ヘルプ!信じた者が救われなくては困ります!
◇
わたしは今、綺麗なお姉さんかと思いきや美青年だったシュヴァルさんの「あなた女性ですね」発言に緊急事態を察知し、彼女――ではなく彼の上に馬乗りになっています。そして、傍目からだとまるで彼を襲っているかのように見える、かもしれない体勢で、乱入してきた店のおじさんや見知らぬ美少女と対峙しているのです。
――はい、状況把握終了。ま、襲ってるように見える、というか実際襲ったんですがね。自分の意思でこの美青年を見事に組み敷いてるんですがね。
だってこの美青年、とんでもないことを口走ったんですもん。
『あなたは女性ですね』
って。バレてるし。完璧なはずの男装がバレてるしぃ!
ったく、なんででしょうか?
もしかしなくてもこの人、メルヘン走行中の馬上でわたしの胸とか触ったんですかね? まな板貧乳とはいえ多少なりとありますし……、サラシはしてますけど分かる人が触れば分かるでしょうし?
それなのにシレっと今までわたしについてきて、お姫様抱っことか俵担ぎとかして……! あぁイヤラシイ! あぁあぁっイヤラシっ!
で、それを今口にするってことは何か目的があるってことじゃないですか? 喋る気ないなら言いませんよね? 黙ったままで見守ったりしますよね? 男子校に入学した乙女は大抵すぐに誰かしらにバレますけど黙認されるもんじゃないですか? でもここで伝家の宝刀を使ったってことはですよ? 何かあるでしょう確実に。
可能性が高いのは……やっぱりお金的な?
なにせわたし公爵ですし? 身分高いと、その分、国から月にいくらかお金出ますし? それ目当て? みたいな?
前世のドラマとか見てても、弱味を握った相手に要求するものといえばお金じゃないですか。……あれ、わたし思うんですけど、脅したりしてしっぺ返しされるとか思わないんですかね? ほら、あんた殺人犯なんでしょー、黙っててやるから金だしな――ブシュって刺されるケチな悪党ばっかり。毎度毎度思うんです、バカだなーって。殺人犯脅したら被害者になり得るってわかんないかな君たちって。
シュヴァルさんもですよ? 頭良さそうなのに、本当はバカだったんですね。
だって、わたしの腰にはガッキーがぶら下ってるんですよ? わたしの強さは既に証明しているというのに、……もしかしてわたしが服以外は斬れないと思ってるんでしょうか? だと思ったら大間違いです。わたし、想像以上にやれる子ですよ?
さて、どうしましょうか?
ここはとりあえず、シュヴァルさんから身体を起こし、手で塞いでいた口元を解放してあげますか。二人を目の前にして、いつまでもこの体勢ってわけにもいきませんから。……とは言っても、ここで何かしら叫ばれたら堪らないので、すぐにでも対応できる体勢で、つまり馬乗りは継続させてもらいます。あとついでに、
――喋ったら殺す。
そう目で訴えてやりました。
シュヴァルさんに伝わっているのか否かは反応がないので分かりません。けど、驚いているんでしょうね。……そうは見えませんけど、きっと内心ではしくじったと思っているはずです。
でもね、シュヴァルさん。わたしだって本当はこんな手荒な真似なんてしたくないんですよ?
けれどこればかりは、……口封じの場合は話が違ってきます。わたし、前世は普通に善人でも悪人でもない凡人で悪いことと言ったら信号無視して横断歩道を渡ってたくらいで、――ぁ、もちろん左右は確認してからですけど、そんなそれ以上の悪いことをしようなんて微塵も考えたことありませんでした。
けど、ここでは――転生してからは、変わってしまったんです。環境や経験は人を変えてしまいます。わたしには、守りたいものが出来てしまったんです。何をしても、どんなことをしても守りたい。そのためならたぶん何でも出来てしまうんです。
……あなたを殺すことでもね。
わたしの不注意もあったでしょうから、これでシュヴァルさんを殺したら目覚め悪いなんてものじゃありません。けど、でも、それでもやらなければなりません。男として生きるには、守りたいものを守るには、社会的抹殺に留まらず単純にこの手を汚す覚悟も必要なのだと、わたしは随分前に悟っているんです。
……。
「――ねぇ、」
うん? すみません、少し湿っぽくなりましたか? グスン、すみません、昔のことを思い出すとついつい……。内なる鼻水がこぼれそうになって……グスン、スンスン。
「ねぇってば!」
――ん? あぁ、すみません、二人の存在を忘れていました。
声の方を見上げると、そこには腰に手を当てた美少女が頬を膨らませて仁王立ちし、気の強そうな茶色の瞳がこちらを睨んでいました。
ほへぇ、これまた可愛らしいお嬢さんですね、後頭部で一つに編み混まれた髪を胸元まで垂らして……この子、ラプンツェルの主役はれるくらい髪が長いんじゃないでしょうか? 似合ってはいますけど三つ編み極太です。
「もうっ、無視しないでよ! 取り込み中かって聞いてるんですけど?」
……え、あぁ、そうですね。取り込み中といえば取り込み中ですけど、あなたちちが思ってるような取り込み中ではないんですよ。でも取り込み中なことに変わりはないのでさっさとご退出願いたいのですけど? という意味合いをもって対金麦お姉様方用のお愛想をふりまいてやりました。どんな時でもスマイルは忘れません。怒っているとき、悲しいときこそスマイルです。スマイルはプライスレスです。
「……見てわかりませんか?」
美少女とおじさん、わたしの迫力に息を呑みます。ふふっ、ここ数カ月強烈な女性陣に追いかけられてましたからね。凄みスマイルは完璧でしょう?
「――あぁ、少しお待ちください、」
スマイル継続中のまま、視線を下げると同時にシュヴァルさんの胸に寄りかからせていた手を動かし、指を彼の喉仏へと這わせます。
――ふ、油断大敵雨あられってやつですか。
でもね、美少女と話しているからと、わたしがあなたのことを忘れていると? 見くびられたものです。分かってますよ、あなた今動こうとしましたね。今のわたしはとてつもなく気配に敏感なので、あなたが瞬きしたとて察知できます。
ほらほら、美青年よ喋るなかれ。
そんな意味を込めて指でツツっと撫でてやりました。
分かってます? これ、動いたら潰しちゃうよ? 喋っても潰しちゃうよ? ってことですよ? そこにイヤラシさはないですよ? 他の二人は勘違いして頬を染めてますけど。
――いや、まぁ、仕方ないですかね。美少年と美青年のツーショットですから。この際、おじさんやこの美少女にあらぬ誤解を与えてしまうことには目を瞑りましょう。まさに襲ってるシーンを見られたわけですし、乗りかけた舟というやつです。どうせ現時点でわたしはホモ扱いを受けてるようですから、ここで否定するとややこしいことになります。ホモ疑惑なんて疑惑でしかないわけですから、そう思うなら思ってて下さい。これ以上他の人に女だとバレるよりは何倍もマシってなもんですよ。
「すみません、それで? わたしに何か御用ですか? それとも、」
「き、君の方だよ。――ゴホンっ、えっと、取り込み中のところ悪いんだけど、」
美少女はハッとした顔を引き締めしかめ、一歩を踏み出しました。
「君が、」
「姫様!」
美少女がもう一歩近付いたところで、おじさんが腕を掴みました。どうやらおじさんの方は退出したい気はあるようですが、それに美少女はご立腹のご様子で、
「んもぅ、なに? さっきからうるさいよおじさん!」
「――ですから! 二人は愛を確かめ合ってるんですからいけませんと何度も申しましたよ! 恋路を邪魔すると地走りに蹴られてしまいますよ!」
分からず屋な子供を説得するかのような言い方ですけど、……はい、何度も言いますけど分かってますよ否定するのは面倒なことになるってことは。
でもね、おじさん。そんなすまなそうな顔をされたって謝罪の方向性がまったく違いますからね。しかも恋路ってあーた、誰が愛を確かめてますか、あーた。可憐なる美少女になんて妙なこと吹き込んでくれちゃってるんですか。まったくもう。このスケベオヤジめ!
……ま、いいです。オヤジがスケベなのは今に始まったことではないので置いておくとして、――そのままおじさんが連れて行ってくれると助かるのですが、やはりここまでの乱入を防げなかったおじさんにそんな手腕はないようで、
「ちょっと黙ってよ!」
と、いとも簡単に突き放されました。
まぁ、一応、頑張ってくれてありがとうと述べておきます。居酒屋の店主が貴族様相手にここまで奮闘してくれたんです。金麦なら刑罰もんですコレ。
「……ねぇ、君だよね? 先祖返りの公爵って」
すぐ近くでしゃがみ込んだ美少女は、マジマジとわたしの顔を見回します。お肌ツルツル。おメメぱっちり。可愛らしいですね。こんな状況でなければ眼福眼福とやにさがれるくらいの可愛らしさですが、
「そのようですが、何か?」
そう返すと、ニッコリ微笑まれました。……いや、これは微笑みというより含み笑いです。
「んふふ。いいねいいね、可愛いね、君!」
……ん、え、なにこれ? わたし、ナンパされてるんですか? 傍目美青年を襲ってるこの状況で?
「肌も髪も瞳も綺麗。睫毛も長いし、頬は薄紅色だし、チューするときに男はグッと心もってかれそうだね!」
そこで男限定ってところに悲しさを覚えますし、可憐そうに見える美少女の台詞でもないです。が、彼女の目的が分からない以上下手なことはつっこめません。まさかまんまナンパじゃないですよね?
「で、そこの下にいるのはバルドラ大公の娘シュヴァルだよね?」
…………大公。
へぇ……、この人、大公の息子――じゃない娘だったんですか……、これは非常にやっかいですね。行方不明になったら大捜索とかされそうです。埋めるときは遠くに埋めなくては。それか灰に――、
「シュヴァルのこと好きなの?」
……は?
焼却方法を考えていたわたしの思考回路が、一瞬確かに止まりました。
好き? 誰が? わたしが? この美青年を? あぁ、馬乗り状態だから? そうですね、そうでしたね。わたしたちホモカップルだと思われてるんでしたね。――にしても、なにこのド直球。単刀直入にもほどってもんがあります。空気読めないんですかこのお嬢さん。この状況で好きなの? てどーゆう脈絡ですか? それに、
「あなたには関係ないと思いますが?」
そんなのプライベートです。好きだなんて心にもないこと言いませんよ。
あぁもう! そろそろ空気読んで退散してくれませんか? わたしがシュヴァルさんの上からどかない時点で、邪魔者扱いされてるって分かりませんか? だいたいですね、わたしは確かに天使のような笑みを浮かべてますけど、ブルーアイズは怒ってるでしょう? 青いおメメは笑ってないですよ? 可愛い云々はどーでもいいのでそこをちゃんと見てくださいよっ。
「えー、なにさ、いいじゃん」
よくないじゃん。
「ケチケチしないで答えなよ。僕は王族、君は公爵。僕の方が上なんだからさ」
美少女にして僕っ子ですか。しかも王族ですか! つまり下手なことやっちゃうと守護騎士出てきて成敗されちゃうわけですかっ!
あぁもうあぁもう……!
どうしましょう。誤解を利用するなら、ここは肯定すべきでしょうか? それとも否定すべき? だとするとこの状況の説明を求められるかもしれません。そうすると厄介です。プロレスごっこなんて言ってもプロレスって何? から説明しなくちゃいけませんし。
……ここは一つ言っちゃいますか?
もしかしたらいつか言うことになるかもしれないと思って練習していたラブの一言を。
だとしたらどのバージョンがいいですかね? 感情を込めるのは当然として、可愛らしく? 艶っぽく? それとも元気よく? アホッぽく? ……色々ありますけど、シュヴァルさん相手となると、……悩みながら視線を下げると、そこには床に長い黒髪を散らしたシュヴァルさんがこちらをじっと見上げていました。うーん、この人相手なら可愛らしくかなぁ……。
でもラブ宣言したら後で訂正しとかなければ。好きなのに殺すんですかって話になります。
……うぅ、これが兄上相手ならためらいなくラブ言えるんですけどねぇ。
とかなんとか、深刻に考えていたわたしの耳に、とんでもない台詞が飛び込んできました。
「わたしは、お慕いしています」
……ん? ――え? ――はい? 今なんて?
「わたしは、殿下をお慕いしています」
おっと! 大事なことだから二度言いました? ――いやいや、なにこの突然の告白ターイムはっ? 気が触れたんですかこの人。わたしが引いてる間に起き上がったかと思ったら抱き付いてきましたけどっ?!
しかも、
「……私を信じて下さい」
耳元でそんなことをボソって言われましたけど。……信じてって、それは何を? 今の言葉を? それとも、その言動の真意を?
少しばかり悩んだわたしは、背中に回った手を拒絶することなく受け入れることにしました。何故って、何故でしょうか? ……信じたいと思ったからですかね。だって信じることができたら、口封じは単なる口止めですみますから。
「へぇー、シュヴァルって真男が好きだったんだ?」
ま、まおとこ? ……あぁ、本当の男ってことですね、今の台詞はつまりホモだったんだーってことですね?
「昔からの知り合いなの? なんか人質になってたとか聞いたんだけど?」
人質って……、その情報、まことしやかに流れてたんですね。男装乙女メイシャさんの暴走によるねじ曲がった情報かとちょっと考えていたんですけど。
「それは誤った情報です」
そうそう。わたし悪いことはしてません。まだ未遂です。
「殿下を連れて来たのは私ですから」
……ぅえ?
「私がかねてより金麦へと渡っていたのは姫君もご存知でしょう?」
「そうみたいだね。――ぇ、それってもしかして、」
「殿下にお会いするためでした」
……。もはやわたしは、どうすればいいのか分かりません。というか状況が読めません。わたしも当事者のはずなのに、二人だけで話が進んでいます。
それに今、シュヴァルさんに首元の匂いを嗅がれてるんですが……。え、違う? 嗅いでない? でも鼻筋が首筋に当たってるんですけど? 息が吹きかかるんですけどっ? これ逃げちゃだめですかっ?
「これ以上離れていることが辛かったため、私がお連れしたのです。本当は一度は別れたのですが、殿下が国境まで追い掛けて来られて、その時点で私は、殿下を国にお連れしようと……。ですが、ちょうどそのとき盗賊に襲われ、守護騎士が現れ、そのまま国境を超える結果に――」
おーい? その国境侵犯伝はなんですか? 捏造甚だしいじゃないですか? それじゃまるでわたしがシュヴァルさんを追いかけてきた女々しい乙女みたいじゃありませんかっ!
とりあえずドつきたくなるのを我慢して好きにさせてますけど、そろそろ我慢の限界です。わたしの肩に埋もれて溜息とかつかないでください。……はっきり言ってキモいです! かなりキモいです!
「ですから、この方のことは諦めてください」
「――ハッ、……はぁ? 何言ってんの? こんな上玉を僕が逃がすわけないじゃん。シュヴァルはこの先祖返りと結婚したいってことでしょ? ならあんたが男に移籍すれば?」
「それはできません。ですから、」
「――イヤ! この先祖返りは女装王族になるために守護騎士が現れたようなもんでしょ、こんなに可愛いんだから! いい? 可愛いかったら女装王族になる、これココの常識!」
「そのような常識はありません。私の背の君は公爵であることを望んでいるのです」
「そんなの知らないよ! 公爵はもう十分足りてるんだから、普通に考えたら女装王族になるべきでしょ!」
「女装王族は強制されてなるものではありません」
「一度女装したら目覚めるよ!」
奇妙な言い合いを始めた二人に、ひたすら頭が痛いです。
それにこの美青年と結婚って……、女装王族って……。
嫌な予感しかしません。
……とりあえず。
わたしにも分かるように説明してください。そして、シュヴァルさん、いい加減わたしから離れてください。
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