哀れなる女装王に黙祷!
◇
どうも、キュイです。
色々あって女装子爵シュヴァルさんに性別がばれていたキュイです。
そのあとすぐに店のおじさんが灯りと大量の料理とさらにはテーブルまで運んできてくれたので、明るい室内で割とシャレたセッティングのもと、二度目の夕飯をむしゃむしゃしているキュイです。
昔から食が細かったわたしですが、今日はもう一月分くらい食べてるような気がします。おかげでお腹ぽっこりが復活してしまってますが、それはともかく、
「それで、……参考までに聞かせて欲しいんですが、どのへんでバレたんでしょうか?」
これ重要です。
かなり確信を持ってましたからね。まさかカマをかけたわけでもないでしょう。
「……そうですね、いくつかありますが、……守護騎士に対するあなたの態度でしょうか?」
「わたしの?」
「初めて守護騎士と対峙したとき、あなたは驚くよりも先に守護騎士の頬を掴んで口を封じていましたよね?」
「……あぁ、はい」
姫発言を食い止めようとしたときですよね?
「あのころ合いで口を封じては私でなくてもバレていたでしょう。まぁ、あのまま言わせても問題ありますが。守護騎士が主の性別を間違えることなどありませんから」
「……なるほど」
つまり、ほぼ最初からばれていたと。
そうですか、そうだったんですか。ダメじゃんわたし。
キュイリアと本名を呼んだのも、金麦では男ではキュイ、女ではキュイリアがメジャーな名前だからだそうです。
「……わたしはてっきり、暴走した馬に乗っているときに胸でも触られたのかと思っていました」
ははは、こいつムッツリだ、やーらしぃって思ってました。疑ってごめんなさい、――って、
「……」
あれ? 否定しないんですか?
あれ? なんでそこで視線を逸らすんですか?
「……触ったんですか?」
「あれは不可抗力です」
触ったんかい!
「……すみませんでした」
素直に謝罪されると怒る気も萎えます。なんとなく揉まれてる感があったようななかったような気はしてたんですよ。ま、実際あんな状況じゃ無理もないですけどね、わたしは馬に、シュヴァルさんはわたしにしがみ付いてなきゃ振り落とされてましたし。
「いいですけどね。たいした胸でもないですから。……それにしても、他に方法はなかったんですか?」
べつにね。いいんです。コレのせいでホモに見られるのはいいんですよ? わたし個人としても女に思われたり女装するより、美女に見える美青年といちゃつく美少年に見られた方がマシですし? 女王国でどう思われようと素性がばれていない限りこの疑惑が金麦に伝わることもありませんから?
……んー、もし伝わると番付に影響しそうなので困るのですが、ただでさえこの国の情報は門外不出状態ですからねー、その点はあまり心配してないんですよね。もぐもぐ。うまっ、このパスタうまっ!
「残念ながら、この状況ではこれが一番有効かと思います。……殿下が、突然街になど入らなければもっと打ち合わせなどができたんですが」
へー、ほー、わたしのせいですか、そーですか。すみませんねーだ。
ちょっとムカついたので、あなたの分のお肉下さい。まだまだ腹ペコなんですわたしは!
「――どうぞいくらでも食べて下さい。守護騎士を出現させると、それだけ空腹になります。空腹時に守護騎士が現れては倒れてしまいますから」
な、なんとっ?!
この空腹はフィッシャー君のせいだったんですか? おばさんの言う通り二人分食していたんですねっ?!
あぁ、どおりで彼と会ったあとはやたらお腹がグーグー鳴ると思いましたよ。――ん、待ってください? ということは、……今後食費がかさむということですかっ? 大食い選手権に出られるほどの胃袋を手に入れてしまったということですかっ?
あわわわっ、これから先あまり彼と会わないようにしなくてはいけません。なぜって貴族といえども節約しなければやっていけません。いつ大飢饉が起きるかしれませんからご飯は大事に大事に食さなければなりません。
「……それで、……」
なんでしたっけ? あぁ、思いだしました。わたしのせいでこうなったとか言われたんでしたね。まぁ確かに待つように叫んでましたもんねシュヴァルさん。
「打ち合わせをしていれば、状況は変わったと?」
もちろんです、とかドヤ顔で言うんだろうなと思っていましたが、シュヴァルさん、一拍おいて、「いいえ」と否定してきました。
――っておいおい、ならわたしのせいじゃないではないですかっ!
「けれど、貴族というのはどこの国の者であれ、得てして醜聞好きなものです。ただ単に女装王族にはならないと主張しても、世論はあなたを好まざる方向へと導こうとするでしょう。最近は特に公爵の女装王族化が進んでいます。公爵として過ごしている方々はとても少ない。そんな中で公爵位であり続けるためにはそれ相応の対応策が必要になります」
その策とやらがこれですか? ホモラブ大作戦? うーん、お礼を言うべきか否か悩むところです。ちよっと保留にしときましょう。
「しかしなぜですか? どうして女装王族なんて奇妙な存在が? 女装したって別に女王になれるわけではないんですよね?」
「いえ、なれます」
「ですよね。なれるわけ……って、なれるんですか? 女王に?」
女装なのに? 男なのに? 驚きすぎてフォークを落としてしまいました。余分にあってよかったですフォーク。
「はい。女装王族は基本的に王族と同じ扱いを受けますから女王に選ばれれば即位できます。その場合、記録的には『女装王』となりますが」
しれっと、他国民からしてみると爆弾発言を言い放ったシュヴァルさんがフォークを拾ってくれました。ありがとうございます、でも、え、待って下さい。
「女装王…………ケフっ」
女装王!
略したら女王ですけど、女装王って!
スープが喉にひっかかって飛び出すとこでした。なんすか女装王って!
「過去に数度、女装王が即位したことがあります。そのため王公族のみならず下位の貴族たちにも女装文化が伝わったんです。確か、初代女装王を励ますために貴族たちが女装したのがきっかけだったとか。初代女装王はその当時王族がいなかったために泣く泣く女装王になることを承諾したといわれています」
あ、哀れすぎます、初代女装王!
なんでも、女王制度を守りたい貴族たちが守護騎士のいない仮の女王を立てようと――守護騎士のいない自分らの地位向上を目指していたのを食い止めるために考案したものらしいですが、でも、けど、だからって女装王……。提案する人もあれですが、容認した人たちも頭の中どうなってるんでしょうか?
とりあえず、第一の犠牲者である初代女装王に黙祷いたします。哀悼の意を捧げます!
およよよ、お可哀想に……、その当時、もしも女性なら大姉――次期女王に相応しいと思われていた――つまり人格がご立派な公爵が初の女装王族となり、そのまま女装王に即位したらしいです。が、その初代女装王はその当時二十五歳。あぁ、中途半端に若いじゃありませんか。王位継承後は引きこもりの毎日だったというから、どんだけ女装が嫌だったのかは容易すく想像できます。マジで同情します。心から!
「……それで、今はどのくらいいらっしゃるんですか?」
犠牲者――もとい女装王族の方々は。
「五名です」
ご、五人も!
一人は確実にノリノリで女装してるようですが、他の四人はそうでもないらしいです。引きこもってる人もいるそうです。あぁ、そうですよね、そりゃそうですよ。女装王族は基本的に強制できないらしいですが、周囲とカミューリアさまに押し負けたんだとか。あのノリで乗り込まれたら敗北も致し方ないのかもしれませんね。
――はっ! ということは、やっぱりシュヴァルさんに感謝しなければならないのでは? とりあえず一時的にでも追っ払ってくれたんですから。
「シュヴァルさん」
「はい、なんでしょうか?」
「ありがとうございます」
「は?」
いったい何に対するお礼だろうかという表情ですね。いえね、黙ってくれたことに対するお礼はしましたけど、わたしの女装化を阻止する策略に対するお礼はまだでしたから、それも兼ねて御礼申し上げます。
「それで、王族――女装されていない王族の方は何人いらっしゃるんですか?」
理由が分からなければ分からないで結構ですよ。お礼しないと心がもやもやするので。単なる自己満なので。
少し困惑気味のシュヴァルさんでしたけど、それでもすぐに答えをくれました。
「現女王陛下と大姉殿下のみです」
大姉って次期女王の呼び名でしたよね、――え、ということは、
「……お二人しかいないんですか?」
「はい。しかもカミューリア様の妹君である大姉殿下はお身体が弱く女王に即位されても公務を全うできるかが危ぶまれています」
カミューリアさんの妹、ということはメイシャさんのもう一人のお姉さんですよね。確か双子の姉がいるという話でしたし……って、一人は正確には兄ですけど。
「でも、それならどうしてカミューリアさんは女装王族を増やそうとしているんですか? 女装とはいえ、女王になる資格をもつ女装王族が増えれば、妹君の政敵を作ることになるのではありませんか?」
王位継承権争いなんてどこの国でもよくある話だと思いますけど、女王国ではそーゆうものはないんでしょうかね? もちろんない方がいいですし、国防のためにも候補者はそりゃ多い方がいいでしょうけど、普通の国なら候補者が多ければ内紛に繋がると思うんですが……?
「そうです、キュイ様のおっしゃる通りです。過去にも王位継承権を巡る争いが起こっています」
ですよね。そーゆうものですよね?
ならどうして?
「けれどそれは毎回貴族同士によるもので、王族たちは関与していません」
「……貴族だけ? 当人を蚊帳の外に置いた政権争いということですか?」
候補者が幼い子だとか女性ならそれもありえそうですが、女装王族たちも蚊帳の外ですか? 元は男ですよね? ありえるでしょうかそんなこと。
今の候補者がどんな人たちかは知りませんけど、女装王族たちが過去五千年のうち誰も政権争いに加わらなかったというのはどうなんでしょう? 元来、男とはロマンと野望に生きるものだと思うのですが、特にこんな剣だ魔法だ王国だなんだといったファンタジックワールドでは特に。実際、我が国の男共は女と出世のことしか考えてませんけど。
「完全に蚊帳の外というわけではありませんが、実質、王公族が直接争いに加わることはありません。法律が加わることを禁じているんです」
「禁じている?」
「はい。守護騎士は国の宝、世界の宝です。内紛で傷付くことがあってはなりません。それに、守護騎士が貴族たちに力を貸せば、世界規模の戦争に至る可能性もあります。追従する貴族たちが各国に働きかけ新女王国の建国を目指すかもしれません。そうなれば世界は未曾有の危機に陥ります。主の安寧を望む守護騎士も、そして王公族もそれは避けたい。王公族の多くはとても慈悲深く、そして平和を心から望むからです。ですから――王公族たちは貴族同士の争いに手を出してはならない、貴族は王公族に争いへの関与を求めてはならない、――そう、十三代女王が法を制定しました。それまでもそのような風潮はありましたが、明文化することで貴族たちを牽制したのです」
ふむふむ、つまり大事になるから子供の喧嘩に親は口出すなっていうのと同じですね? なるほどなるほど。確かにあの青い羽がそこらかしこに乱舞すれば恐ろしいことになりそうです。不可思議パワーで人類壊滅してしまうかもしれませんね。うん。
「それゆえ女王国内での貴族たちの争いは水面下で、王公族たちの見えぬ場所で行われています」
王公族たちは基本仲が良いらしく、いやがらせ合戦やお互いを蹴落としたりはしないらしいです。逆に、彼らを支持する貴族たちが争う、ということに常に頭を悩ませているのだとか。まったく親の心子知らずとはこのことですね。
人外の力で守られている王公族に手を出せば結果は目に見えていますし、守護騎士を侍らす王公族は国の宝で、世界の宝、殺す殺されるなんて論外らしく、害を及ぼしたことが知れれば最悪裁判なしで即死刑宣告らしいです。というか、その死刑執行人は主に守護騎士なので裁判なんてかける猶予すら与えられないんだとか。怒り狂った守護騎士はまさに鬼で、その血に連なる者までが殺されたり末代まで呪われるなんてこともありえる、なんて噂されていて触らぬ王公族に祟りなし、なんてことわざまであるらしいのです。……こわっ! 守護騎士マジこわっ!
――あぁ、だからみなさん、あんなに土下座しまくってたんですね。フィシャー君ったらメイシャさんを殺す気満々でしたもんね。うん、そりゃ土下座しますよね、うん。守護騎士は主第一主義だから止められるのはその守護騎士のご主人様のみ。それゆえの土下座ウェーブ。納得です。
「――そして近年、女王国では守護騎士の発生率が激減しています。守護騎士の数は王公族合わせて十人――キュイ殿下で十一人目。これは歴代で最も少ない数です」
最盛期には百人以上の王公族がいたらしいですから、それを考えると十分の一。明らかに王公族は絶滅危惧種に認定しなければ。
「どうしてそんなに数が減ってしまったんでしょうか? 原因は分かっているんですか?」
「いえ、はっきりとは。けれど、一説には初代様の血清が薄くなったことが原因ではないかといわれています。そして近い将来、守護騎士は現れなくなるのではないかと」
確かに血は薄れてるでしょうね。たどりたどって五千年。まだ残っていることの方がすごいです。
「ですが、わたしのような遠縁に守護騎士が現れるのですから、それが原因というわけでもないような気がしますね」
わたしの中に流れる女王の血は限りなく薄いと思います。きっとシュヴァルさんより薄いはずですよ? だってシュヴァルさんって大公の――公爵子息なんですから。
「その件について、守護騎士たちはなんと言ってるんですか?」
分からないなら当事者である守護騎士に話を聞けば早いでしょうにと尋ねてみましたが、シュヴァルさんは首を横に振りました。ん? それはつまり?
「残念ながら、守護騎士たちは語ろうとはしません」
「主人が尋ねてもですか?」
「はい。それだけではなく、自らのことを語ることもありません。分かっているのは、彼らが御神木の精霊である、ということと、そして、守護騎士が現れずに王公族が減るということは、同時に貴族たちの派閥も減るということ」
少しだけ脱線していた話の流れを戻したシュヴァルさんが、どういう意味か分かるかと問うような視線をよこしました。ふむ? 派閥? それって王公族たちの取り巻きですよね? 子爵以下が構成員で、それが減る……、
「――あぁ、なるほど、それで」
だからカミューリアさんは女装王族を増やそうとしていたんですね。
納得顔でシュヴァルさんを見つめ返すと、頷かれました。
「カミューリア様は妹君の安全のために?」
つまり、そういうことでしょう。女王を除いて王族が一人しかいない今、カミューリアさんの妹さんは非常に危うい位置にいるんですから。
「そのとおりです。……派閥が細分化されていた昔なら嫌がらせや小競り合いですんでいたものが、今では一人の王公族に連なる貴族が増えすぎ、紛争にもなりかねない状況になっています。カミューリア様は目先の欲にくらんだ愚かな貴族が唯一の王族を手にかけるのではないかと危惧しているんです」
二人は生後すぐに守護騎士が現れ、現女王陛下が即位されてすぐに妹さんが大姉になったらしいです。でも、かわいそうなことに妹さんは身体が弱かったそうで……。だからカミューリアさんが、もしものときの大姉候補として幼い頃から女装王族として暮らしてきたんだとか。
「――ですが、大姉殿下の病状が回復に向かわないことから、公爵から女装王族へ変わる者が現れたのです。万が一にも大姉殿下が亡くなられた場合、残る大姉候補は女装王族のみ。それならば、と」
取り巻き襟巻きの貴族たちが。なるほどなるほど、そうですか。そうですよね。男はロマンと野望に生きる生物。なら、良からぬことを考える大馬鹿者が現れないとも限りませんものね。自分が支持する女装王族を王位につかせて、甘い汁をすすりたい貴族はきっと大勢いるはずです。
――あぁ! なんてことでしょうか! ということは、ということはですよ? 必死になって女装王族を増やそうとしているのは、こんなところまで乗り込んできたのは全て妹さんのため……! なんて妹想いなんでしょうか! 同じく兄を想う身としては他人事とは思えません!
「……女装王族が増えれば、お互いに牽制し合って手を出しにくいと、そういうことなんですね」
つまり五人の女装王族はカミューリアさんにとっては妹さんの盾であり槍。
女装王族が増えれば各支持者たちはそちらに目を向けるでしょう。万が一が起きた時、王位につくためにはお互いが邪魔な存在です。そして、彼らが小競り合いをしているうちは妹さんは守られる。しかもあわよくば共倒れるかもしれない。その頃には妹君は王位につき、次は大姉候補者争いとなる――と、このような感じなんでしょうね。
うーん、どこの国にもそれなりに問題があるもんですね。ですが、カミューリアさん、残念ながらわたしは協力できかねますよ。妹想いのカミューリアさんに同情を禁じえないのは確かですが、こちらにもお家事情があるのです。女装王族なんてものになり、もしも本物の女だということが分かった日には大変なことに――、ん? 大変なことに、なりますか? ――いえ、ならないような気もします。きちんと事情を説明すれば、妹君を王位につけたいカミューリアさんが味方になってくれそうじゃないですか。女装王族は現れていいけど、王族はいらんってなりそうな気がしますよ?
「シュヴァルさん」
「なんでしょうか?」
「もしバレたらどうなるんでしょうか?」
何がとは言いません。シュヴァルさんもそこは問い返すことはしません。
「もちろん今後も素性をバラすつもりはありませんが、万が一王族内に協力者が必要な場合、カミューリア様なら妹君のために協力してくださるのでは? ――逆に、素性は隠したまま王族であることを話してしまった方が話しが早いということはありませんか?」
ふとした大胆な思いつきではありますが、妹想いのカミューリアさんをかわすためには効果的な策に思えます。
でも、
「それはないでしょう。それどころか、カミューリア様と女王陛下には決して知られてはいけません」
と、即答されました。女王様はまぁ分かりますけど、カミューリアさんも? ――え、なんでですか?
「カミューリア様は、大姉殿下を王位につけたいわけではないからです。カミューリア様は、ただ大姉殿下が心穏やかに暮らすことを望んでいるのです。ですから、もしも他に王族が現れたのなら、すぐに妹君を体調不良を理由に大姉の座から降ろそうとするはずです。それは女王陛下も同じお心だと思われます」
「… …では、もしカミューリア様に知られれば、」
「間違いなく大姉の座につくことになるでしょう。基本的に王公族の誰に知られてもいけないと考えたほうが良いでしょう。でなければ、」
あぁ、言わないでくださいっ、聞きたくないですっ、そんなゆくゆくは女王に……なんてことっ。試練やいじめどころかのし付きで女王の座に! なんてことっ!
カランと落ちたナイフとフォークが、まるで崩壊の音色のように聞こえます。うなだれた頭の中では、なぜか豪華オーケストラによる魔笛の演奏が……。おとーさん、おとーさん、きこーえないのっ?
――あぁ、ヘルプミー父上様! も、不肖キュイ、頭痛いです。限界です。これから先のことを考えると滅入ります。現実から逃げたいです。静まり返る室内。階下の喧騒が遠くに聞こえます。あぁぁあ、遠ざかりたい。
「キュイ様、」
「困ります。それは、……困ります」
頭の中から飛び出した愚痴を繰り返しつぶやきながら頭をふります。すぐ近くにやってきシュヴァルさんにヘルプミーとすがりたい気分です。だって非常に困ります。困るなんてもんじゃありません。なんですかその夢も希望もない押し付け玉座は……! わたしはピナス家の大事な保険なんですよっ、他国の玉座に座る余裕はありませんっ!
「キュイ様が望むと望まざるとそれは逃れられません。そして、大姉ともなれば素性を隠し通すことも難しくなります。先祖返りの素性を詮索してはならないと法で定められていたとしても、次期女王ともなれば話は別です」
優しく肩に触れてくれたシュヴァルさんの言葉に顔をあげます。今、なんと? す、素性がバレるっ? そ、それは、
「こ、困ります。それも」
もう落とした物を拾う気力もありません。食欲も失せました。……テーブルのお皿は空っぽですでに完食してますけど、ちょっとおかわりしようかなとか思っていた気持ちが失せました。美味しかったはずの料理の味、忘れてしまいました。
だって、だって! 素性がバレて国に女であることが知れたら一家断絶の危機です。まさか隣国の女王候補の家族を無下に殺したりはしないでしょうが、どうなるか予測がつかない未来に縋ることはできません。そんなことするくらいなら今目の前にいるシュヴァルさんに縋りますよわたしは!
「どうすればいいんでしょうかっ?」
シュヴァルさんの腕を掴み思いの丈を込め、問いかけました。
顔が近いとか、シュヴァルさんの肌が綺麗だとか頭の隅で考える余裕があることに少しばかりホッとします。
いえいえ、そんなことより、これからどうすれば、どう動けば事を穏便に済ますことができますかっ?!
「……一番いいのは大公職につくことです」
大公! そ、そうですね。その通りですね!
「――が、現在大公職に空きはありません」
ひ、ひどっ! 今わたしめちゃくちゃ喜んだのにっ!
「となれば、後は女王に公の場で女装王族にはならないことを宣言し、受け入れていただくしかないでしょう。本来、女装王族は強制されてなるものではありません。あとはどう世論を味方につけ、女王に進言するかにつきます」
シュヴァルさんの言葉に、頭の混乱がスッと霧散していきます。
「――分かりました。今以上に男らしさを強調すればいいということですね?」
今、わたしは悟りました。
わたしはいったい何を慌てていたんでしょうか。
だって、なにも変わりません。
わたしはこれまでわたしなりの美少年らしさを追求してきたんです。そして、母国金麦では確かな手ごたえを得て――まだまだ半人前ではありますが男として認められています。
そう、これはその延長線……、男装乙女として生きる決意を固めたわたしに対する試練!
ふふ、ふふふふっ、やってろうじゃありませんか! わたしの男装乙女度を世界に知らしめるチャンスです! わたしはわたしらしくわたしのままで、アピールすればいい、とそういうことですよね?
「いえ、それだけでは足りません」
足りない? わたしの男装乙女度が? 美少年度が?
「わたしが男らしくないと?」
睨みつけてやりました。
確かにあなたには簡単に見破られてしまいましたが、気を引き締めたわたしは一味も二味も違います。脱がなければ女だと分からないほどに徹底して美少年に徹してみせますよ!
「いえ、そういうことではなく」
溜息をついたシュヴァルさんに眼光を緩め、
「……あぁ、そうでした。醜聞好きな方々への話題提供。外堀から埋めていくということでしたね。……ですが、この策で本当に大丈夫でしょうか? あなたが男に戻ればいいという話になるのでは?」
ホモラブ大作戦はいいとして、シュヴァルさんが男になってしまったらこの作戦は成功しない気がするんですが?
「その心配はいりません。私は生涯を子爵位で過ごす誓いを立てています。それは女王陛下の元で行われた正式なものですから覆ることはありません」
ほー、へー、シュヴァルさんは真性の女装っ子だったんですね。しかも一生を女装子爵で……。それが可能なら、
「では、わたしも生涯を公爵位であることを誓えばいいのですね?」
女王の前でシュヴァルさんへのラブっぷりと男らしさを見せつけ、堂々と宣言すればいいと、そういうことですね?
シュヴァルさんの肯定の返事を受けて、わたしは立ち上がりました。
「――では、さっそく参りましょう」
善は急げ、思い立ったが吉日。
食事も終えましたし、王宮に乗り込みましょうぞ!
◇




