発覚当初は兄上の可愛さと奇行への驚きが表立ってましたけど、今になってジワジワきてます。実はかなりベッドに潜り込んで泣きたい気分です。


 それでも、兄上がなぜこんなことになったのかは早急に把握しなければなりませんし、王子の言う『目覚めし者』についても聞いておかなければなりません。


 王子はこう言いました。

 俺たちは目覚めし者だ、と。守護騎士からの転生者である、と。

 目覚し者とは、守護騎士からの転生とは、そして、なにより、俺たちって誰のことを指しているんでしょうか?

 兄上の記憶喪失と何か関連があるんでしょうか?

 悩んでも考えても分からないことで頭がグルグルと掻き乱されています。それに加えて兄上のつれない態度に心が傷付いていて、……わたし、満身創痍です。


「グラファス王子、あなたが守護騎士の転生者だというのは本当なんですか?」


「ほ――」


「それよりも、兄上はどうして記憶喪失になられたのですか? まずはそこから説明してください」


 大切な方から伺うことにします。

 守護騎士云々はその後でも結構です。というか兄上と関係ないのなら聞きたくもないです。面倒事の臭いがプンプンしますもん。我が家はわたしという爆弾をすでに抱えているんです。できればそれ以上のことは、しかも他国のことには極力関わりたくないものです。


「……お前ムカつくな」


「気が合いますね。わたしも常々そう思っていました」


 睨まれたので笑顔で迎え討ちます。

 そういえば、こうして王子と対面できちんと話すのは初めてです。さきほどから旧知の仲のように会話を交わしていますが、実際はわたしが脳内で恨み事を吐きだしていただけでまともに話したことはありません。なのに、本来なら抑えなければならない本音がボロボロでてきて困ります。

 ふふっ、けど、仕方ないですよね。なんといってもこの王子に対しては鬱憤が溜まりに溜まっていますから。止めようにも止まりません。


「それで、どうなんですか? 兄上はなぜ記憶喪失に? あなたのせいなんですよね?」


「……ったく、決めつけるな」


「違うんですか?」


「……まぁ、半分は」


「じゃあ九割は王子のせいですね。それで?」


 なおも反論が飛んできそうだったので、カップを手に取りながらさっさと言えコラオーラを奮発してやります。――言わないの? そう、ならフィッシャー君とお話しますか? ほら、わたしの肩をビートバン代わりにバタ足練習中の彼なら、きっと喜んでお相手してくれると思いますよ? フィッシャー君の頭を撫でることで無言の催促をすると、王子は身体を引き、かなり渋い顔をし溜息をつきました。そして、


「……五年前、女王国に着いた次の日には記憶を失っていた」


「――なっ?!」


 さ、催促しておいてなんですが、まさかこれほどの衝撃を食らうとは思ってもいませんでした。未だ原因の追究にも至らないというのに……、まさか、そんな、ご、五年前にっ? 女王国に着いた翌日にっ?


「それは、ほ――」


「本当だ。なぁ、シュヴァル?」


 名前が出たので顔を向けると、眉を寄せ、少しばかり困った表情をしながら、


「事実です」


 事実です。


 じじつです。


 ジ ジ ツ デ ス


 ――な、なんてこった! しょ、衝撃的過ぎて、目の前が真っ白になりました。まるであたまからタライを落とされたようにガツンときましたっ。

 だから兄上からの便りが一度もなかったんですね! あぁ愚かなるキュイ! やはりあのとき兄上奪還計画を実行しておくべきだったんです!


「過去の記憶だけではなく、常識的なこと――日常生活に必要不可欠な知識や言語も含めてな。発見当初は本当に何も知らない――まるでデカイ赤ん坊だった」


「…………ぇ?」


 アカンボウ?

 あああ赤ん坊って、――赤ちゃんっ?!


 にゃっ?! にゃんですってっ?!

 いま、このバカ王子ったら、ぁぁあああ赤ちゃん? そう言いましたか? 兄上が大きな赤ちゃんっ?

 そ、そうなんですかシュヴァルさんっ?


 疑問を視線でぶつけると、またも、


「閣下の申し上げた通りです」


 通りです。


 とおりです。


 ト オ リ デ ス


 ――んきゃっ!

 一回目以上のガツンにわたしは我を忘れて頭を抱えました。けれど誘惑には勝てずに顎を引き上げ兄上を見上げます。


 兄上は、無表情でした。自分が話題にされているのに平然としています。

 さすがです、さすが兄上です。


 でも、……べ、ベイビー……、こ、この兄上が、こんな素敵なルックスをした男前度センパーセントの兄上が――べ、べベイビー……。

 そ、そんなことが、そんなことが起きていいんでしょうか? 起こりうるんですかっ? 身体は大人、心はベイビー。そんなことがっ!


 あぁ、でも、この世は不思議なところです。摩訶不思議があふれかえっています。わたしの転生、王子も転生、白馬さんはペガサスに進化し、仮装文化が制度化した女王国まで存在するんですから、ありえなくはないのかもしれません。わたしが知らないだけで、日夜世界では記憶喪失幼児化が病として蔓延していたりするのかもしれません。……だとしたら世界崩壊も間近な気がするので、できればやめてもらいたいところですが、――いえ、今はそんなことはまったくもってどうでも良くて、えっと……、えぇっと……。


 ――ぁ、な、なるほど。そうです、これでさっきの兄上の行動にも納得できました。兄上がわたしの股に触って性別を確認したのは……、そしてわたしが女体と知るや赤面したのは、つまるところ、女性経験豊富そうな肉体美を持っているのに心はシャイな五才児であると、……そういうことなんですね?


 そういう……、


「…………ッ」


 わたしは口元に手を当てました。

 ……ヤバイ、ヤバイですっ。想像したら顔に熱が……!

 の、脳裏で、脳裏で大変なことが起きています!


 兄上の姿が絵画でしか見たことがない愛らしい赤ちゃんへと変化して、――キュイ、キュイと頬をほんのり染め、キラキラとした純粋な眼差しをわたしに向けてくるんです。ぷにぷにっとした紅葉手を一生懸命に伸ばしてわたしに抱っこをねだっているんですっ!

 もちろんわたしは嬉々として兄上の手を取ろうとしましたが、兄上はあっという間に赤ちゃんから幼児兄上、さらには記憶の中の少年兄上へ――そして再会した青年兄上へと成長していきました。

 けれど、これが、また……悶絶!

 変わったのは外見だけ。わたしに向ける眼差しはいとけないもので……、そんな瞳で見つめられ抱きつかれたりした日にはっ、


 ゴキュン、と喉が鳴りました。

 耳から煙がボンッと出そうですッ!


 は、はぅぁ、……ち、小さな兄上、

 ちちちち小さな兄上、


 ちち小さいけど大きな兄上ッ……! かわゆ――


「あの時は大変だったぜ。最初は俺が何を言っても首を傾げるだけで」


 ……ぅ? す?

 ぇ、く、くびを、かしげる……? ぇえ? 可愛くて小さな、けれど大きな兄上が首を傾げる?


『キュイ』


 声変わりを果たした快音ボイスで、まるで覚えたての言葉を繰り返すようにわたしの名前を繰り返す?


『きゅーいー』


 小首を傾げ、わたしに手を伸ばしながら、わたしの名前を――、

 そんなっ、そそそそんなのッ……キャァァァァッ、きゃ、きゃわいいっ! キャワイ過ぎますっ兄上っ!

 見たいっ、そんな兄上見てみたいですっ!


 ――はっ、い、いけませんっ、動悸がっ、動悸が激しくなってしまいます! ジュルっとヨダレまでっ! あ、あまりの可愛さに鼻息がっ……! でも、キュイ、落ち着いて、鼻血はダメ、鼻血だけは絶対にダメですわたしっ! ハァッハァ、ッ、お、落ち着いてわたしっ! ハァッハァッ――


「会話も通じないわ、風呂の入り方も、服の着方も知らないわで」


 ――はぅあっ?! にゃっ、にゃんですとぉっ!

 お、おフロォォっ?! お、おきがえっ?!

 ま、まままさかっ、ああああああにうえのっ、おおおおおふふふふろぉっ、きききききがえをっ、王子がっ?!


 想像したくもない映像が脳内を駆け巡りました。

 小首を傾げるだけの兄上にあんなことやこんなことを……!


 心に暗雲がたれこめ雷が鳴り響きます。血の気が引いて瀕死のヴァンパイアのようにガクガクしながら王子を見つめると、


「俺が手とり足とり教えてやったんだぜ?」


 笑みを浮かべてますけどコイツッ! しかも悪い笑み! ちょうウルトラスーパーブラックスマイルッ! 舌舐めずりする姿はまるで狡猾な蛇のようッ! こ、これは絶対わたしをおちょくっています! おちょくってるでしょうっ?!


 いいでしょう、相手になってさしあげようではありませんかっ!

 カワユイ兄上にあんなことやこんなことをした報いにわたし直々にスペシャル羞恥刑を実行して差し上げましょう!

 ふふふッ、そうですね、まずはベビー服でも着せましょうかしら。次はメイド服はいかがでしょう? この世初のバニーガールが逆さに吊るされているのも一興ではありませんか? ふむ、女装は嫌ですか? ではふんどし一丁はどうでしょう? 男らしさは満載で――



「ったく、この五年、何度不出来な奴を専従にしちまったと後悔したか……」


「――!」



 ふと、王子のその言葉を聞いた途端でした。フワッと霧散したかのように頭の中から全てが消滅しました。高まっていた怒りも復讐計画も全てが一瞬にしてサッと引いたんです。

 そして、


 次の瞬間、


 (怒)


 さらには、


 (殺)


 言葉では言い表せないほどの怒りと殺意が脳内を埋め尽くしました。

 わたしはそれらに背中を押され、立ち上がらずにはいられませんでした。拳を握って自分自身を制していないと、衝動に押しまけそうなほどに強烈な波が鳴門海峡のように荒れ狂っています。


「……ぁ、あなたと、いう人はっ…………!」


 わたしは、ようやくその言葉を絞りだしました。けれど五感がオカシクなっているようです。自分の声が遠く聞こえます。それに、目の前が真っ赤です。眼球の血管でも切れ、血の涙でも流しているのかもしれません。


 ……いえ、血の涙でも流さないことにはこの悲しみは表現できないでしょう。

 まさか、まさか王子が、兄上を拉致しただけでは飽き足らず、記憶を奪い、真っさらで純粋無垢な兄上を虐待した王子が、兄上のことを不出来だとのたまうなんてっ! それだけでも怒髪天をつくのに、さらには――わたしがこの五年恋い焦がれ続けた兄上を、愛しくて愛しくて狂おしいほどに愛しい兄上を奪っておいて――後悔! 後悔! 後悔!


 わたしこそ後悔しています。悔いても悔いても足りません! どうしてわたしは五年前、兄上を取り戻さなかったのか!


 どうして、便りのない五年間を無駄に過ごしてしまったのか!


「――キュ、――まっ!」


 プツンと血管が切れたせいか、頭痛と耳鳴りが激しさを増していきます。

 幻覚、幻聴をリアルに感じます。――風が吹き、カーテンがはためく音が聞こえ、壁に掛けてあった絵画の額縁が揺れ、音を立てて落下。ガタガタゴトゴトと家具が揺れています。――アハハ、こんなポルターガイスト現象はきっと幻覚で幻聴ですよね? ついにわたしは限界を超えてオカシクなってしまったようです、――けど、今はもう、そんなことはどうでもいいんです。脳から送られた怒りと殺意が全身に回っています。血管という血管が疼き、滾り、末端細胞までが侵され、このままでは皮膚を突き破ってしまいそうです。


「――キュ――っ!」


 あたりはまるで神聖なものが降臨する前触れのように薄暗くなっています。破壊された壁の穴から見える景色はきっと青空のはずなのに室内は真っ赤なカーテンで覆われているかのようです。


「――キュイ様っ!」


 ……あぁ、誰かがわたしを呼んでいます。誰でしょうか? でも、兄上のものではありません。それだけは間違いありません。わたしが兄上の声を聞き間違えるわけありませんから。


「――これは、……ヤバいな。まさかこいつがここまで守護騎士の力を引き出せるとは……」


「感心している場合ではありません、閣下っ、キュイ様に謝罪をっ! 許しを請うのですっ! でなければ、」


 王子? それにシュヴァルさん?

 でなければ、なんです? わたしが王子に何をするとお思いですか?

 ふふ、まぁ、何をしようとしているにしろ、もう――


「謝罪の必要はありません」


 遅いんですよ? 今更謝罪をしていただいても、何の足しにもなりはしません。わたしの怒りは収まりません。


「……あなたがたは、どうして邪魔をするんですか? わたしはただ、兄上を守りたいだけなのに、幸せに暮らして欲しいだけなのに……!」


 わたしは……兄上が幸せであればそれだけで良かったんです。傍にいられないのは寂しいけど、それでも兄上が幸せならそれで良かった。無事に帰国して盤石な人生を歩んでくれたら、将来的に一緒に過ごすことが難しくても、それでも兄上が幸せであったなら、わたしはどんなことでも耐える覚悟を――もとうと努力していたんです。兄上の幸せがわたしの幸せ。兄上の幸せのためなら、わたしはこの命さえ惜しくはありません。


 それなのに……、この世界には兄上を傷付ける人たちが多すぎます。損得を考えて兄上に接し、自分勝手に兄上を傷付ける人ばかりです。


 兄上は素晴らしい方なのに。

 誰よりも、何よりも、素晴らしいのに。

 そんなことも分からないなんて……!


 ですが、そうですね、分からない人には一生かかっても分からないかもしれません。光り輝く兄上の欠点ばかりを探そうとしている人にとって兄上は直視することができない存在。目を閉じても分かる程度のことを悪く言うことしかできないんですから。


 それならいっそ、


「……兄上を不幸にする者はすべて、いなくなってしまえばいいんです」


 幼くて病弱だった兄上に心ない言葉をかけた親戚連中も、わたしが女であることをネタにゆすろうとする悪党たちも、そして、五年も一緒に過ごしておいて、兄上の素晴らしさが分からない王子も――兄上を不幸にする存在はこの世界には必要ありません。


「きえてください」


 そう、それがいいです。

 殺すでも、社会的に殺すでもなく、消えるんです。消せばいいんです。書き損じを消しゴムで消すように、古くなった壁をペンキで塗り直すように、この世界にいなかったことになればいいんです。



 ねぇ、フィッシャー君?



 諾――その返事を感じ取り、わたしは微笑みを浮かべました。


 わたしがゴーサインを出した瞬間、世界は一変します。兄上を不幸にする全てが消去されるんです。


 あぁ、兄上も喜んでくれるんですか?

 近寄ってくる兄上にわたしの笑みはますます深くなりました。が、


 ――パンッ


「――?!」


 気付けばわたしの身体は斜め後方に吹っ飛んでいました。壁に激しく激突し、脳がぐらぐらと揺れます。何が起きたのか把握するのに時間を要しました。

 けど、――ぇ? わたし、叩かれたんですか?


 兄上に……?


 兄上に叩かれたことがないので定かではありませんが、叩かれたらしい頬がズキズキと痛いです。たぶんすぐに腫れてくるでしょう。……でも、ぇ、わたし、兄上に叩かれてここまで吹っ飛んだんですか?


「お許しを――いえ、お許しにならずとも結構です。ですが……、他に殿下を正気付かせる手が思いつきませんでした」


 叩いたらしい方の手首を掴み眉をしかめる兄上に、本当に兄上に叩かれたらしいことを悟ります。


「いえ、……えっと、それはかまいません」


 兄上がわたしに手を上げたことは未だかつてありません。きっとわたしが兄上基準で叩かれるようなことをしでかしたんでしょう。けど、わたし、兄上を怒らせるようなことをしましたっけ……?


「あの、わたし、その……ただ、王子をこの世から消そうとしただけなんですが、……その、ダメでしたか?」


 混乱する頭と心と頬の痛みを抱え、半ば放心状態のまま恐る恐る問いかけると、


「いやダメだろう」


 答えたのは王子でした。


「よくやったハーネス」


「……あなたは黙っていて下さい」


 わたしと兄上の間に割り込まないで下さい。せっかく無表情以外の兄上と会話してるのに!


「まぁ、待て。俺はなにも本気でハーネスのやつが不出来だと思ってるわけじゃない。お前がどこまで守護騎士の力を引き出せるのかを確認したかっただけだ」


「……どういことですか?」


「まさかアレだけの挑発で俺を消し去ろうとするとはな……、しかも俺たちでは近寄ることさえできなかったが、ハーネスには全くの無防備。さすが兄バカだ」


 ……これは、褒め言葉でしょうか、それとも貶されているんでしょうか?


「多少の誤算はあったが収穫は大きい。ハーネス、どうやらお前の能力はこいつの実効支配のようだ。よかったな、能力が分かって」


 兄上の、――能力?

 能力ということは、……兄上もあの――目覚めし者? とかいう守護騎士からの転生者だということですか?


「……いいえ、これは……能力ではないでしょう。俺はただ殿下を殴っただけです」


 殴った手の平を見つめています。……何かお悩みなのでしょうか。


「だがこれはかなり使える力だ。お前も見ただろう? こいつはお前を溺愛している。お前を少しでもバカにすれば守護騎士の力をまるで自分の力であるかのように発動できる。かと思えばお前の一発で暴走さえ止まる。昔からそうだが、こいつにとってお前以上はあり得ない。……そうだろう、シュヴァル?」


 矛先が向いたシュヴァルさんは、わたしを見つめていたようです。チラッと目が合うや顔を背けてしまいました。……目が合ったと思ったのは気のせいでしょうか? 表情変わらず返事をしています。もちろん「はい」と。


「こいつを制御できるのはお前だけだ。なら、これがお前の力だと主張して何の問題がある? 現状、守護騎士の力をここまで引き出せるこいつは最強だ。そして、お前はその手綱を握る者。……これでようやく計画を実行に移せる。しかも最高の形でな」


 計画?


「お前が記憶喪失になったときはどうなるかと思ったが、天はやはり我々に味方しているようだ。これで俺たちの悲願が叶う」


 悲願?

 俺たち?


「こちらに来て五年。長かったが、待った甲斐があった」


 待った?


「さて、」


 何がなにやら分からず疑問符ばかりを抱えているわたしのもとに、王子が近寄ってきました。眉をしかめて見上げると、


「――うひゃっ?!」


 王子の肩にひょいと担がれ間抜けな声を上げてしまいました。突然なんですかっ?!


「あれだけ暴走すれば腹が減っただろう。食事を用意してある」


 食事っ?

 この流れで食事ってどうして……そ、そりゃお腹は空いてます。実は立ち上がれないくらいヘロヘロです。でも、だからって、


「先に説明してくださいっ! 王子! 挑発って、兄上の能力って、計画ってどういうことですかっ?」


 ――ハッ!

 反乱! 計画とはまさか反乱計画のことですかっ? そうなんですねっ?!


「食いながら説明してやる」


「先に説明を!」


「俺から逃げ出せたらな」


 出来ないと思ってますねっ? ふん、わたしには強い味方が――


「だが無駄に暴れようとはするなよ、無理に動けば確実に意識が飛ぶ。守護騎士も出そうとするな。本体がへばってるときは守護騎士は出てこれない。死ぬからな」


 死ぬからな。

 ……って、そ、それは、わたしがっ? 空腹時にでてきちゃったら倒れるとは聞いてましたけど、まさかの命掛けですかっ? 


「それならせめて――」


「これ以上喚くな。大人しく運ばれてろ。そしたら全部説明してやる。ハーネスのことも、俺たち目覚めし者たちの――『アヴァンチュア計画』のことも、全て」


「……」


 うぅ!

 せめて兄上に運んでもらいたいって思っただけなのにぃぃぃ!



△

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