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転生乙女は頑張っています。  作者: にーやん
頑張る転生乙女 in 女王国
25/29

兄上ご乱心っ?! 開脚の行方!

▽



 キュイです。


 兄上と二人きりで会いたいと王子に提案したわたしは、とある一室に連れて行かれ、そこで兄上の到着を待っています。別れる最中、シュヴァルさんが何か言いたげな視線をよこしていましたが、とりあえず無視。もしかしたら兄上と同じく王子に弱味を握られている可能性もありますが、その判断は兄上に話を伺ってからにしようと、――表面上は、ゆったりと座り心地のよい椅子に腰掛け、兄上の到着を今か今かと待っている、という次第です。


 とはいえ、心の中は荒れています。ついでに体調も最悪です。王子が兄上を脅迫しているかもしれない。そう考えると胃袋の中が煮え繰り返ってムカムカしますし、頭も痛いです。でも、もし、兄上が自ら……なーんてことはないとは思いますが、そうだった場合のことも念のため頭に置いておかなければならないので、そうなると頭の中はグルグルして目眩まで起きそうです。……うぅ……。


 待ち時間はそれほど長くはなかったはずですが、まるで半日くらいは経ったかのような感覚に陥っています。


 ――コンコンコン。


 そのノック音だけで鼻の奥がツンとしたほどですから、わたしの兄上欠乏症もピークといっていいでしょう。なんといっても手の届くところに兄上がいるのです。興奮するなと言う人がいたらそれはもう鬼畜です。心拍数は上昇し、感動の再会ハグ妄想は膨らむばかりのわたしにそんなこと。無理です。


 っと、いけません。兄上を待たせています。ふぅ――っと、どうにかこうにかこみ上げるものをグッと堪え「はい」と応答しました。が、……うぅ、掠れていた気がしますっ。ふぎゃーもう恥ずかしいですっ!


 これで兄上じゃなかったら相手をドツきたくなるところでしたが、入ってきたのは兄上でした。それもなんと、なんとなんとなんとっ! 女装していないノーマルな兄上です!


 兄上の全身を一瞬で網膜スキャンした瞬間、わたしの身体は椅子から立ち上がり、当然のごとく兄上にダッシュ。兄上が口を開くよりも前にドンっと抱きつきました。かっこ悪いとか、美少年にあるまじき行動だとかそんなことは彼方へ放り投げました。とにかくギュッと、もうギュッギュっと兄上の胸に顔を押し付け、久々の兄上の匂いを堪能。嬉しすぎて感涙。だって五年振りです、五年振りの兄上なんですっ!


「兄上様、お元気そうでっ、……っ、ぅ、きゅ、キュイは、キュイは嬉しいですっ」


 背中に手を回し二度と離したくない想いの丈を存分に込めます。

 兄上の広い背中。兄上の匂い。兄上の温もり。兄上の放つオーラ。その全てが懐かしくて、嬉しくて!


「あにうえぇ……!」


 兄上からもきっと抱き返してくれるだろうと、もしくは頭を撫でて以前のように優しい言葉をかけてくださるだろうと期待していました。――キュイ久しぶりだな。大きくなったな。立派になったな。頑張ったな。すまないこんなことになってしまって。可愛いキュイ。俺のキュイ。

 妄想兄上の科白が脳内で流れる中、実際にその声が聞こえるのを待ちました。


 けれど、


「離れていただけますか」


 頭上から降ってきたのは無情な一言でした。

 しかも肩を掴まれ、兄上の身体から引き離されてしまいました。その動作は乱暴なもので、驚いたわたしは簡単に後退、驚き過ぎて尻餅をついてしまったのです。


 見上げた兄上のその表情は、


「申し訳ありません。まさか転ぶとは思わず」


 かつて見たことのない瞳で、表情で――まさに他人を見る目でした。

 冷たいというわけではありませんが、そこには親しみなど微塵もなく、困惑と混乱と苦悩――そんな感情がスクランブルした複雑な雰囲気を兄上は醸し出していたのです。差し伸べられた手も、兄上のもののはずなのにまるで見知らぬ人の手のように感じます。


「……兄上?」


 グスンと鼻をすすり、眉を少しばかりしかめます。

 ……兄上ですよね? ソックリさんではありませんよね? わたしの兄上センサーは目の前の人こそ兄上だと反応していますし、いくら五年振りとはいえわたしが兄上を見間違えるはずがありません。


 ……もしかして、誰かが覗いているんでしょうか? さっきわたしがそうしていたように。だから、そんな素振りをなさるんでしょうか?

 あぁ、きっとそうです。そうでなければ、兄上がわたしに離れろなんて言うはずありません。他人行儀な話し方をするはずありません。そんな目で見るはずありません。


 兄上の手を取り立ち上がり、ハンカチを取り出して顔を拭きます。ダメな子ですね、わたしって。誰かに見られているかもしれない、その可能性を兄上恋しさに完全に忘れていました。

 今更な気がしますが、わたしはもっと抱き着きたくてウズウズする身体を持て余しながら笑みを浮かべます。天使の微笑みと名高いあの笑みを。


「お久しぶりです、あ――」


 言いかけて口を閉じます。もしかしたら、兄上と呼んでもいけないのかもしれません。本当に今更な気もしますが、兄上がそれを望んでいないような……そんな空気を纏っているので、わたしは「兄上」という言葉を飲み込みました。


「……お元気そうで、なによりです。先ほどはすみませんでした。お会いできたことがつい嬉しくて」


 端々から隠しきれない喜びが溢れてしまいます。泣いてしまったことも照れくさくなり、涙の余韻を指で拭きとります。……が、どうしたことでしょうか? 返事がありません。喜びの背後からジワジワとモヤモヤとした黒いものが漂ってくるような気がして、よりいっそう笑みを深めて兄上を見上げました。

 ……お願いです。お願いですからウンとかハイとかキュイとか口を開いてください。でないとわたし、不安になります。頭痛と胃痛がひどくなっていきす。だから、


「どうか、なさいましたか?」


 答えてください、何か、なんでもいいから喋ってください、兄上。

 さらに見つめ合ううちに王子の言葉が頭をよぎりました。


 ――あいつは変わった。


 王子の言葉は不安をさらにあおり、不安は頭痛と胃痛を激化させていきます。

 ねぇ、兄上。変わったなんて嘘ですよね? 変わってなんかいませんよね?

 さらにシクシク痛みだしたお腹を抑えるのを我慢し、ドクドクと痛む頭に顔をしかめるのも耐えて、ひたすら笑みを浮かべ続けました。


「ハーネス様がグラファス様と故郷を発たれて早五年、まさか、貴方がこの女王国でこのようなことになっていようとは……、ご連絡いただければすぐに馳せ参じましたのに……、バガード様も心配されていましたよ」


 バガードとは我が父上のお名前ですが、こうやって改まって兄上や父上の名前を呼ぶのは――そんな場合ではないんですが、ちょっと照れます。


 ――あ、ちなみに父上は相変わらずですよ、兄上。母上の絵画の前でワインを飲み、それ以外の時間は忙しくしています。何が忙しいのかわたしにはさっぱり分かりませんが……、なにしろわたし自身忙しくて……。あぁ、そうです、あのですね、わたし、宮勤めを仰せつかったんです。職場に辿りつくまで一月もかかってしまうような若輩ぶりですが、ご令嬢の味方も現れてようやく半人前程度には認められました。その証拠に嫁ぎたいランキングも上位に食い込んでるんです。凄いでしょう? わたし未成年なのに早くも夜会に呼ばれたんですよ?


 ……ねぇ、兄上、わたしですね、話したいことがたくさんあるんです。この五年の間に、たいしたことではありませんが、色々とあったのです。兄上もそうなのでしょう? 色々あったのですよね? ……このキュイに、いったい何があったのか話してはくださいませんか? 何か、悩みがおありなのでしょう? ねぇ、兄上。兄上はこの五年、どうしていましたか? 


 なんとかアイコンタクトをはかろうとしますが、見つめ合っているはずなのにすれ違っている気さえします。


「本当に、どうかなさいましたか? 御加減でも悪いのでしょうか?」


 心配になって一歩近付こうとすると、ようやく兄上が口を開きました。


「……いえ、こちらこそ申し訳ありません」


 兄上、それはわたしが望んでいた答えではありません。質問の回答からも若干ズレています。

 兄上、本当にどうしたんですか? どうしてわたしから離れるんです? どうしてそんなに困ったような顔をしているんですか? その顔、態度、言葉、全てがわたしの心に傷をつけているのだと、お気づきですか?


「……実は、殿下にはまず謝罪しなければならないことがあるのです」


「謝罪?」


 ようやく喋ってくれたと思ったら謝罪ですか? いったい何に対しての謝罪ですか? 今回のことですか? それなら気にする必要はありません。……それよりどうして、名前を呼んでくれないんですか? 殿下、なんてそんな呼び方しないでください。キュイ、そう呼んでくれるだけでわたしは救われるんです。


「ですが、その前に幾つか確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


「なんなりと」


 なんの確認でしょうか? 胸がドキドキします。なんだか怖いです。


「閣下に、殿下は金麦のご出身だとうかがいました」


「……そうです」


 どうして、そんな当然のことを聞くんですか?


「そして、その……私の弟だと、……それは本当でしょうか?」


「……」


 瞼がこれでもかと開き、息をヒュっと吸い込みました。

 目の前の兄上が歪みます。


「どうして、そんなことを、そんな……」


 当たり前のことを聞くんですか?


「申し訳ありませんが、わたしは殿下のことを覚えていないんです」


 目の前が明滅し、耳鳴りで兄上の声がひどく遠くに聞こえます。

 小刻みで激しい呼吸を繰り返しているのに苦しくなる一方です。あー、ダメです。これ、やばいです。兄上が変なことを言うから倒れる寸前です。わたしが犯してはならない失態のナンバーワンは意識を失うこと。気絶はダメ絶対レベルレッドです。兄上はきっとわたしを試しておられるのです。昔からわたしを驚かすのが好きな方でしたからね。人は驚いたときなど突発的な出来事のさいに本性が出ます。キャっなんて叫んで美少年らしさを失わないか、よくチェックされたものです。だからきっとこれは試験です。兄上がわたしに課した試験。そうに決まってます。


 とりあえずわたしは近場の椅子の背に腰掛けました。額を抑え、呼吸を整えます。


「……殿下、大丈夫ですか? 顔色が――」


 すると兄上の方から近寄ってきてくれました。怪我の功名とはこのことです。俯くわたしの肩にためらいがちに手を添え、覗きこんでくれました。あぁ、その心配そうな顔を見るだけで眩暈が引いていきます。せっかく顔が近くによっているので、こっそりと尋ねてみました。


「誰かに、見られているんですか?」


 さきほどから神経を研ぎ澄ましていますが、体調不良のせいか感じ取ることはできません。ならば問いかけるまでです。もし見ているのが王子やシュヴァルさんなら遠慮することはありませんからね。もうシュヴァルさんの前では兄上兄上連呼してしまっている上に王子の仲間なら素性はどうせバレバレでしょうし王子に関しては念のため男装乙女だということを臭わせなければいいのです。というか、兄上の方が「弟」発言していますし、きっと兄弟であことを隠す必要はないはずです。あとは、あとは、――だあぁっ、頭が回りません。とにかく、そこを確認したいです。他の人なら我慢しますが、もし違うなら、


「二人きりでは、ないのですか?」


「……いえ、ここには二人だけです。それに、覗かれているわけでもありませんが」


 ――って、ならいいじゃないですかっ! 兄上がおっしゃるなら確かです。わたしはすぐに行動に出ました。兄上の腕を引き、再び抱きついたのです。その拍子にふかふかなソファの上に二人してなだれ込みましたが、これ幸いとさらにきつく兄上を抱きしめました。


 あぁ、兄上です兄上です兄上ですっ!


「あのっ、殿下!」


「少しだけ。少しだけこのままでっ」


 わたしを試したいのなら、それは今度にしてくださいっ。

 離れようとする兄上の耳元で強く囁きます。


「五年ぶりなんです、兄上。五年ぶりなんですよ、兄上っ。わたしがどんなに会いたかったか、わたしがどんなに、兄上と一緒にいたかったか……! わたしは兄上に会いたくて、毎日のように兄上のことを考えて、ご無事だろうか、元気だろうか、ご飯はきちんと食べているだろうか、そんなことを毎日のように考えていたのに……! そんなにすぐに離れろなんて言わないでくださいっ」


 前世の記憶を思い出し、錯乱状態にあるわたしに優しく接してくれた兄上。男装乙女として生きなければならないわたしのことで、わたし以上に悩み、悲しんでくれた兄上。わたしは、兄上のことが大好きです。……これは、雛の刷り込みのようなものかもしれませんが、魂にまでも刷り込まれてしまったんですから仕方ありません。兄上が望むなら、兄上のためになることならなんでもできる、そんなブラコンに育ってしまったんですから。


「……殿下は、そんなに私のことを」


「大好きです」


 即答です。即答しますわたしは。この世の誰よりも兄上が好きだと!

 ですから、


「わたしは兄上のためならなんでもします。この命さえ惜しくはありません、ですからわたしに全てを話してください」


 身体を少し離して兄上と至近距離で見つめ合います。息がかかる距離にドキドキします。アメジストのような瞳、横顔までも美しく見せる鼻筋、薄くもなくタラコでもないその唇! ――かぁぁあっ、たまりませんっ! あーもう素敵です兄上っ。この五年でさらに男前になられて……キュイは嬉しいですっ!


 ……でも、そんな素晴らしお顔の裏側には辛い過去が隠されているのでしょう。


「兄上は、王子に弱味を握られているんですよね? わたしの性別のことについて脅されているんでしょう?」


「……性別……」


 今まで硬直したようにわたしと見つめ合っていた兄上の眉と唇がわずかに動きました。あぁ、やはりそうなのですね。わたしに悟らせまいとしていたのですか? 甘いです。わたしは兄上マニア。兄上の眉の動き一つで考えが読めるほどのブラコンですからね!


「大丈夫です、心配いりません。わたしが必ず、兄上を王子の毒牙から解放してみせます。わたしのせいで兄上にご迷惑をおかけすることのないように――」


「待ってください」


「はい?」


 兄上がさらに眉をしかめて身体を離そうとするので断固阻止。この鼻と鼻がくっつくかどうかの吐息がかかる距離は保ちたいです。アメジストが離れていくのは嫌です。

 それにしても、どうしたんですか? 急に?


「……殿下は女性、なんですか?」


「はいぃ?」


 何をおっしゃっているんですか? そんな今更ではないですか。わたしが女体であることは兄上だってよくご存知のはずです。って、にょたいってなんか恥ずかしい響きですね。ふふ、というか、……ん? あれ、まさか……? 兄上、本当にわたしのことを覚えていないなんてこと、ありませんよね?


「……残念ながら、身体は依然にょ――女性の身体で――」


 恐る恐る答えると、ガバッと身体を起こした兄上が、――なんと兄上に、白タイツの脚を掴まれてグイッと開かされたかと思うと――ありえないことに開脚によって露わになった――カボチャパンツに隠された股間にタッチされました。

 しかも、モミモミ――ってふぎゃあっ?!


「ああああぅにうぇっ?!」


「……ない」


 何をお探しですかっ兄上?! そこについてるものをお探しならありませんよ当然! 身体は女だって言ったじゃありませんかっ! アァァァ! 兄上がオカシイっ! これ兄上だけど違う! 兄上はわたしを開脚させないしタッチもしないっ! っていうか触りますか普通?! そこ触って確認するってどーゆうことですかっ?!


「女性……殿下が、」


 い、痛い! 痛い痛い! モモ痛いです兄上!

 開脚中の大腿部を掴まれ、その握力にモモ肉が悲鳴をあげています! 引き続き股間を凝視されて心も悲鳴をあげていますっ! ふぎゃあっーふぎゃあっーなんですかっコレは?! オカシイとはいえ兄上の前でなんで大股広げなくちゃいけないんですかっ?! しかもカボチャパンツで! 羞恥っ羞恥プレイっ! こんな羞恥かつてないです兄上っ!


「兄上っ! 兄上っ! 離して! 手を離してください!」


 涙目になって懇願すると、兄上はようやく「――あ、すみません」と羞恥開脚プレイから解放してくれましたが、そこそこ暴れていたわたしは兄上が手を離した拍子にソファの下にずり落ちました。ゴツンって頭打ちました。しかもテーブルの脚で! もろ痛いです!


 うあー、もうなにっ? なんですかっ?! どうしてなんでこんなことにっ?!

 下半身はソファに預けたままという軽くブリッジ体勢で頭を抱えて悶絶しつつ兄上を見上げます。


「……女性、本当に、女性……」


 兄上、わたしの股間に触れた手を見つめながら同じことを繰り返しています。やーめーてー!


「兄上っ!」


 そんな変態チックな兄上を見ていられずに注意を引くと、視線が合いました。するとどうでしょう、瞬く間に兄上の顔が赤くなっていきます。顔に手を当てて隠していますが、耳まで真っ赤です。……あ、兄上のこんな顔は初めて見ました。明らかに照れています。レア顔ですっ。やばっ、可愛い――ではなく!


「あの、あ、兄上?」


 今更自分の行動に羞恥心を抱いたのですか? ていうか、その手で顔に触れるのやめてくださいっなんかヤダっ!


「あにうぇ、あの、」


「――っ、なんですかっ?」


 いや、ぇ、なんですかってソレこっちのセリフです。

 色んな痛みの余韻を引きずりながらなんとかまともに地べたに腰を落ち着けます。

 その間もじっと見つめていると視線が泳ぎだし――本当に照れています。可愛い。――いや、だからそうではなく!


「どうしたんですか、兄上? あの、まさか本当に記憶喪失に?」


 いや、そうでしょう。明らかに兄上らしからぬ行動ですからね! これで記憶喪失じゃなければただの変態――でも、記憶がないからって人の股間に触って性別を判断するって、実は兄上ってもともと変態? いやいや、胸がまな板状態のわたしがどっちかを確認するには確かにそれが確実……いやでもそれが許されるのは純粋無垢な子供のみ、それ以外は常識的に変態ですよっ!


「ぃぃい、いったい、どうしてこんなことにっ?」


 ――ハッ! 王子。王子ですね? あんのクソ王子が兄上をこんな妙な変態チックな――でもちょっと可愛い兄上に変えてしまったんですねっ! 見直すんじゃなかった! 絶対許すまじ! 今すぐ制裁を加えてやりたいっ! カボチャパンツを履かせ開脚ポーズで逆さづりにしてやりますっ!


「フィッシャー!」


 困ったときの我らの味方フィッシャー君! おいでませ!


「なんでしゅか?」


 ぷにっと現れたフィッシャー君に勢いのままに王子の羞恥刑の依頼をすると「王子……あぁ、あれですしゅね、わかりましゅたー」といって目の前から消えました。ふふふ、ふふふふっ今に見ておれ愚かなる王子よっ! 羞恥には羞恥をっ、開脚には開脚を! 我ら兄弟(妹)に関わったことを後悔させてやるわっ! ふわーはっはっはっ! と、悪役ぶりの高笑いを脳内で実施していると、


「おいコラ! バカキュイ! こいつをどうにかしろっ!」


 上半身が肌蹴た王子が早くも部屋に乱入してきました。背後からちまぷにフィッシャー君が縄を浮かせて追いかけてきます。長縄がゆらゆらと蛇のように揺れており、ときおり王子に向かっていきますが、王子はそれを小刀で交わしつつさながら触手と戦う戦士のような身のこなしで転げ回っています。ふむふむ、なかなかファンタジックは光景ではありませんか。王子、なかなか腕が立つようです。


「――おいバカキュイ、なにボーと見てやがるっ! さっきの命令を取り消せ! お前の羞恥刑はシャレにならん! しかも守護騎士に頼むなっ!」


 焦りを多分に含んだその声に少し怒りが覚めていきますが、逃げ回る王子をそのままにわたしは立ち上がってソファに腰を下ろしました。そして、眉をしかめます。


「おいっ!」


「王子、あなた、盗聴してましたね?」


「――!」


 だってこれはあまりにも早すぎます。王子がこの部屋に乗り込んで来るのもそうですが、こんなわずかな間に罪状及び羞恥刑の内容を知り得るには、ついさっき交わされたわたしとちまぷにフィッシャー君との会話に聞き耳を立てていなければ到底不可能です。


「正直に答えてくださるならフィッシャーを止めましょう。ですがもしも――」


「認める!」


 ――チッ。あっさり認めやがりました。仕方なくフィッシャー君を制止しますが、わたしの意を汲んでいるのか、個人的に楽しんでいるのか長縄はゆらゆらと怪しく浮かべたままです。王子はそれを睨み、わたしを睨み、やっぱり縄が気掛かりなようで縄を睨みます。ふふん、いい気味です。


「それで、いったいどうやって?」


 兄上は覗いてはいないと言っていました。二人きりだと。いくら記憶がなかったとしても、気配の読み方は身体が覚えているものだと思いますし、この世界にはまだ監視カメラや盗聴器のような機械的なものはないはずです。となると、いったいどうやって盗聴したんでしょうか?


「俺は耳がいいからな」


「……」


 ほー、そうですか。このごに及んでそんな下手なはぐらかし方をするとは、いい度胸ではありませんか。


「フィッシャー。さぁ羞恥刑を執こう――」


「おいおいっ、嘘じゃない! 俺は耳がいい! おれは目覚めし者だ!」


 慌てた様子で王子が叫びます。が、なんですって?


「……目覚めし者?」


 片手を上げて振り下ろす直前で止めます。初単語です。目覚めし者とはいったいなんでしょうか? 目覚めている人、ということは眠っていないということですよね? んー、……意味分かりません。


「目覚めし者とはなんですか?」


 その場しのぎで適当なことを言ってるんじゃないでしょうね? そんなことをしたら刑が重くなるだけだというのに……。と、そんな思考を読まれたのか、王子は即答してくださいました。

 してくださいましたが、しかし、


「転生者ということだ」


「……て、」


 その答えに目を見開きます。

 だって、てんせいって……え、転生ですか? 王子がわたしと同じ転生者? 転生者はわたしだけじゃなかったということですかっ?


「……それは、前世の記憶があるということですか?」


 なるべく平静を装い問いかけますが、胸の鼓動が激しくて声が上ずってしまった気がします。……ふぅ、落ち着きましょう。はやがてんはよくありません。どうせ王子のことですから八割以上はでまかせに決まってます。


「いや、記憶はない。――が、転生者だという自覚がある」


「……それ、単なる思い込みなのではありませんか?」


 ほらね。自覚だけでは思い込みの可能性大ですね。まったく驚かさないでもらいたいです。もしかしたら転生仲間がいるのかと思ったではありませんか。


「それで? 何から転生なさったんですか? 耳がいいということは兎ですか?」


「……お前、信じてないな」


「信じる要素が皆無ですから」


 あなたの言葉を信じると思いますか? 信じられるわけありません。日頃の行いが悪すぎましたね。はい残念。そうやってニコリと笑みを浮かべて再び腕を上げると、


「お前が信じるかどうかはこのさいどうでもいいが、俺たちは転生者――守護騎士から人へ転生した目覚めし者であることは事実だ。人の身であることに違いはないが、目覚めた瞬間から、守護騎士であった頃に使えた特異能力だけは使えるようになった。そして『聴覚操作』それが俺の力だ。――俺の能力も教えてやったんだからさっさとその守護騎士にした命令を取り消せ!」


 とかなんとか王子がまくし立てたのですが、……ちょっと待ってください。守護騎士から人に転生? そんなことあるんですか? しかも特殊能力……聴覚操作? それってつまり……、えっと、耳がいいってことですか? ものすごく? なんかそれだけ聞くとすごく間抜けな能力な気がしますけど、でも、盗聴器なしでも盗聴できるって……、それが本当なら王子って真性の変態……?


「おいバカキュイ、聞いて――うわっ!」


「――ぼくの殿下にそのような口のきき方をして、許しゃれると思っているのでしゅか?」


 わたしが考え事をしているうちに、フィッシャー君が自主的に王子成敗にかかりました。……頭の中を整理しますから、ちょっと待ってくださいね、王子。


「前々から気に食わなかったのでしゅ。ぼくの殿下に不愉快な思いをしゃしぇるきしゃまが」


 ビュビュと縄が王子に襲いかかります。家具が破壊され、調度品が飛んで窓ガラスが割れますが、王子はそれでも逃げ回っています。


「殿下が嫌いなものはぼくも嫌いでしゅ。殿下の敵はぼくの敵でしゅ!」


「俺は敵ではない!」


「問答無用でしゅ!」


 ――しぇーばいっ!


 いつの間にか増えた大量の縄が王子に襲いかかり、さすがに避けきれなかったのか、王子は断末魔の叫び声を上げて――破壊された壁の破片と共に落下してしまいました。


「――っ、閣下! 殿下、あれはさすがにまずいのではありませんかっ?」


 ……、あぁもちろん同感です。まずいですよね、やっぱり。

 放心状態から脱した兄上と二人して破壊された壁へ向かい、下を覗くと――フィッシャー君が楽しそうに羞恥刑を執行中でした。縄が王子の服を破こうとしています。

 窓の配置や高さからいって、ここは四階に当たるようです。普通なら落ちたら骨の一本や二本は折れそうですが、王子は元気に抵抗しているので、どうやらフィッシャー君が――羞恥を与えるために、命だけは助けてくれたようですね。


「……閣下、……あの、殿下、あれはあまりにも、お可哀そうではありませんか?」


 眉尻を下げた兄上カワユス。

 いやいや。どうやら兄上は王子に洗脳されているようです。あのクソ王子を可哀そうだなどと、以前の兄上なら絶対に言いませんでした。記憶喪失をいいことに王子が兄上を手懐けたようです。

 それだけでも嫉妬の炎がメラメラ燃えますが、確かに逆さにつるされて服を剥かれている自国の王子を見ると伯爵子息としての良心が少しばかり痛みます。

 ……………………仕方ありませんね。


「フィッシャー!」


 呼びかけるとフィッシャー君がパチンと消えてパチンと目の前に現れました。


「どうかなしゃいましゅたか? 殿下もしゃんかされましゅか?」


 参加したいのは山々ですが、そうもいかないのですよ、フィッシャー君。


「お楽しみのところ申し訳ないのですが、その程度で許して上げてください」


「……、――えぇっ! なぜでしゅかっ?!」


 明らかな不満顔です。頬をぷくっと膨らませて、……あぁんもう可愛いっ!


「王子とはまだ話したいことがあるんです」


 分かりますよあなたのその不満な気持ち。わたしも羞恥刑を執行したいです。でもね、王子にはまだ事情説明をしてもらわなければならないんです。羞恥で再起不能になられては困ります。

 手を伸ばすとフィッシャー君が指にすり寄ってきたので頬を撫でてあげました。


「我慢なさい、フィッシャー」


 笑みを浮かべて小さい子を諭すように優しく告げると、しぶしぶ頷いてくれました。


「………………御意でしゅ」


 撫でる指に抱きついてシュンとするフィッシャー君の可愛らしいことといったら、兄上の次レベルでした。




△

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