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転生乙女は頑張っています。  作者: にーやん
頑張る転生乙女 in 女王国
24/29

Oh!マイブラザー!反乱エボリューション!



 ご機嫌よう、キュイです。

 女装貴族たちの反乱を食い止めるため、さっそく屋敷へと乗り込んだキュイでございます。




 ――が、まず通されたのは兄上たちがいる部屋ではなく手狭で質素な小部屋でした。壁に備え付けの灯りをつけてもほんのりと明るくなるだけで、小さな部屋の全貌を見ることすらできません。けれど壁の向こう側には人の気配がします。それも一人や二人ではなく数十人はいるようです。

 どういうことでしょうか? いったいなぜ王子はわたしをこんな場所へ?


「まずは敵情視察だ。そこから覗けば隣の部屋が見渡せる」


「――!」


 な、なんと素晴らしいアイディアでしょうか! 猪突猛進するだけでは当たって砕けて終わる可能性大です。やはり重要なのは情報。彼らが今何を想い、今後どう行動しようとしているのか、生の声を直に聞くことは非常に大切です。

 むむむ、やはり王子は進化しています。これは認識を改めなければなりません。


 関心しきりのわたしは小さく頷き、王子が『ソコ』と指差した場所に視線をやります。よく見れば、その壁にはスライド式の小さな扉がはめ込まれていました。

 一歩一歩近付き、それに手をかけます。

 この壁の向こうに兄上がいると思うと……――くうぅぅぅっ! 胸が高まりますっ。

 けれど喜んでばかりもいられません。わたしには使命があるのです。兄上ウォッチングをしている暇はほんのちょびっとしかないはずです。

 ニヤけそうになる頬を防ぐために歯を食いしばり、わたしは扉をスッと開けました。そこには小さな丸い覗き穴が二つ。どうやら絵画の瞳に覗き穴を仕込んだタイプのようです。


「――っ!」


 そっと覗きこんだわたしは、思わずうめき声をあげそうになりました。覚悟していたために声は喉もとで押さえつけることに成功しましたが、思わず顔を引いて扉を一度閉めてしまいました。不覚です。


「な、異様だろう?」


 薄暗いので王子の表情は窺えませんが、……それに同意するのは壁の向こう側の人たちに失礼な気がしたので聞こえなかったことにして、もう一度チャレンジ! 扉を開けて全体を見渡します。

 そこは広間でした。天井にはシャンデリアがぶら下がり、側面には数々の絵画が飾られ、柱には細やかな彫刻。小規模なダンスパーティならできそうな広さと豪華さです。この広間からして屋敷のだいたいの大きさが伺えますが……さて、この屋敷はいったいどこにあるんでしょうか? これほど多くの――ざっと数えたところ三十人以上の女装貴族の方々がこっそり集まる場所ということは、郊外でしょうか?


 ……それにしても本当に恐ろしい――いえ、興味深い光景です。男だらけの歌劇団の舞台裏はきっとこんな感じかもしれません。煌びやかでありながらちょっと不気味――いえ、ただならぬ雰囲気といいますか、味のある空気といいますか、コメディアン集団に見えなくもないといいますか……。


 そんな彼女たち(彼ら)の話題の中心は王子のようです。


「――おい、閣下はまだなのか!」


 少々あっけにとられながら視線を巡らせていると、一人が野太い声をあげたのです。閣下とは……王子のことですよね? シュヴァルさんもそう呼んでいましたし。


「我々を呼びだしたということは、ついに今日決行するのであろうな!」


「もちろんそうだろう。俺はそのつもりで準備を整えてきた」


「俺もだ! 今日こそ、長きに渡る不遇の日々を終わらせるとき! そうだろうみんな!」


「おぉ!」


「閣下さえお越し下さったなら、すぐにでも!」


「おぉぉっ!」


 みなさん、やる気満々です。広間に雄叫びが響き渡りました。

 そして王子、閣下と呼ばれるだけあってこの反乱の中核者となっているようです。反乱を起こそうと躍起になっている女装貴族たちを抑えるためにリーダー格になった、ということなのでしょう。現に反乱決行のために王子を待っているんですから。

 ふふ、やはり王子はバカを返上されたらしいですね。これまでの所業を少しは許して差し上げてもいいかもしれません。


「……おや、そういえばバルドラ子爵もおいでになっていないようだが、」


 ん? どうやら次の話題はシュヴァルさんのようです。

 一人がキョロキョロしながら問いかければ、


「おぉ、その通りだ。シュヴァル殿はどうした?」


 みなさん、シュヴァルさんを探しだしました。

 やはりシュヴァルさんもこの人たちのお仲間なんですね……。でも、色々と親切にして下さいましたし、さっきは質問に答えてもくれました。きっと悪い人ではないはずです。たぶん。そんなふうに複雑な心境で眺めていると、


「――ふん、あの方は元々反乱に本気ではないのさ」


 一人の女装貴族が忌々しさを存分にだした表情で吐き捨てました。

 すると、


「おう、俺もそう思う。なにより、閣下がお連れになったときから虫が好かなかった。まるきり女のような顔で、女のように服を着こなし、女のようにふるまっているっ。あの方は所詮俺たちの仲間ではないっ!」


「その通りだ! あの方は恵まれている!」


 ふむ、王子がシュヴァルさんをここに連れてきたということは、それまでシュヴァルさんは参加していなかったということですね? しかも本気ではないイコール王子にお付き合いして参加したイコール……王子に弱みでも握られているんでしょうか? でなければ、どうして他国民――しかも大公の娘(息子)であるシュヴァルさんが王子に従っていのか……うーん、謎です。問えば答えてくれるでしょうか?


「――そういえば聞いたか? 先祖返り公爵の噂を」


 そしてまた話題が切り替わります。どうやら今度はわたしの話題のようです。昨日の今日だというのに、やはり噂の回りが早い国ですね。鎖国状態にあるため娯楽に敏感なのでしょう。


 しかしこれには少しムカッ腹がたちました。わたしを話題にすんなと言っているわけではありませんよ? そうではなく、


「あぁ、聞いた! バルドラ子爵がかねてから逢瀬を重ねていた相手に守護騎士が現れたのだとか」


「大公の娘だからと国境越えも許されていたらしではないか」


「なんでも公爵は金麦の出身らしい。しかも見目麗しき美少年だとか」


「その公爵の毒牙にかかりメイシャ殿から昨日のうちに女性に移籍したいと申請があったとも聞いたぞ」


「なんとっ! それは誠かっ! ……俺、少し狙ってたのに」


 まぁ、ここまではいいのです。メイシャさんが女籍に移る理由がわたしのせいになっているのは……この罪作りな美少年顔にやられたからなので女王国の人たちから見れば毒牙にかかったと言われても仕方のないことでしょう。だからそれはいいのですが、


「シュヴァル殿がメイシャ殿の求婚を断り続けていたのはその公爵殿下を想ってのことだとか」


「今や二人は運命の恋人たちだと街ではもっぱらの評判で、近々結婚という話もあるくらいだ」


「昨夜は公爵がシュヴァル殿を連れて空へと消えたとか」


「……だが、公爵というからには相手は男なのだろう? 法律上婚姻はできるが、」


「どうやらバルドラ子爵は本当に性別を間違えて産まれてきたようだな! 男でありながら男を愛するとは!」


 そこでどっと笑いが起こったのです。

 正直、胸糞悪くなりましたよわたし。これ、絶対この人たちってシュヴァルさんのことをバカにして笑ってます。というか僻みでしょう。シュヴァルさんが綺麗だから。シュヴァルさんが同性愛者だろうがなんだろうが、人の恋路を笑う資格など誰にもありません。男に笑う者は男に泣くのですよ! 笑った人たち全員、いずれ男にフォーリンラブしてふられてみればいいのです!


 ――っていうか反乱を起こそうとしている割には呑気です。ふんっ、どうやら反乱するする詐欺というやつのようですね。口先だけ、別にそれはそれでかまいませんけどね! それならわたしはそれを引き合いに出して兄上を説得するまでです。


 さぁ、兄上はどちらですか? こんな連中と一緒にいるなんて、わたしの知っている兄上では考えられません。きっと兄上の目と心が何らかの理由で曇っているのでしょう。わたしがクリアに晴らしてしてさしあげなくては! キュイセンサーがピコピコしていますからこの中にいることは間違いありませんが、これ、ウォーリーを探せ並みの難関かもしれませ――っと、あ、兄上みーっけ! ――た瞬間でした。


「……でも、俺も殿下ならっ!」


 切羽詰まったような声が広間に響いたのです。多くの女装貴族が一斉にそちらに顔を向ける中、兄上は悠然と壁に寄りかかり、腕を組んでいます。――あぁ、もう素敵過ぎますよ兄上! クルクル巻き毛のカツラをつけていても素晴らしく男らしいその顎のラインっ、組んだ腕に浮かんだ筋――昔は体毛が薄いと悩んでおられましたが、わたしはそのツルツルの腕が大好きです! その腕に抱きしめられたいっ! ああんもうっその存在が素晴らしいですっ兄上! ――ふぁっ、興奮してよだれが……!


「――お、おれ、俺は、殿下のお傍に置いていただけるなら、このままでも、」


 わたしの興奮覚めやらぬ中、まだ年若い――といっても十代後半くらいの女装貴族の言葉に周囲が一瞬静まり、続いて小さな笑い混じりの溜息が起きました。どうやら一人、この美少年顔に引っかかた方がいらっしゃるようで、一致団結しているかに思えた反乱組織に少しの亀裂が入りました。反乱を阻止する手立てが見つかるかもしれませんので、視線は兄上に向けたまま、耳だけ傾けることにします。


「……何を言いだすかと思えば、血迷ったのか? 公爵殿下は男だぞ」


「分かっている! だが、俺は……」


 苦悩の混じった声です。それほど好かれてしまったということでしょうか? まったく罪作りな顔です。が、この顔に反乱を止めるほどの威力があるとは思えません。……ちょうどどストライクだったんでしょうか?


「じ、実は俺、……昨日、非番だったから、その……、飲んでたんです」


「まさか男装でか?」


「……はい」


「バカめ! あれほど今は男装で出歩くなと言ったろう。事を起こす前に憲兵に捕まったらどうするつもりだったんだ」


「分かってますっ。でもっ、仕方ないじゃないですかっ、どうしても普通に飲みたかったんですっ! それに、捕まらなかったんだからそんなことはどうでもいいじゃありませんか! そうではなくてっ、その居酒屋にシュヴァル殿と殿下が現れて食事を始めたんです。さすが公爵様で、ものすごい量を食べてました。でも、それを感じさせない綺麗な食べ方で品の良さが漂っていて……」


 うっとりとした顔で話を脱線していく若い女装貴族さんに、年上の女装貴族が「だからなんだ」とピシャッとツッコミをいれます。


「――ぁ、す、すみません。それで、あの、その後メイシャ様も現れたんです。それで、これは知ってると思いますけど、メイシャ様の乱入で店の中の奴らのほとんどが怪我をして、もちろん俺も怪我をして、そしたらその怪我を殿下が治してくださって、」


「それで惚れたとでも? 軽い奴め。確かに殿下の行為は尊いことだか、それで反乱をやめるというのか? やめておけ、どうせお前など相手にはされんのだからな、想うだけ無駄だ」


 二十代らしき女装貴族が一刀両断、吐き捨てます。

 それで少したじろいだ若い女装貴族さんでしたが、「違う! 俺が言いたいのはっ、」と負けじと声を張り上げました。


 ふむ。どうやらこの殿方はあの場にいたようですけど、……全然記憶にありません。当然と言えば当然ですけどね。だって治療したのはわたしではなくフィッシャー君なんですから。


「違うんです、聞いてください! 惚れたとか、そういうんじゃなくて……!」


 若い女装貴族は被ったかつらを乱暴に取り外しました。そして荒い呼吸を繰り返し、一度ぐっと歯を噛み締め、


「そーゆうんじゃないです。ただ、あの後、フェルディオン姫の親衛隊が現れたんです」


「……あの女装騎士団共か」


 数人が憎々しいとでも言いたげな顔を見せました。嫌いなんでしょうか?


「そうです、あいつらが現れたんです。女装のまま堂々と街を闊歩するあいつらが、殿下を訪ねてきたんです」


「ふん、先祖返りの公爵様はさぞかし引いただろうな。あれに免疫などなかったろうから」


 ……はい、ちょっと引き気味でした。すみません。はい。


「そんなことないです」


 ――え、いえ、そんことあり、


「殿下は普通でした。少し驚かれた様子ではあったけど、別段嫌がるでもなく対応して、それどころかあの親衛隊に笑みを向けたんです!」


「それはどうせ、」


「嘲笑だとか、そんなんじゃありません。あれはシュヴァル殿に見せるものに似た優しくて綺麗な微笑みでした。彼らの全てを受け入れたような――そう、まるで、まるで――天使! 天使でした! 天使の微笑みをあの親衛隊に向けたんです! 初対面で、女装に免疫もないはずの公爵様がですよ? すごいじゃありませんか! 俺はあんなに美しい人を見たことがないと思いました」


 わたしは覗き穴から顔を少し離し、眉間を揉み込みました。

 ……よく言われます。天使の微笑みだと。伊達に十年以上微笑みの天使と呼ばれてきたわけじゃありません。わたしの外面は最高峰だと自負していますし……。でも、見たことのない美しさっていうのはさすがに言いすぎだと思いますよ? 客観的に見てわたし以上の人なんてそこら中にいますからね?


「それだけじゃありません! あの人はあいつらの名前を尋ねて、一緒に街を歩いて! ――俺、殿下のことが気になったから付いていったんですけど、そしたら、女装文化に暴言を吐いていた奴に怒りを向けて、ハーネスさんを庇ってくれたんです! 殿下が男色だとか女装好きなんじゃないかとか、そうゆうことを言う奴もいたけど、俺は殿下はそうゆうことで割って入ったんじゃないと思うんです。殿下は、俺たちのことを一人の人として見てくれてるんです。男だとか女だとか、服装がどうだとか、そういうことじゃなくて、腫れものに触るような感じでも、バカにするでもなくて、きっと、そう、俺たちの事情を全て察して受け入れた上で他の人と同じように接してくれる人なんです! 天使みたいでとても可愛らしいのに、それだけじゃなくて心まで綺麗な方なんです! しかもあんなに小柄でいらっしゃるのにものすごく強くて、身体の身のこなしも素晴らしくて、空まで飛ぶことができて……、殿下はまさに天使そのものです……!」


 かつらを片手に力強く身ぶり手ぶりで語る姿に、いつしかわたしや兄上を含め誰もが凝視していました。まるで目の前に『殿下』がいるようにうっとりとした顔をしています。服装も手伝ってまるで乙女のようです。

 ですが、えっと、とりあえず、落ち着きましょうか? 誰かあの方を夢の世界から引き戻してあげてください。だってちょっと『殿下』に夢を見過ぎです。理想と夢と真実と現実には大きな越えられない壁があることを教えてあげてください。なんだかとてもご立派な人認定されていますけど、かなり補正かかってますからその『殿下』像。


「それで、俺、思ったんです! 殿下は公爵様だから、この先必ず親衛隊の募集がかかるでしょう?」


 し、親衛隊?

 あぁ、なるほど。公爵ともなると私営騎士団を持つことができるというわけですか……お断りできないものでしょうか……、べつにいらないんですけど、どうせ国に帰るときはお留守番になるわけですし。

 でも、この若い女装貴族はそれに入る気満々のようです。目をキラッキラっさせて、


「それなのに今反乱を起して捕まったら、親衛隊に立候補できなくなります。だから俺、この反乱には参加できません! 俺、気付いたんです。男だとか女だとか、そんなのどうでもいいくらい大切なことがあるって。俺、殿下のためならこのまままでいい! あの方を腐った旧家の貴族共から守る、それが俺のやるべきことだって!」


 堂々と反乱不参加宣言した若い女装貴族に、少しの間でしたがみなさん沈黙しました。でもすぐに、


「――愚かだな、お前は」


「なっ、なんでですかっ?! 殿下は、」


「俺の聞いた話では、公爵殿下は女装王族になることを拒否したと聞いた。性別や服装を気にしないのなら女装王族を拒否する理由がないではないか。所詮殿下も女装を恥ずべきことと思っている証拠だ」


「そんなことはないです! 殿下は、」


「では説明できるというのか? 女装王族を断った理由を」


「で、殿下にはきっと何か、何かお考えが、」


 答えられない若い女装貴族さんをいつの間にか応援していたわたしは、心の中で手を合わせました。すみません、考えなんて特にありません。いえ、あるにはありますが身分を隠している現状では乱入して説明してあげることもできません。実は少しだけこのまま反乱組織が分解しちゃうんじゃないかと思っていましたが甘かったようです。他の人たちから若い女装貴族さんが裏切り者扱いを受けています。助けて差し上げたいのですが、困りました。


 で、でも! きっと、こんな状況で兄上が黙っているはずありませんっ。わたしの知っている兄上ならきっと――


「……殿下はこうおっしゃっていた。自分らしくあるための服装を尊ぶべきだと」


 兄上キター!

 ……でも、そんなことわたし言いましたっけ?


「仮装が文化ではなく、制度としてあることが問題であると」


 ん? いや、疑問って言ったんですよ! 問題なんてそんなこと言ってません! あの、兄上? ちょっとちょっとっ?


「……だからなんだというのです? ハーネス殿はいったい何をおっしゃりたいのですか?」


 本当に何が言いたいんですかっ? 何を言う気ですかっ?

 兄上が壁から背を放し、堂々とした立ち姿を披露します。カッコいいですけど、あの、兄上っ?


「殿下はおそらく、この女王国に風穴を開けるつもりでおられる」


「風穴?」


 か、かざあなっ?!

 そんなつもりは全っ然ありませんよ!


「先祖返りの公爵殿下がですか? いったい何をしようと――何ができるとおっしゃるのですか?」


 その偉そうな感じの女装貴族の言う通りです。わたしに風穴なんて開ける気はありませんし、そんなことそもそもできませんからっ。兄上っ、お願いですから早まったことを言わないで下さいっ!


 わたしはこの目の前の壁にこそ風穴を開けたくてガッキーの柄に手をかけました。けれど、背後から現れた腕に、ガッキーの柄ごと手を抑えられ、首に腕が回され拘束されてしまったのです。この場にこんなことをしそうな人は一人です。

 なんとか首を回すと、そこにはやはり王子の顔。王子に離せと、せめて兄上を止めようと大声を上げようとすると、


「殿下はこの女王国の仮装制度を変えようとしている。女装王族、女装王という存在に終止符を打とうとしている。だから女装王族になることを拒否したのだ」


 耳に兄上の声が響きました。

 ……あぁ、もう……なんてデタラメなことをおっしゃるんですか兄上。


 あんなに恋しかった兄上の声なのに、ただ素直に無邪気に喜ぶことができない現実が悔しくてなりません。

 ついでにこの――わたしの唇を封じる王子が憎くてなりません!

 叫ぼうとしたわたしの口を、この王子は自分の口で塞ぎやがったのです! ざけんじゃねぇとわたしは唯一自由な足で、まずは爪先を踏みつけてやりました。そして、痛みで腕が緩みよろけた隙をつき――脇腹に肘鉄、顎に一発、そして最後に必殺股間蹴り!

 真っ青になって悶える王子から顔を背け、兄上の声に耳を傾けます。

 分かっています。今更騒いだところで、もうどうすることもできません。今出ていけば、蟻の巣に角砂糖を突っ込むがごとく女装貴族の方々がわたしに群がってくるでしょう。

 分かっていますがっ、


「――我々はこれまでに、民意を得るために市民へむけて仮装文化への悪感情を蒔いてきた。時が来れば女籍にありながら男装し、街を闊歩し、女王へ謁見する手筈だった。だが、諸君はそれでいいのか? 我々が今からなそうとしていることは、過去の女装貴族たちが繰り返してきた茶番にすぎない。法を破り、我らが牢へ入ることで世論は少なからず騒ぐだろう、同情すら寄せるかもしれない。だがそれまでだ。それ以上はありえない。それは歴史が証明していることは諸君らも分かっているはずだ」


 壁の向こう側から聞こえる兄上の声に、わたしの気分は沈んでいきます。

 ……ふっ、なんと他愛ない可愛げさえある反乱でしょうか。反乱と呼べるかどうかも微妙なプチ反乱ではありませんか。というか、反乱なんて大それた呼び名をつけないでくださいよっ、それ単なる抗議行動じゃありませんかっ! これなら火遊びはいけませんよー程度で済まされたかもしれないのに……。


 これ、絶対にはめられました。計画的犯行でしょうこれっ!

 王子、シュヴァルさん、そして――兄上までグルになってわたしをはめたんでしょうっ!


「今朝、我々が集められたのは他でもない。閣下より通達を預かっている。――仮装制度に異議を唱える者あらば、誠の心をキュイ公爵殿下に捧げよ。己が己らしくありたくば、また、己が子に負の遺産を残すことを嫌うなら、その命をも殿下に捧げよ。以上だ」


 広間が静まり返っていました。わたしの心もひどく凪いでいます。その割に身体は正直で、至るところが悲鳴をあげています。とりあえず頭痛が、あと胃痛。ストレスで胃に穴が開くかもしれません。きっと今、胃袋の中ではフィシャー君が胃壁の修復作業をしていることでしょう。殿下ー、これ以上は僕も胃しゃんでとけましゅー、とか言ってるかもしれません。はは、はははは……。


「これは強制ではない。今すぐに答えを出す必要もない。後日また収集をかける。来るも来ないもお前たち次第だ」


 兄上は、そう告げると広間を颯爽と出て行きました。残された女装貴族たちは困惑していましたが、徐々に事の大きさに興奮してきたようです。覗かなくてもその声だけで彼らの表情が徐々に紅色していく様が眼に浮かびます。


「本当に、できるのだろか?」


「ハーネス殿の言葉を疑うわけではいが、先祖返りの公爵がそこまでするだろうか?」


「でも、殿下はおっしゃっていました。不満があるのなら少しずつでも変えていけばいいと! 確かに俺は聞きました!」


 あー、はい、言いましたね。それは記憶にございます。変えていけばいいんじゃない? 的なことを確かに言いました。でも、まさかこんなことになるなんて思わないじゃないですかっ。なぜわたしは無口キャラに育たなかったのでしょうか。次に転生することがあれば、絶対に無口キャラになります。自分をそう育てあげてみせます。


「……もしそうなら、できるかもしれない。革命が起こるかもしれないっ」


「そ、そうか、殿下には守護騎士がいる!」


「それに、現王族は女王と大姉様のみ――他は女装王族。もしも味方につけることができれば、」


「革命を起こせるっ」


「公爵殿下がいれば、」


「この国が変わるやもっ!」


 ――誰か嘘だと言ってください。壁の向こうでやんやと騒ぐ女装貴族たちは仕掛け人だと、これはドッキリだと、実は今日はエイプリルフールでした、そんなオチだよーって笑ってください!


 壁を見つめ続けていたわたしは、爆発させたい感情を深呼吸と共に吐き出しました。冷静であれ、美少年。その言葉を脳内で繰り返します。


「初めから、このつもりだったのですね」


 股間の痛みから少しは回復したらしい王子を見上げました。蹴り潰しても足りないほどの怒りを感じ、想像だけで握りつぶしてやります。それでも気がすまなかったので踏みつぶしてやりました。


「強制ではないと、言ったではありませんか」


 ザ無感情。感情を完全に遮断した声を出すことに成功したわたしは王子を真っ直ぐに見つめます。

 わたしを直接あの場に連れて行かなかったのは、こうなることを計画していたからですね?


「公爵になった以上、遅かれ早かれ巻き込まれることになる、だから先に招いてやったにすぎない。――いや、違うな。これはお前自身が招きよせたことだ。話を聞けと言っただろうが」


 わたしが招いた? 自業自得だと? わたしが話を聞かなかったから?

 ……ふふ、ふふふ……そう、なのかもしれません。バカ王子の化けの皮に騙されたのはわたしです。反乱イコール血麦の戦いと結びつけ突っ走ったのはわたしですっ。バカと言う方がバカだとはよく言いますが、わたしこそが大馬鹿野郎でした!


 けれど、やはり悪玉菌はこの王子! 王子こそが兄上をかどわかして反乱に加担させたのです。巻き込まれた? 嘘おっしゃいっ、今のわたしのように兄上も騙くらかしたのでしょう! もしくは王子の権力を使って無理強いしたか、もしくは弱みを握ったか……。


 ――はっ、もしかして!


 王子に、バレてしまったのでは? わたしが実は男装乙女だということが……! きっとそうですっ! だからさっき口封じをしたんでしょう。女だと知っていたからこそわたしにキスめいた行為を……! あれは暗示――知ってるぞ、お前の秘密を――王子はきっとそう脅しをかけていたに違いありませんっ。あれは口封じと脅し、一石二鳥を狙った行為! ずる賢く進化した王子なら考えられます。そして兄上も脅されているんです、そうに決まっています!


 ……しかし、ここで王子を問い詰めるのは早計です。

 まずは兄上に確認しなければなりません。


「……兄上に会わせてください」


 もしもわたしのことで脅されていたとしたら、せめて兄上だけでも金麦へ帰れるように画策しなければなりません。目には目を、歯には歯を、脅しには脅しを、王子の弱みを掴み――二度と兄上を脅せないようにしてやります。もしもそれが無理なら……。

 いえ、とにかく兄上は、きっとわたしがお助けします。


「兄上と、話をさせてください」


 どんな手を使ってでも……! 例えこの身を滅ぼすことになろうとも……!





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